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2015年10月10日 (土)

私の本棚 30b 季刊邪馬台国126号 雑感 本文後半

  投稿原稿 「魏使倭人伝」から見た邪馬台国概説
  梓書院                        2015年7月
  私の見立て★★☆☆☆        2015//10/10

承前

*先行論考の批判について
 以下、当記事では、魏志倭人伝の行程、道里記事について、堅実な考察を加えているが、すでに公刊されている中島信文氏の著作を参照して、これを克服しなければ、いわゆる定説の正確さを主張することはできないものと考える。(中島信文 『甦る三国志「魏志倭人伝」』 2012年10月 彩流社)
 それぞれの論者が、先行論考の評価を怠っていては、議論は、堂々めぐりして先に進まないのである。

 以上、肝心の論文内容についての「批評」ができていないのだが、これについては、著者の口ぶりを借りれば、当方の浅学非才で手の届かない分野であるので、おおむね考慮中と申し上げておくものである。
 ここに書き連ねているのは、当論考に触発された個人的な感慨である。

*「古代国家」に寄せる感慨
 本論考で、感心するのは、当時の邪馬台国の国の形として、九州北部にまとまった小国連合と見ている堅実な見方であり、九州島内すら完全支配していない「古代国家」が、島外に権力を伸ばしていたとは見ていない点であり、この点は、「近畿論」が、奈良盆地に根拠を持つ古代国家が、すでに、遙か北部九州まで権力範囲に収めていたとする壮大、かつ根拠不明の展望に比べると、確実な議論と思える。

 以前にも書いたように思うのだが、当時の交通手段で日帰り圏を越えた遠隔地を支配しようとすると、相互の意思疎通、つまり、頻繁な文書交信にはじまり、年々の貢粗取り立てに伴う物資の搬送、軍役の賦課、労役の賦課など人員の移動が必須であるが、そのような、支配される側が容易に受け入れないと考えられる国家としての「支配」を維持するのは、機動的な武力行使を背景としない限り、限りなく困難(ほぼ不可能)である。

 少し言い換えると、その時代に短期間で到達不可能な「遠隔地」を実効支配するには、相応する交通、輸送、通信「インフラ」整備が前提である。
 それに必要な水陸交通手段が不確実であり、文字や紙がなくて文書支配もできないと思われる「インフラ」未整備状態の3世紀、4世紀には、西日本を横断支配する古代国家は、史料にも遺物にも依拠しない願望に基づくものであり、砂上の楼閣とみられる、それを言い立てるのは時間錯誤である。

 本論文著者が書き綴っているように、その時代の各地小国家は、相互に影響を及ぼせる範囲内では、互いに存在を認めつつ、競合ないし連合し、支配など試みなかったと思われるのである。
 遠隔の他国を征服・支配するには、時に応じて遠征軍を派遣する必要があり、そのためには、物資、食糧の輸送、多数の人員の移動が必要であり、これを国家事業として実施するには、少なくとも、後の山陽道と呼ぶに値する堅固な「インフラ」(国家基盤)が必要なのである。

 当時、遠隔地との交易は、物々交換はあっても、交易と言えるほどの大規模な交換はなかったと思われる。なぜなら、共通通貨が未形成であったから、と思うのである。おそらく、少人数の行商人が往来していたのではないだろうか。
 発掘された遺物に見られる遠隔地物資の流入は、それらがあくまで、貴重品の範囲であり、交易が大規模な実業として成立する規模ではなかったと思われるのである。

*結語らしき感慨
 それにしても、邪馬台国に関する議論では、信頼性の高い三国志でなく、相対的に不確かさの高まっている後世資料である後漢書やさらに信頼性が低下している後漢書引用史料を根拠とした論理的に証明されていない俗説の類いが横行していて、そのため、素人目にも、邪馬台国論は、混沌としていると見えるのである。
 中国の説話にある、のっぺらぼうな混沌の顔に目鼻を書いて面目を与えると、混沌は死んでしまうと言う教えに従っているのか、それとも、悪ガキの落書きに倣っているのか、理屈の通った議論、解明が成されないのが残念である。

 当ブログ筆者のように、その道の素人にも粉飾の目立つ議論であるから、粉飾を丁寧に取り払えば、意外に単純な中核が見えるのではないだろうか。

以上

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