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2014年10月13日 (月)

今日の躓き石 「第三者のコンテンツと一致しました。 」

                            2014/10/13
 これは、当面、自作動画に対して、YouTubeから与えられた烙印である。これを冤罪と思えば、憤然と反論するのが当然と思うのである。

 過去のブログ記事との重複を厭わずに書き進めると、この判断は、客観的な根拠に支持されていないという意味で独善的なものであり、以下に述べるように、法的、ないしは、技術的な誤りを含んでいると思われるのだが、これに対して、具体的に不服を申し立てて再考を促す手続きが設けられていないので、茲に、当方の言い分を掲示するのみである。

 まず、タイトルに引用した、法的に正当なものではなく、言葉の意味として不正確である。異論を提起することができないので、流しているが、賛成も同意もしていないものである。

 無造作に「第三者」の著作物を「コンテンツ」と呼んでいるが、実際は、単一の音声の流れ(ストリーム)からなる音楽商品に過ぎない。

 これを複数形でContentsと呼ぶのは、実態を誤認させる誇大な表現としか言えない。また、実態として単一ストリームであるから、下位概念としての内容物を含むはずもなく、contentを持たないものである。ただし、この程度の誇張、誤用は、業界通念として許容されているのかも知れない。

 これに対して、比較対象は、音声を含んだ動画でありコンテンツと呼ぶに足るものである。
 当該コンテンツは、映像の流れ(ストリーム)と合わせて、音声としては、花火の破裂音の流れ(ストリーム)に、音楽の流れ(ストリーム)が紛れて聞こえるものであり、少なくとも、三つの構成要素(ストリーム)をそのcontentsとしているものである。
 以上述べたような複数のストリームが一体となっている動画作品と、単なる音楽商品が、比較対象と一致するというのは、ものの理屈からして不可能なことである。

 次ぎに、比較対象の音声ストリームであるが、懸命に聞き取りを図ると、(何ら作品紹介がないので、素人には、曲の特定事態が、大いに困難であるが)原曲と思われるチャイコフスキー作曲の小品を、花火芸出作家の恣意に従って切り刻んで改変され、さらに花火の展開に合わせて、変質させたものであることがわかる。

 既に、この音楽ストリームは、チャイコフスキーの著作を改編したものであり、市場で販売するに耐えない断片と化していることがわかる。

 「第三者」の販売形態で、購入者が購入した楽曲を大幅に改変、変質させて、原著作物の異物とすることが、購入時の契約で認められているかどうかは、管理者と購入者の間の取り決めの問題であるから、当方の関知すべきものではないので、これ以上言及しないが、そのような当事者間の契約の不備の是正を、善意の第三者の著作活動を制約する根拠として援用するのは、物の道理に合わない無体と言うべきものである。

 当方の「善意の第三者」の見解として、これは、意義のある音楽著作物としての要件を満たしていない単なる雑音声(genericな、著作物としての個性を持たない)と見るものである。言い換えると、「第三者」の著作権は、購入者が改変使用した段階で消尽しており、それ以降の利用者があったとしても、「第三者」の著作権が及ばないと見るものである。

 最後に、「一致」と言う用語は、不穏なものである。かくのごとく、花火音に紛れた音楽らしきものから、特徴点を抽出し、「第三者のコンテンツ」の特徴点と比較し、特徴点同士の比較で、一致、不一致の判定をしているものと思われるが、音楽著作物は、雑音データの集積でなく、音楽の流れとして認識できるものである。「特徴点」での一致は、聴者の官製とどの程度相関するものか不詳である。仮に、一般人多数に陪審員として参加要請して、聴取比較して判断を仰いだとき、今回の判断は指示されうるものかどうか、著しく疑問である。

 いや、YouTubeの判定には、もっと、深刻な不備が立証されているのである。
 本件で問題となっているチャイコフスキーの小品は、既に著作権が存在しないため、流通している楽譜をもとに、一定の技術を持った奏者と演奏楽器を用意すれば、誰でも、演奏し、録音し、自らの著作物(同曲異演)として流通させることができるものである。
 楽譜には、どのように楽器を演奏して、楽器の音声を発するべきであるか、個別に明確に書かれているから、楽譜に忠実に演奏すれば、事実上識別困難なほど同一の音楽となる可能性が高い。YouTubeの判定は、類似点の抽出を以て一致したと判定するものと思われるから、こうした識別困難な同曲異演を区別しないと推測される。
 この疑問に対して、未だ、何の回答もされていない。

 詰まるところ、管理者が、自らの管理する著作物とは無縁の『コンテンツ』に対して、不法に権利を申し立てている可能性が否定できないのであるが、この件に関する応答も含め、事情説明、経過報告は一切ない。これは、この上なく不法と考える。

 茲に、問題とされている音声ストリームを添付するので、ご一聴いただきたい。著作権に関し、疑義を呈されているので、当否の判断について諸賢の意見を仰ぐために茲に掲示するものであり、少なくとも日本法の許容する範囲であると考える。

 対象音声ストリームの原音(補正なし)
 「140823OmagariHanabi.aac」をダウンロード

 また、削除扱いとなっている動画と同一内容のモバイル画面動画が掲示されているので、読者自身でご確認いただくことが可能である。
 対象動画の別作品(小画面)

 ちなみに、YouTubeの誤認の明確な事例として、NHKが放送した、東独ベルリン国立歌劇場が来日上演したオペラ演奏の前奏曲の抜粋引用を Naxosが販売しているPolish National Symphony Orchestraのオペラ序曲・前奏曲集CD収録の同曲と混同して、 「第三者のコンテンツと一致しました。 」と判断した事例がある。動画画面を見れば、小学生でもわかる話である。

 この場合は、申し立てに際して、素人目にも理解できるように根拠を明示していただいたおかげで、誰が考えても誤認であることが明らかなので、異議を申し立てしたところ、何ら事情説明もなく、ただ、Naxosが申し立てを取り下げたので、問題なくなったとの取り扱いだけであった。この件で、素人目にも、YouTubeの判定手順の不備がわかったのだが、肝腎のYouTubeに自覚が無いのである。

 企業/団体としてのYouTubeでは、対外的に謝罪することが禁じられているものと推定するが、人と人のつきあいで、相手に不必要な迷惑をかけたら、済まないと思い、謝罪するのが道理と思うのである。いくら不遜なアメリカ人でも、人混みで他人と体がぶつかったらすかさず謝罪するのである。

 これが、Naxosが自分の判断で、軽率にも、楽曲の著作権を誤認して、無実の個人に警告を発したというのなら、きわめて多数のクラシック音楽CDを販売している、知識も責任も十分以上に備えた、絶大な権威のあるNaxosが、誤認をもとに、不法に権利を主張したことになり、本来、物の道理として、Naxosに対して厳重に抗議するものであるが、どうも、問題は、YouTubeの業務システムに「セキュリティホール」とも思われる、重大な欠陥が存在し、是正されていないまま放置されているようである。

 真の原因は、自分の欠陥を自分で発見して、あるいは、外部の指摘により自覚して、問題となった欠陥を除去し、システムを是正する自浄機能が欠落していると言うことである。

 さて、本題に戻る。

 言うまでもないが、万一の誤解を避けるために書き残すと、当方の言い分は、この件は審議不十分であり、手段を尽くして、再審議していただきたいというものである。自作動画が適法であると確信しているわけでなく、「推定適法」と主張しているだけである。

以上

 

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