私の本棚 16 安本美典 大和朝廷の起源
勉誠出版 平成17年7月
私の見立て★★★★☆ 2014/05/29
引き続き、同じ著者の論説を鑑賞しています。
著者が論旨の展開に先立って述べているのは、紀記に記された建国神話は、全てが真実というわけではないが、かといって、全くの虚構ではなく、「史実の核」をもとに形成された物語であるという前提であり、これには、同意したいと考えています。
その中で、本書の重点が置かれているのは、副題に書かれている「邪馬台国東遷と神武東征」の論証であり、遺物、遺跡の出土物の解析を通じて、その論証を支持、補強するという方針は貫かれています。
本論筆者の素朴な疑問として、九州北部(北九州)に、長年にわたり威勢を振るったと思われ、強固な基盤を有していたはずの邪馬台国が、交易に不利な遠隔の奥地に大挙移動したと見える「邪馬台国東遷」と楽園追放の憂き目を見たとも解釈できる小身、無冠の若者が、放浪の果てに山間の安住の地を得たとも見える「神武東征」が、同じ史実の核から展開した説話とは思えないと言うことです。
と言うものの、これは、何の裏付けもない素人の感想であって、正統な批判とは呼べないものであることは、言うまでもありません。
さて、本書の論旨展開で、著者は、古代国家の展開について、理性的な見解を吐露しています。
その第一のポイントは、日本の古代国家に於いては、正式な暦法が施行されていたとする主張であり、至当な意見と思います。
中国の正朔を報ずるという名目的なものは別として、暦が実用施行されてなければ、古代国家の組織的な運用は不可能であったと思われるからです。
伝統的な太陰暦系の暦は、月の満ち欠けで日々の経過を確認でき、運用しやすいというものの、1年単位で運用するためには、大小の月を設け、更に、閏月を設けて、月の進行と年の進行を同期させる必要があり、中央の権威者が適宜これを制定して公布する必要があります。
と言うことは、古代国家の中央と地方は、共通した暦法を共有し、中央が暦法の正しい運用を行うことによって、権威を示すという仕組みが必要となるのです。
稲作に於いては、日程を定めて共同作業することにより、広大な耕作地と言えども、適切な時期に田植え等の画期的な農作業を行う必要があり、暦法の管理者は、農業国家の統治者でもあるわけです。
また、著者は、第二のポイントとして、古代国家の肝要な点は、「租税」の確実な施行にあるとしています。
以下、例によって一介の私人の私見ですが、租税制度の定着により、始めて、各耕作者から、その収穫の半ばを取り立てるような運用が可能となったと言えます。半々なら、五公五民となりますが、そのような租税徴収を行っても、農民が生活し続けられるというのは、高度な行政運用と言えます。
そのような制度を持続させられるには、各戸の生産力、つまり、耕作面積と従事者数を的確に把握し、担税力に応じて租税を賦課することによって、安定した高度な収税が可能となるのです。
実態を把握しないままに租税を賦課すると、一部の耕作者に担税力を越えた税負担が発生し、飢餓状態に落としたり、租税の不満によって逃亡されたりして、社会不安が発生し、民政が混乱するわけです。
言わば、統計的に妥当な租税賦課が、最大限の税収入を安定して維持できる前提になります。
言うまでもないことですが、そのような統計学的に妥当な租税賦課は、戸籍制度の整備と土地管理制度の整備が必須であり、その前提として、関連する台帳を制定管理できる官僚組織と文書行政が必須となります。
してみると、古代国家は、官僚組織による文書管理行政が前提となるように思われます。
言うならば、こうした行政は、理屈は正しくても、余りにもハイコスト、ハイリターンであり、広い地域で実現されるまでには、多大な年月が必要であったものと思われます。
通信、輸送手段が未発達な古代に於いて、そのような高度な管理が広域に対して実施可能な古代国家は、維持することが不可能であったものと思われます。
以上のような考察を支持している著者の洞察は、まさしく、現代人の叡智で古代を照らすものであり、敬服すべきものと考えます。
以上
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