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2014年5月28日 (水)

私の本棚 13 足立倫行 倭人伝、古事記の正体

 朝日新書 2012年11月

    私の見立て ★★★☆☆ 軽率な導入部で意欲阻害  2014/05/27
*壮大な触れ込み、貧弱な考察
 著者は、冒頭で以下のごとく明言しています。
 3世紀後半に中国で成立した史書『三国志』のなかの『魏志』倭人伝(略称)は、そのころの日本や倭人(日本人)の生活を伝える最古の史料だ。そこには朝鮮半島の帯方郡から倭の国々を経て邪馬台国に至る道程と、人々の風俗、政治、社会状況などが書かれている。
 本書のⅠ「倭人伝を歩く」では、そこに記されたルートを辿りながら日本のルーツを探索してゆく。倭人伝では当時の国々と「邪馬台国への道」がどのように記述されているのか?2千余字の原文のうち、該当部分を読み下し文で示し、若干の説明も加えておく。
*杜撰な原文紹介
 と言うことで、以下「邪馬台国への道」が例示されているのですが、「読み下し文」で示されていることに異論があるので、以下、原文南宋紹凞刊本影印に準拠)を並記させていただきます。ただし、ふりがなはご割愛させていただきます。

倭人は帯方東南の大海の中にあり、山島に依って国邑(中心的な小都市)をなす。
 倭人在帶方東南大海之中依山㠀爲國邑
 『從郡至倭』*読み下し文で脱落
始めて一海を渡る千余里。対馬国に至る
 始度一海千餘里至對海國
また南ヘ一海を渡ること千余里。名づけて「瀚海」(大海)という。一大(一支=壱岐)国に至る
 又南渡一海千餘里名曰瀚海至一大國
また一海を渡ること千余里、末盧国(松浦=現在の佐賀県唐津市付近)に至る
 又渡一海千餘里至末盧國
「東南に陸行すること五百里。伊都国に到る」
 東南陸行五百里到伊都國
東南、奴国に至るには百里
 東南至奴國百里
東行して不弥国に至るには百里
 東行至不彌國百里
南に投馬国へ至る。水行二十日
 南至投馬國水行二十日
南、邪馬壹(臺=台)国に至る。女王の都で、水行十日、陸行一月
 南至邪馬壹國女王之所都水行十日陸行一月
その南、狗奴国あり(中略)女王に属さず。郡より女王国に至るは万二千余里なり。
 其南有狗奴國(中略)不屬女王自郡至女王國萬二千餘里
 原文どおりに進むと九州を突き抜け、邪馬台国は遙か南の太平洋上にあったことになってしまう。そこで、よく知られているように、方位や日数などの解釈をめぐっていくつもの説が唱えられ、明治時代から今に至るも決着がつかない「邪馬台国論争」の原点となっている(この論争に関しては第4章で詳述している)。

 著者は、いわゆる「道里」に関わる文を、ほぼ正確に取り出していて、ご賢察と言いたいところですが、出所不明の読み下し文を、原文と呼ぶ大きな誤りを犯し、読者にも、「誤り」を押しつけています。
 また、重大な「從郡至倭」に続くも、前提部が欠落しているのは、道里の正確な読みを不可能にしていて、これはこれで、深刻な欠点ですが、人名に関するものではないので、口汚く「致命的」とは言いません。

 上に並記したように、原文は、古代中国語の漢字ばかりの文であり、「てにをは」がない上に、句読点も改行もありません。
 そのままでは、解釈が困難なので、原文と思われる漢文に対して、誰かが区切りを入れ、文字を書き足し、一応、日本語として読める程度の。、ちょっと日本語らしい文章に書き換えたのが、書き下し文です。
 「読み下し文=原文」ではありません。

 ちなみに、現代の中国人も、句読点や改行などを施さなければ、とても、読み解けないものと思われますので、原文に手を加えるのは、日本人だけではないはずです。

 著者は、上の読み下し文が原文であるかのように誤解して、「原文通りに進むと」と安易に解釈していますが、まずは、それは、「読み下し文」の責任であり、読み下し文の作者が原文を解釈した時の誤りではないかとの批判が必要です。
 上の少ない文字数でも、「固有名詞の書き換え」が散見されるのは、読み下し文の作者の神のごとき手直しが加わっているものです。
 「原文」解釈の努力を放棄する前に、読み下し文が的確に原文を日本語にしているかどうか、確認する必要があるのです。文献批判が、第一歩です。

 著者が、早々に読み下し文批判を放棄してしまっているので、本論筆者も、この点を指摘するだけで深入りしませんが、これほど明確に著者の誤解が書かれていると、一言批判すべきだと考えた次第です。

 本論筆者は、魏志倭人伝に対するいわれのない非難に対して、編纂者たる陳寿に変わって反論すると決めているので、本書冒頭で著者が下した非難に反論する次第です。

*書けなかった総評
 ちなみに、本書の内容は、上記の誤解の弊害を免れている部分では、おおむね的確なものであると見ています。本書は、当時の「倭」に関して考察するものであり、決して、わずか二千字ほどの記事である「倭人伝」(略称)の「正体」追求などではないことを申し添えておきます。

以上

 

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