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2014年5月25日 (日)

私の本棚 10 山田宗睦 魏志倭人伝の世界

 教育社歴史新書 <日本史> 22 1979年8月

    私の見立て★★★★★        2014/05/25

*はじめに 一般論
 本論筆者は、史料は、一度書かれているままに読解して、どうしても、ものの道理に合わないところは、しかるべく検討の上、資料の記事を訂正するとしても、その経緯を明記すべきものと考えています。

 ここまでに上げた各著書は、学会諸賢が執筆したものであるとしても、学術的な検証が疎かになっていると見えて、素人の突っ込みを招いているものであり、長年の学究の果てに、当該学問分野に何ら新たな貢献をしていないことを、自身の業績として後世に残しているものとみられます。

*総評
 本書は、そのような砂上楼閣とは無縁であり、著者は、古代史学者でなく、いわば、門外漢であることから、学界固有の行きがかりにとらわれることがなく、その執筆態度は、誠に真摯なものと思われます。

 一方で、このように堅実に書かれた書籍が三十年以上版を改めることなく埋もれ、他方、各版元からは、センセーショナルな謳い文句で、定説の確立された上に書かれていると装った安易な著作が世にはびこっているのは残念です。

 さて、具体的に本書の論点を見ていくと、本論筆者がここまでに指摘していた資料改訂諸点について、確実に批判を加えています。

 帯方郡から倭國に至る行程を述べた道里記事は、一里が七十㍍程度の短里で書かれていると見ることにより整合性のある解釈が可能であると述べていて、いたずらに、倭人伝の唐里記事は、妥当な解釈が不可能であると即断して改訂を加えるなどして、倭國を、遠く後年のヤマト圏に押しやることは妥当ではないことを証しています。

 また、女王国国名は、三国志刊本に書かれている「邪馬壹国」が誤りであるとする主張が、史料記事を改訂するにたるほどの論拠を持たないことを証しています。

 さらに、倭國を会稽東治の東とした地理観は妥当なものであることを証しています。

 景初の倭國遣使について時代背景の考証を進めて、景初二年と書かれている年次が妥当であり、景初三年と史料記事を改訂するにたるほどの論拠を持たないことを証しています。併せて、「景初三年」銘を有する銅鏡が下賜されうる状況にないことも証しています。推論の筋道は、本論筆者も利用させていただいています。

 以上の論証は、諸資料に基づく論理的な思考に裏付けられていて、いずれも誠にもっともなものです。

 これらの論点は、もともと古田武彦氏の諸作で展開されているものですが、著者は、単純に先人の主張を上書きしているものでなく、立派な追試となっています。

 これらの論証は、古田氏の所論が孤立したものでなく、第三者の追試確認を歴て客観的な主張の重みを備えたことを示すものであり、論語で言う「徳不孤必有隣」(徳は孤ならず 必ず隣有り)の境地と思われます。

以上

 

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