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2014年7月28日 (月)

25. 下戸と大人 - 路傍の情景 (倭人余譚)

下戶與大人 相逢道路 逡巡入草 傳辭說事 或蹲或跪 兩手據地 爲之恭敬 對應聲曰噫 比如然諾

倭人傳随想に戻ります。

 大人と下戸が道で出会ったとき、下戸があわてて道を外れて草地に出て道を空け、地に蹲って、手を地に着くなどの恭順の態度を示すのは、別に差別ではないと考えます。

 大人と下戸が道で出会うと言うことは、下戸が道路通行で差別されていなかったことを意味している。道を譲って、平伏するのは、身分の違いが出ているものです。被雇用者が、雇い主に対して敬意を示すのは、今日でも定例化していることです。

 はるか後年、士農工商の身分制があった江戸時代、町人は、大名行列に遭遇したとき、その通行を遮ることを憚り、路傍に避けて、土下座平伏していましたが、これは、交通安全の策であると共に、大名の威信を示す制度であったと思います。

 とは言え、当時の社会秩序は徹底していて、大人と下戸が道路で出会いそうになったとき、礼儀として下戸が早々に道を譲り、道を争うことがないことがわかります。

 もっと確実に礼儀が行うなら、大人が、先触れを使って道を空けていたことと思われます。そうでなければ、うかつな下戸が、大人とぶつかって騒ぎを起こしかねないからです。古来、このようなときには、先触れを使うものです。

 そもそも、普段から大人が道を行くときは、単身のはずはなく、必ずお供がついて回るはずです。少なくとも、先触れ、護衛役も兼ねた随行者、そして、荷物持ちを兼ねた小者など、想像するに10人程度のお付きがいたはずです。大人は、その人数で、大人ですあると明示し、その威信を示すわけです。

 ただし、この度の道行きは、魏使との同行であり、魏使に相応しい人数の随行者がいたはずです。賑々しく装った異国人を立てて大人の一行が進んできたので、下人は、先触れの指示に従って、慌てて道を避け平伏したことでしょう。

 さらに、大人は、平伏した下人の側で親しく問いかけて「はい」などと言わせたのでしょう。思いやりのある支配者と見せたのです。

 この下りは、おそらく、そのような光景を、魏使の随行者である書記係が書き留めたものでしょう。魏使は大人ですので、人前では、見聞を書き綴るような下賤な行いはできないのです。
 以前触れたように、書記係の任務は、魏使の行動、言動を逐一記録するとともに、移動の際には、道里を歩測し、地図を作成することにあり、常に、紙と筆を持参していたものと思われます。そのため、臨場感のある記事が書き残せたのです。

 さらに想像を巡らせると、普段、大人は、下戸も行き来する道路を、ものものしい警戒もせず、悠々と通行したものと想像できます。国内治安が平穏と言うことです。
 その際に、どの程度の儀礼が強制されていたかは不明ですが、被支配者が、殊更に支配者の機嫌を損じるような事をすれば、手ひどい目に遭うことは想像できますから、恭順して平伏したことでしょう。

 さて、この記事を、同時代の中国人が読んだとして、以下の点に注意を引かれたのではないでしょうか。
 大人は徒歩で移動しています。また、大人の護衛は、無きに等しいのです。大人は、下戸を慈しんでいるようにみえます。
 中国なら、大人ほどの地位にあるものは、馬車や牛車で移動したはずですが、ここでは徒歩です。といって、人力車や輿のようなものを使ったとは書いていません。貴人も、下戸同様に徒歩なのです。

 さて、馬車や牛車で移動すれば、暗殺者が殺到しても、最後は馬車や牛車の外郭で防護されます。また、車上に、武器や護衛者を隠しておくことができます。

 また、馬車や牛車がないと言うことは、こうした労役のために馬や牛を飼う体制がなかったことを示しています。付随して、馬や牛を食用に供することはなく、皮革を利用することもなかったということです。

 通りがかりの下戸が目障りであれば、先触れが、事前に下戸を経路から排除しておくことができますが、そのような手配はされていないのです。

 少なくとも、身分差が鮮烈であれば、大人が下戸に直接話しかけることはないものです。

 こうしてみると、倭人社会は、苛烈な差別社会ではなかったように見えるのです。

以上

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