今日の躓き石 「標準レンズ」
- 「枕」恐るべし!
当記事を書いた動機は、最近公開された某商用ブログの切り出し部分、枕とか掴みとか言われる部分です。
「焦点距離50ミリ(35ミリフィルム換算)というのは、人間の視野角にもっとも近いと言われている、いわゆる標準の画角。」
多分、ぞろりと何処かからコピーペースとした常套句なのでしょうが、随分いい加減な言い回しになっているのに、気づかなかったのでしょうか。まあ、自分で入力すれば、一度自分の目で読み取るので、その時に批判力が働くでしょうが、一発貼り付けだと、目が届かないのでしょう。
しかし、大量の類似記事を流し読みする通行人の関心を捉えようとするなら、「枕」の部分が命です。枕が、陳腐で生煮えだと、通行人は失望して次の記事に移ります。
小論のように、素人の非商用ブログは、最後まで読んでもらえなくても、どうと言うことはないのですが、商用ブログの枕が粗雑なのは、一大事と思います。
- 35ミリフィルム換算?
「35ミリフィルム換算」は、はっきりした根拠のない言い回しです。まずは、レンズの焦点距離をフィルムに換算できるのかと、いきなり躓いています。
多分、縦方向に送って、フィルムの幅方向を横とした映画撮影用のフィルムを横方向に送って、フィルムの幅方向を縦にして映画の倍サイズ画面を静止画撮影に使用することを創始した「ライカ」(商標 以下略)の画面構成を基準にしているのでしょうが、自分の記事内で決まりの付かない表現は、無責任でしょう。
- リーダーシップ待望!
イメージセンサのサイズが多数混在する現代のカメラ市場で、この手の言い回しが乱れているのは、拘束力のある業界基準が無いからなのでしょう。
そのため、カメラ本体にレンズ視野角を知ることのできる指標が表示されていないのは、売られている製品の性能が明示されていないということです。
国内企業に限っても、最古参メーカーは終戦直後からカメラメーカーとして事業を展開し、かれこれ70年におよぶ堂々たる歴史を持っています。業界リーダーとして、何かしていただかないとまずいのではないでしょうか。
小論筆者は、L28,L50,L135など、Lを頭書した統一表記にして、「35ミリフィルム換算」などの曖昧さは、死語として欲しい物です。
「L**とは、イメージセンサー**mm x **mmに換算したレンズ焦点距離を示すものです。当カメラの装備するレンズの焦点距離をしめすものではないので、ミリ表示していません。」
- レンズの視野角
それにしても、当記事が振りかざす「人間の視野角」とは、何なのでしょうか。
普通、健康人の視野角は、左右百八十度近くに及んでいます。また、意識されている「視野角」は、意識の集中度合いで変化するものであり、広々とした景色を見ているときは、大変広い視野が意識されているものであり、一方、細かい物に意識を集中しているときは、随分、狭い視野が意識されているように思います。とても、一つの数字で表すことはできないように思います。
- 標準レンズ創世
思うに、五十ミリというのは、ライカシリーズのカメラを商品化したとき、当時のレンズ設計、生産技術で、明るいレンズが作りやすい焦点距離だった、と言うことでは無いでしょうか。
ごく最近まで、静止画の写真は、せいぜいサービス版止まりの比較的小さなサイズに焼き付けて手元で見るので、人の視野角を比較的狭く切り取った50mmの画角が好まれたのでしょう。
- 標準レンズ変貌
今や、写真は大きなサイズで表示して近づいて見ることが多いので、当時に比べて、広い画角が好まれることになったのでしょう。
- 標準レンズ視野角?
それにしても、当該記事はそこまで科学的めいた言いまわしながら、記事内にL50の視野角を明示していないのも、相当暢気な話です。
もっとも、視野角を対角線で計測するとしても、16:9, 4:3, 3:2, 1:1の画面比で視野角に対する印象が異なってくるのです。
- 人間の視野角
と言うように、人間の視野角は、様々の要因で多様に変化するものであり、従って、人間の視野角にふさわしい視野角を持つレンズは、焦点を保ちながら連続的に視野角を変化させられるズームレンズ(例: L24-L300)と言うことになります。
- ファインダーを見る?
枕の後半には、「ファインダーを見る前に頭に浮かんだ」イメージをそのままに、思い描いた写真が撮りやすいレンズという超自然現象的な言い回しが出てきます。
「ファインダーを見る」という崩れた常套句は別として、このように、自分の目で見ている「風景」が標準レンズの視野角で切り取って感じ取れるのは、相当標準レンズに慣れた、というか慣らされたカメラマンの思考形態であり、本末転倒の議論と言うべきでしょう。
- 新時代の旧表現
以上は、特定の記事の筆者の責任では無く、こうした使い古した、現代の実相にそぐわない常套句を長年にわたって使い回している業界各位に共通した「躓きの石」と思うので、対象記事を明示しないことにしました。
- やせ我慢の時代
いや、これは、全くの一個人の感慨を記した私見ですが、(銀塩)フィルム時代は、やせ我慢の時代であったように思います。
写真撮影を趣味としていた普通人、大抵は、就職し立ての若者の使える資金でできたは、まことに限られた機材、素材での撮影だったのです。
レンズ交換できるカメラにはなかなか手が届かず、何とかカメラ本体を買ったとしても、ズームレンズの価格がまだまだこなれていなかったので、数少ない単焦点レンズを使いこなすしかなかったのです。
モータードライブなどの連写機材は思いも付かず、流れる時間の一瞬を鋭く切り取る一発撮影しかできなかったのです。
カラーネガフィルム撮影は、高価な上に自動処理で自分なりの表現ができないので、廉価で自由な表現のできるモノクロに集中するしかなかったのです。
色々制約される事情があり、やせ我慢を通していたのですが、ある意味、こうしたやせ我慢の時代の厳しい修行が、今日、指導的な立場にあるカメラマンを鍛えあげたのでしょう。
- 飽食の時代
今日、普通の人が撮影するのは自分の経験・見聞を、身近の人と共有したいから、見たり聞いたりしたままに記録したいのであって、「鍛えられたくない」のに、昔ながらの根拠不明のやせ我慢を強いるのは、どんなものでしょう。
- 新やせ我慢の時代
(超)広角から(超)望遠まで、コンパクトなカメラで撮影できて、何百枚と撮り続けることのできる「飽食」の時代だからこそ、自分で自分に制約を課す「新やせ我慢」のすすめがあるのでしょう。
- 他人の枕、恐るべし
ここで例示された「枕」は、使い古された常套句で読者をつり込もうとする手口なのでしょうが、わずか数行といえども、自分の言葉として消化せずに、丸投げするような扱いをすると、読者の信頼を失う物なのです。
以上
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