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2014年5月27日 (火)

私の本棚 12 古田武彦 「邪馬台国」はなかった

 ミネルヴァ書房 2010年 初刊 朝日新聞社1971年 (朝日文庫1992年)
 
          私の見立て★★★★☆        2014/05/27
 著者の第二作以降の著作は、朝日文庫時代に講読し、また、単行本で購入したものもありますが、本書は、未購入未読にとどまっていました。
 今回、一連の著作が、ミネルヴァ書房から単行本形式で順次復刊されたことを大型書店の店頭で確認したこともあり、初めて購入して読み通すことになりました。

 著者の昂然たる執筆姿勢を含めて、本書に対して、いろいろ批判はありますが、その原典となっている学術的な姿勢は、何者にも否定できないものと考えます。原典となる資料を精査して、理詰めで内容を解析するという姿勢は、学問の本道であり、尊重すべきでしょう。

 本書の主張に対しては、学会の各方面から反論があったようですが、魏志倭人伝に、「邪馬臺国」と書かれていないこと、「邪馬壹国」は「邪馬臺国」の誤記と速断すべきではない、とする主張は、依然として克服されていないと思います。

 正論が克服されない以上、史料改訂の議論は、舞台裏に引き下がるべきものと思うのですが、さながら、舞台劇の斬られ役のように、討たれて倒されても、また、同じ顔が舞台に登場するような感があります。

 また、一部には、著者の諸説に逐一反論することを煩雑として、「邪馬壹国」の否定の一撃で著者の全所説を一掃できるとした「名案」にとりつかれて、堂々と宣言している論者まで現れている次第です。その結果、三国志原本の面目失墜に血道を上げる傾向があります。

 小生は、一介の私人でり、学究諸賢の主張に付け加えることは少ないと思いますが、次の点は、言い残しておきたいものです。

 陳壽は、文筆を業とする史官であり、魏志執筆の際に、後世の写本作業で「壹」と「臺」が混同される危険性が高いことを十分に予測していたと思われます。特に、異国の国名は、中国の写本関係者にとってなじめない文字遣いであるので、誤写を抑止する仕掛けがないと、早い段階で、文字化けしてしまうことは、想定済みだったでしょう。

 と言うことで、記事を工夫して、写本工や写本校正者が気づくように、それぞれの文字を書き込んでいるのです。

 壹與に関する部分に、あえて「壹拝」と書き「壹與壹與詣臺」と連打して書いていることは軽視すべきでないと思います。

 原本に「壹與壹與詣臺」とあるのを、「臺與臺與詣」まで書いたとして、次の「臺」を書こうとしたときに、先ほど「臺」と判断したのと違う文字を「臺」と書こうとしていることに気づくという仕掛けです。

 これは、逆の場合も同じで、原本に「臺與臺與詣臺」とあるのを「壹與壹與詣臺」と誤写しようとしたら、気がつくという仕掛けです。

 「壹拝」の方は、「壹与」と相接して書かれてはいないのですが、まだ、最初の文字の感覚が失われていないうちに、次の文字が登場するから、注意を喚起されるのです。

 以上は、写本工が、先読みせずに手を進めているという想定ですが、実際は、1ページ分の写本に取りかかる前に、原本を先読みして、内容を確認する工程が入るものであり、混同しやすい文字については、その段階で、注意を喚起されているものです。

 と言うことで、ただ単に、「壹」と「臺」の字形が似ているから誤記されたと推定するのは、倭人傳の文脈に無頓着な意見、一種の暴論と思われます。

 ちなみに、以上挙げた誤字防止の仕掛けは、原本写本の差異に起用される職業的な写本工と写本校正者の練達の技量に対してのみ有効なものであり、子写本、孫写本に起用される在野の格安写本工に対しては、場違いなものとなる可能性があります。

 一口に写本と言っても、信頼性が格段に違ってくるのです。

 さて、以下は、余談ですが、何故、正史原本が「定期的に写本更新」されて継承されてきたか、と言う議論です。国家事業として、多額の費用を費やして定期的に正史を写本更新する理由の一つは、先ほど挙げたような、高度な写本工程は、写本工や校正担当者に、途切れず仕事を与えないと、その技術が若者たちに継承されず、滅びてしまうと言うことにあります。

 北宋刊本の刊行以前の写本がどのような紙質のものであったか不明ですが、貴重書であり、紙魚に食われない紙質とし、また、冷暗所、乾燥雰囲気の書庫で保管することにより、急速な経時変化は避けられていたものと思いますから、やはり、技術水準維持の狙いで、二十年程度の期間を経て、原本更新したものと思われます。

 時には、同様の動機で、皇太子などへの一次写本下賜事業もあったでしょう。

以上

 

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