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2013年12月28日 (土)

魏志天問 7 伊都國 その1

                              2013-12-28 22:37:00
 以下の記事は、魏志倭人傳に関する素人考えの疑問を並べていくものです。

 天問7は、
  「伊都國」は、京都ではないのか
 と言うものです。

 今回も、文字遊びに近いものであり、半分冗談です。

 世有王、皆統屬女王國、郡使往來常所駐。

 「伊都国」の国名の由来を考えるとき、伊の字義に倣うと、「伊都」とは、「本物の都」であり、諸国の盟主を意味する国名を自称しているものと思われます。

 ただし、倭人傳記事を読み進めると、伊都国は、盟主の地位を失っていて、ただ、伊都国の国名を保ったように見えます。

 明治維新で、千年の都 京都から東京に天皇が移動して、国の首都でなくなっても、「京都」、すなわち、帝都の名前を保っているのと同様ではないかと考えます。

 歳月を経て、首都機能をなくして数世紀を経た頃、「怡土」と改名したと思われます。

 「怡土」は楽土に近い良い佳名であり、伊都国の後の姿にふさわしい命名と思えるのです。

以上

追記 (2014/1/29)
 その後、平野雅嚝氏が、『「金印」の謎を解く』 (古田史学論集 第二巻)で、「伊都國」は、「ここぞ都」と同国の栄華を偲んで命名されたのではないかとの指摘をされていることを発見しました。

 本項は、漢字の字義に触発された私見でしたが、同感の方がいたことに意を強くした次第です。

 謝意をもって、ここに氏の先見を確認いたします。

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