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2014年11月 3日 (月)

02a. 帶方東南大海 - 最初の読み過ごし ちょっと補筆、改題

                           初出:2014/11/03  最終: 2021/11/07

*02.  倭人在 -  最初の読み過ごし
 倭人傳の書き出しを虚心に読む限り、「倭人」の所在は明解です。

「倭人在帶方東南」
 帯方郡は、朝鮮半島西北部、後の漢城(ソウル)付近、ないしは、その北方に存在したとおもわれるので、その東南と言えば、現在の九州を指しているのは、明解そのものです。
 現在本州と呼んでいる島は、帯方郡の東南方向から東北方向にかけて、長々と伸びているので圏外です。三世紀にも、その程度の認識はあったものでしょう。
 と言うことで、魏志倭人傳が、倭人の國を九州島と理解して書かれたことは、まことに明解です。

 韓傳を見ても、冒頭で、帯方郡を基準とした地理関係を明確にしています。
  韓傳: 韓在帶方之南
 倭人傳: 倭人在帶方東南

 三国志の上申を受けた晋朝高官は、まず、東夷の所在を知りたがるものであり、更に関心があれば、以降を読み進めると言うことから、史官は編纂に当たって、冒頭数文字に地理情報を凝縮したのです。

以上

*補筆                        2014/11/2
 4月2日時点では、以下の議論の歯切れが悪いので、書き落とましたが、半年たって読み返して、やはり書き留めておこうと決めたのです。
 倭人在帶方東南大海之中
 ここまで一息に読むとして、「帶方東南大海」をまとまったものと見て、これを「帯方東南の大海」と読んでしまうのは、不正確ではないかと思います。

 「帯方東南」とは、倭人の所在に対する形容であって、大海に関する形容ではないのです。いくら古代でも、帯方郡の政庁である帯方郡治の官吏も、西晋の史官たる陳壽も、韓半島の周囲が互いに繋がった大海であるという地理知識はあったと思います。

 この書き出し部分は、東洋文庫264「東アジア民族史 1 正史東夷伝」の三国志魏書倭人伝の項では、現代語訳として、次のように丁寧に解きほぐされています。
 「倭の人々は、帯方[郡]の東南にあたる大海の中の[島々]に住んでいて」
 「普通」に読むと、「東南にあたる大海」と「大海」が東南方向に限定されているように読めます。

 現代語訳とするときに付け足した部分が、原意から脱線しているのではないかと感じるのです。
 それ以外に、この現代語訳には、現代風の解釈が織り込まれていて、原文の趣旨に添ったものかどうか、かなり疑問があります。 

 「倭人」を「倭の人々」と読み替えているため、「在」を「住んでいて」と読み替えていますが、これは、誤解を招くものと考えます。

 東夷伝の諸伝記事は、各国家ないしは地域社会を語っているものであり、「倭人」は、「韓」と同列の地域概念と考えます。

 韓伝では、「韓」は、馬韓、辰韓などのやや下位の地域概念に分割可能なのに対して、倭人伝では、「倭人」と倭、倭種、倭国、女王国などとの上下関連が明確でないので、構成は若干異なると見られますが、少なくとも、「倭人」を「倭の人々」と書き換えることには、大いに疑問があると見るのです。(友人なら、ダメじゃないか、というところです)

 また、やや余計なお節介かも知れませんが、[島々]は中国語にも日本語にも縁の薄い複数形であり、これでは、倭人の住み国土が、まるで、フィリピンかインドネシアのような島嶼国家になってしまいます。言葉の時代観のずれでしょうか。追記:ここだけ透徹した読みゑしているのでしょうか。

 むしろ、山島は一つだけで在り、對海国も一大国も、大海の中州に過ぎなかったという解釈もありうるのです。この「ずれ」は、深刻な誤解か見知れないのです。(友人なら、ぼけてんのか、というところです)追記:ここは、当記事筆者の浅慮のようです。反省。

 いや、「大海」を。現代日本語の感覚で、Ocean(太平洋)と解しているのも、「誤解」の可能性が高いのです。三世紀当時の言葉で、「大海」は、内陸の塩水湖であって、寛くて大きい「うみ」ではないのです。当時、中国世界で一番有名な大海は、後漢西域史料に書かれていた西域の果ての裏海(カスビ海)です。但し、固有名詞は付いていません。

 現代語訳は読みやすく書かれていますが、それは、本来、長年の議論をもってしても、いろいろな意味に読み取れてしまう原文を、特定の解釈に固定していることの表れでもあります。むしろ、わかりやすい現代語訳ほど、現代語感に毒されていて、大脱線の危険が高いと見るべきです。

 倭人伝冒頭部分の解釈の課題は、世間で認知されていないらしく、専門誌である季刊「邪馬台国」103号に掲載された論考には、各筆者の筆に従い、以下の3種の解釈が収録されています。
 1. 「倭人は帯方郡の東南、大海の中に在り」
 2. 「倭人は帯方郡の東南の大海の中に在り」
 3. 「倭人は帯方の東南にあたる大海の中に在り」
 2、3は、明らかに「東南」が「大海」の形容となっていますが、1は、東南と大海を直接結びつけない読み方です。とは言え、文の解釈を曖昧にしているだけで、文の意味を解明していないので、その分世間に、大きな迷惑をかけています。

 なお、上に例示した読み下し文は、学界の定説を忠実に踏まえているものであり、本論の趣旨が、これらの読み下し文を含む論考について、その内容を論うものではないことは、ご了解頂けるものと思います。

 結局、「在」と言う動詞を、本来意味の届いていない後方まで引きずって解釈しているために文章の明解さが失われているのであり、「倭人在帶方東南」で区切り、明解にするべきであるというのが、本論筆者の主張です。

 それとも、明解に読み下してしまうと、「倭人」が九州島に限定されてしまうので、あえて、曖昧にしているのでしょうか。
 因みに、当記事の読みでは、「倭人」は、大海中の山島に国邑を成していることになりますが、これは、中原太古の世界像に従い、千戸台の集落が、山島の場合は、海を隔壁とし城壁を設けていないという宣言であり、戸数数万戸の領域国家は、到底、山島に収まらないので、郡から倭までの行程には収まらないことから、行程外の余傍の国と明記されているのに等しいのです。

以上

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