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2014年5月 5日 (月)

15. 事鬼道 - 「鬼」とは何だったのか

 「事鬼道能惑衆

 卑彌呼自身の行いとして知られているのは、此の六文字です。

 あくまで根拠のない所感ですが、卑彌呼は、後年の神社に見られた巫女のような存在ではなかったかと考えています。

 卑彌呼は、男王の外孫、つまり、倭国有力者の娘として生まれたのですが、仏教で云う出家に近い形で家族と別離し、いわば、俗塵を離れて清浄な生活を送って、人々から神意を問われたときは、別室に籠もって祖霊と交流して神託を草したものと見ています。その際に、時には、神託を形で示すために、骨を焼いて卜したのでしょう。

 従って、倭國王として共立されて女王として君臨しても、実際は、巫女の時代と変わっていなかったと見ています。

 当時の諍いごとを案ずるに、漁場や猟場の争い、耕作地水利の争いなど、地域集団の利害が競合し、リーダーも、互いの面目を保つために、譲りがたい物事があり、武力闘争に陥り共倒れになるのを避けるには、権威有る第三者の仲裁を受けることが、「持続可能な地域社会」を維持するために必要であり、そのためにこそ、公平な神意に頼ったものと見ています。

 魏使から見ると、そのような神意による仲裁機能は、中国に於ける神卜のあり方とは異なるものであり、「事鬼道能惑衆」、つまり、祖霊(死者の霊)に事えて衆を惑わしているとしか見えなかったのでしょう。

 黄巾反乱を起こした太平道や漢中の五斗米道集団のような強力な宗教集団の横行を見ていた魏使には、このような穏やかな采配は、理解できなかったのでしよう。 

以上

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