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2015年11月 5日 (木)

「古田史学」追想 遮りがたい水脈 3 宋書の「昔」について

                                 2015/11/5
 ここでは、故古田武彦氏の残した業績の一端について、断片的となるが、個人的な感慨を記したい。

「古代は輝いていた Ⅱ 日本列島の大王たち」(古田武彦古代史コレクション20として ミネルヴァ書房復刊)「参照書」)の219ページからの『「昔」の論証』とした部分では、、宋書に書かれている倭国王「武」の上表書に書かれている「昔」に対して、考察が加えられている。

 古田氏は、持論に従い、こうした特定の言葉の意義は、同時代の文書、ここでは、宋書において「昔」の用例をことごとく取り出して点検するという手法を採っている。
 現時点のように、電子データ化されたテキストが、インターネットのサイトに公開されていて、誰でも、全文検索できる便利な時代でなく、宋書全ページを読み取って検索したものと思われ、その労苦に敬意を表する次第である。

 さて、ここは、論考の場ではなく、私人の感慨を記す場であるから、参照書の検索と考察の内容は後に送り、ここでは、まずは個人的な意見として、以下の推測を記すのである。

 日本語でも、「今昔の感」と言うように、「」と言うときは、「今」と対比して、万事が現在と大きく異なった時代を懐古、ないしは、回顧するものであり、往々にして、「古き良き時代」と呼ばれることが多い。
 では、南朝の宋(劉宋)にとって、古き良き時代とはいつを指すのか。それは、劉宋時代の中国の形勢を見れば、さほど察するのは困難ではないと思われる。劉宋は、亡命政権東晋を継いで、長江(揚子江)下流の建康(現在の南京)を首都とし、中国全土の南半分を領土としているが、中国の中核とされる中原の地は、北方から進入してきた異民族政権の領土であった。中国人にとってこの上もなく大切な、故郷の父祖の陵墓は、墓参を許されない嘆かわしい事態になっている。
 もと中原の住民は、大事な戸籍を故郷に残し、今の住まいを避難先の仮住まいと称していたのである。

 こうして考えると、宋書でいう昔とは、中国全土が、その時代の天子の治世下で太平に保たれていて、季節に応じて、故郷の風物を楽しみ、墓参に努めることのできた古き良き時代、言うならば中華の世紀である。

 なべて言うなら、古くは、史記に記録されていて、半ば伝説と化した夏、殷、周の時代であるが、その中核は、儒教の称える周公の時代を想定していたのかも知れない。
 周朝の制覇、王朝創業の間もなく、広大な天下が平らげられて戦乱がなくなったことを伝え聞いて、遙か遠隔の地から、越裳と倭人が捧げ物を届けたという、そういう周の遺風が「昔」と言わせるのであろう。

 そして、より生々しい秦・漢の時代は、これもまた天下を平らげたことから、古き良き時代として「昔」と懐かしんだものと思われる。

 更に時代を下った魏・西晋の時代は、天下太平と言うには、物足りないものがあるが、それにしても、中原領域を制定していたことから、今の状勢と比較して、「昔」と懐かしんだものと思われる。

 さて、肝心なのは、倭王武の上表文で、「昔」と言っているのは、どの時代を指しているのかと言うことである。古田氏は、宋書に登場した「昔」の用例を総点検した結論は、宋書に於ける「昔」とは、古くは、「夏・殷・周」、近くは、「漢・魏」、時代の下限として「西晋」を含むこともある、と言うことであり、上に挙げた個人的な推察と同じ結論に至っている。

 つまり、上表文作者の想定したのは、劉宋時代の中国教養人と同様の意義であり、『古くは、「夏・殷・周」、近くは、「漢・魏」、時代の下限として「西晋」を含む』時代を指しているようである。
 倭王武の上表文の主たる意味づけは、魏・西晋時代にあるようであるが、「昔」の一文字で、周・漢両朝での倭人貢献を想起させる修辞力は大したものである。

 一部先賢は、倭王武の上表文について、当時の倭国に、このように高度な漢文記事を書く教養があった証拠にはならない、どうせ、建康の代書屋に書かせたものだろうと、倭国作成説を切り捨てている。

 しかし、代書屋に倭国の故事来歴の情報はないはずであり、代書するにとしても、大体の材料を与えられ、色々と注文を付けられて書いたものであり、大筋は、倭国側の練り上げた文書であることは、間違いないと思われる。

