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2014年10月15日 (水)

今日の躓き石 「感覚的なものに過ぎない」

                               2014/10/15
 今日の対象は、一段と、毎日新聞の責任範囲外である。くれぐれも、誤解のないように。
 朝刊社会面の「八幡暴走」記事で、地裁裁判長の示した見解に対する疑問である。

 もちろん、本論筆者が、告発する側に全面的に立証責任があり、立証されない限り、被告人は無罪となるべきであるとする推定無罪の意見を守っていることは言うまでもない。その意味では、裁判長が、検察側の主張が十分立証されていないと判断した部分を採用しなかったのは、至当である。

 しかし、短い記事から見ると、素人目には、裁判長の論理に綻びが感じられる。

 被告人の運転する車両が「時速40キロ」であったとする警察官の証言を「感覚的なものに過ぎない」と否定しているのは、裁判官として、軽率(配慮不足)であると思うのである。

 当該警察官が、電子機器で計測していなかったのは事実であるから、感覚的な証言とするのは正しいが、公職にある警察官が、走行する車両の速度を目視で確認できると信じて、自身の職責をかけて法廷で証言した以上は、同程度の確かな反証がない限り、的確な証言がなされたと判断するべきと考える。
 少なくとも、感覚的証言全体に対してに、「過ぎない」(本質的に不適格であり、感覚的である証言は、そのこと自体で、自動的に証言としての効力を持たない)と烙印を押してしまうのは、行き過ぎと思える。

 言葉を少し言い足すと、この例に限らず、裁判のおける証言は、証人の感覚的な推定が含まれることは多いと思われるが、感覚的であることだけを根拠にそのような推定をあらかじめ否定するのは、司法の立場として行き過ぎではないか。

 毎日新聞は、公正な報道機関であるので、国家三権の一つを担う裁判官の判決に対して、否定的、ないしは、懐疑的な書き方はしないが、判決要旨として、末尾に書かれている言葉は、裁判長の証言採否に対して、十分批判の響きを潜ませたものである。

 「急ハンドルを切って加速。ドリフト走行で車が制御不能」となったと書かれているが、このわずかな語数でも、被告の40キロを超える速度での運転を推定することは可能である。

 交差点内に侵入する直前にアクセルペダルをはっきり踏み込み、交差点内を走り抜けて左折する間「加速」したのであるから、被告人が運転していた乗用車の特性上、数キロどころではない顕著な加速が行われたとみるべきである。

 自分の運転技術を過信していたと推定される被告人が、事故の直前、徐行運転していたとみるのは、むしろ、不合理であり、40キロを超えたかどうかは不明としても、それに近い速度で走行していたのは自明であり、その速度から、運転者が明快な意思をもって行った「加速」によって40キロを超える速度に達したと「感覚的」に推定するのが、素人の目には、科学的に妥当な推定と思われるのである。

 正確には、メーカーのテストドライバーによるテスト検証走行で検証できるのではないか。

 当時の報道の記憶だから、証拠にはならないが、制御不能というのは、車体が宙を飛んだところも含んでいるのはないか。乗用車というのは、そう簡単に宙を飛ぶものなのか。低速走行、安全走行で飛ぶか飛ばないか、検察側が検証しなかった(記事で言及されていない)のが、不思議である。

 職業人である警察官が40キロと証言した背景には、30キロや35キロでは、このような「制御不能」状態にならないという職業的(professional)な見識があったのだろう。軽々に、専門的な「感覚」を否定すべきでないように思う。

 あるいは、ひたすら低速運転していたにもかかわらず、当該交差点で、たまたま制御不能な状態に陥ったとするならば、被告は、自分に稚拙な運転技術しかないと自覚していたことになる。それでは、話が違うのではないか。

 物事は、一連の事象として起こっているのである。総合的に判断しなければ、事態の深層を見失うのではないか。

 幸い、本事件に関しては、地裁判決の論理の綻びに対しては、上級審の判断を仰ぐことが可能であり、そこで、より高度な見識による判断を求めることができるので、一市民としては、今度こそ、整然とした論理に基づく、的確な判決が出るものと期待する。

 誤解されては困るが、ここで批判しているのは、素人目に筋の通らない判断であって、被告人に必要以上の重罪を求めているのではない罪と罰の関係を正したいだけである。

 裁判長が責任を持つ判決文に、以上のような素人のツッコミを許す字句が書かれているということは、あるいは、検察の手抜かりを暗にさとすという底意を潜めた、二千年を超える伝統を持つ「春秋の筆法」であろうか。

以上

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