私の本棚 15 安本美典 古代物部氏と「先代旧事本紀」の謎
勉誠出版 平成15年6月
私の見立て★★★☆☆ 2014/05/30
著者は、古代史論者の中でも、著書刊行に恵まれた有力な論者であり、知名度も高く、多くの支持者に恵まれているものと推察します。
本書は、ほぼその全体が、古代史書である「先代旧事本紀」、以下、「旧事紀」とします、に関する論考です。
本書は、冒頭の「はじめに」の部分で、旧事紀の素性、由来や、その記述の信頼性について、慎重に審議した成果である旨が述べられていて、本書の体裁と価格から見て、立ち読み読者にとって妥当な体裁と考えます。
さて、比較的先頭に近い部分で、旧事紀は、普通偽書と言われるものであることが確認されています。普通、そこで話が終わってしまうのですが、本書は、後が続いています。
著者は、冷静に「偽書」の内容を審議して、他文書を盗用した部分や来歴を偽装するための造作部分など、明らかに史料として信頼できない部分以外に、旧事紀独自の記事が多く含まれていて、これら独自記事を吟味、批判した上で、旧事紀は、何らかの史実に基づく独自の伝承を描き出していると信ずるに足ると判断し、その判断に基づいて、古代物部氏の発祥と展開を導き出しているように思います。
まことに、冷静で堂々たる対応と考えます。
疑わしい史料を、偽書として丸ごと切り捨てるのではなく、深くその内面を掘り下げて、史料として有意義なものであることを感じ取る眼力は、堂々たる風格を感じます。ただし、そのような観点は、著者だけのものではなく、著名な古代史家で言えば、上田正昭氏がいち早く旧事紀を支持したことも知られています。
ちなみに、「プロローグ」での考証を経て、第一章は「先代旧事本紀」は、いつ、誰が編纂したか?」と明解な章題が振られています。
ここで皮肉なのは、著者が範を仰いでいるベッドディテクティブの国内事例が、いずれも、他者著作の盗用指摘を受けているものであり、著者が、専門分野以外では、割とのんきなの気風だと思わせるところがあります。
先例としては、国産著作のお手本である「時の娘」(ジョゼフィン・テイ 1951年)が、悪名高いイングランド王であるリチャード3世の犯罪を現代の警察官が病院のベッド上で解き明かすという体裁であり、当該歴史ミステリーのジャンル創始者として見事なオリジナリティを持っているので、この例を示すのが著者の見識に相応しいものと思います。
ちなみに、「時の娘」は、「真実は時の娘」(隠された真実も、時の流れによって明らかになる)と言う伝統的な成句に基づいているものです。蘊蓄のある言葉遣いは、国産品に数等勝ります。
余談はさておき、著者は、古史料の考察に当たって、異物、遺跡などの出土品のデータを参照して、入念に持論を補強しているので、素人があら探しなどもっての外なのですが、導入部の世間話には、いろいろ口を挟めるのです。
ちなみに、著者が、戦闘的な言い回しを採ることは、著書の副題等に明示されているので、言わば、サングラス、耳栓用意で鑑賞装備しているので、騒然とした言い回しがあっても、余り気にならないのです。
以上
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