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2015年6月15日 (月)

私の本棚 番外 長野正孝 古代史の謎は「海路」で解ける

 卑弥呼や「倭の五王」の海に漕ぎ出す PHP新書 2015/1/16

          私の見立て☆☆☆☆☆        2015/06/15

 番外としたのは、講読しての書評でなく、アマゾンが紹介している内容紹介に対する突っ込みであるからである。営業妨害目的でないのは、見て頂ければわかる。苦言は最良の助言であると信じるからである。 

 「魏志倭人伝」によると、卑弥呼の特使である難升米(なしめ)が洛陽まで約2000kmの航海を行ったという。

 と、惹句は書き出されているが、この一文だけで、購買欲、読書欲を削がれる。 

 魏都洛陽は、遙か内陸にあるから、「洛陽」まで「航海」することは、不可能である。

 魏志倭人伝には、倭国使節が帯方郡に来たので、帯方郡のしかるべき役人達が、洛陽まで帯同したと書かれているのである。帯方郡から洛陽まで、どこをどう通ったかは、書かれていない。帯方郡まで、どこをどう通ったかも、書かれていない。書かれていないことを堂々と打ち出すのは、論考の惹句として問題である。 

 難升米(なしめ)とあるが、そのように かな表記されたという記録はない。 

 邪馬台国が畿内の内陸にあった場合、と言うが、歴史的事実は不明なのだから、邪馬台国が畿内の内陸にあったと仮定するとしたとき、とでも言わないと、言い出し方から偏ったものになる。 

 瀬戸内海は航路が未開発であったため通ることができず、とあるが、断定に過ぎる。島々にも、南北の沿岸にも、早い時期から人が住んでいたはずであり、北岸沿岸や島伝いに航海する航路は、随分以前から成立していたはずである。少なくとも、数多くの交易遺物が発掘されていると記憶している。
 何かが存在しないことを論証するのは、大変な量の論拠が必要である。無謀としか言いようがない。

 例えば、現在の山陽路沿いに海路遍歴した後、河内湾に至ったという、神武東征説話を否定する論拠が必要である。

 こうしてみるだけで、この内容紹介は、はったりの羅列であり、様々の疑念を招いて、購買意欲喚起の惹句の用を為していないどころか、大いに逆効果である。

 著者は技術者出身と言うが、技術者は、確たる根拠があっても、なかなか断定しないのが本分である。技術者の「知」とは、そうした厳然たる基盤を踏まえているものなのである。
 このような惹句で自著を売ろうとするのであれば、著者は、技術者とは言えないと思うのである。

 通りがかりの冷やかし客から、嫌みたっぷりな非難を浴びせられて、不愉快な思いをしないないように、惹き句を改訂することを強くお勧めする。

以上

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