 もっとも、別項で述べたように、国王名義の上書には、国王名の自署と国王印が不可欠であり、倭国使節が、建康まで署名捺印だけで内容白紙の上書原稿を持参して、代書屋に内容を書かせ、出来上がった国書を国王が確認すること無しに宋朝に提出したという想定は、あり得ない手順と思われるのであるが。

 閑話休題
 古田氏の遺風として、生じた疑問を解き明かすのに、推測ではなく、データをもとにした考察を怠らない点は、学問・学究に努めるものとして学ぶべきものと思うのである。、

以上

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コメント

  どうしても、尊大に相手を見下すことでしか、日頃の憂さを晴らせない方のようで、これは、その人の持ち味なので仕方ないのですが、一面識もない人間に、自分の性格を投影して、独り相撲を採るのは、まあ、世間一般の通例とは言うものの、大人げないなと言わせていただくことにします。
 言い方の猿まねは、後ろめたいのですが、たまには、反撃してくる鏡像と語り合ったらいかがですか。
 
 前回は、繰り返し書き立てる程度の低い当てこすりと当方のブログ執筆姿勢への不当な内政干渉があったので、それに見合った口ぶりを、文章技法として、(意に反して)採用したものです。だから、叱りつけていても、怒ってはない、私情は投影されていない回答と解しています。
 それにしても、前回の貴コメント(別に礼賛しているのではない)の最後の部分は、ほとんど飲み屋で愚痴っている泣き言で、まともに回答できなかったのです。見て見ないふりとも行かなかったのは、残念です。

 今回は、年がら年中閑散としている当方ブログを何度目か揶揄していただきましたが、これについては、当方の謙遜語も含めて、何度も表明しているので、今回は無視することにします。こうした嫌みは、ご友人、飲み友達相手であれば受け入れてくれるのでしょうが、面識もない、顔も見えない、声も聞こえない相手に叩きつけるのは、不躾であろうと思います。この辺りは、お互い様と言われそうですが。

 基本に立ち返って、相手の書いた内容が理解できないのに、検索でヒットした言葉尻に噛みつくのは、自己満足とは違うというのでしょうか。このやりとりに何を求めているのか。自己満足でなければ、相手満足?お好みらしい「自虐的」と合わせて、ご自身の内面についてフロイト的分析が必要なのではないかな。と、ここは無礼な締めを使ってみました。

 最後の一言を相手に言わせたままでしめられないので、口調はですます調に転じましたが、お約束の一発をかまさせていただいたものです。手痛い内容に耐えられないと思われる相手をかばう必要があるときは、口調を和らげるのが筆者の矜持です。

 勝手ながら、憂さ晴らしの相手も、故人への怨念のはけ口にされるのも、お門違いでもう結構なので、向こう6カ月間、貴兄のコメントへの対応を止めたいと思っています。


コメントで、思い切り相手を攻撃もして、気分も晴れましたか??

 そうであれば、よいでんな。

 人間というのは、怒るときには、その人の隠れた人間性も出て、面白いでんな。

  ブログというのも一方的な発信だけではつまらないでしょう。
  自己満足だけではさびしいものですからね。

 読者のコメントも偶には良いのでは。

 結構、今回の貴方のコメントは、いろいろと考えて書いてるしね。


  


 

 今福氏への回答文
 再度のコメントの労に感謝する。また、記事本文で書けない尊大で、主観的で、
攻撃的な文章を書く機会を与えていただいて、これにも感謝する。
 以下、本来は、段落単位で原文と回答を書くところなのだが、長くなるので、
引用段落は省略する。

 いきなり、意味のとれない単語が続いて困惑したが、意図が読み取りにくかった。
 「謙遜的」は気持ちを理解して読むとして、「自虐的」は、何を言いたいのか。
 当人は、別に痛くも痒くもないし、泣きも笑いもしていない。何か、相手に打撃を
与える流行言葉なのだろうか。寡聞にして、意図が読み取れない。
 最後は、場違いな尻切れ文である。(面識もない相手に使うものではないという
意図の)前回指摘は、耳に入らなかったのか。
 メディアの記事であれば、「枕が全て、もっと慎重に書け」と言うところである。

 いかがと問われても、読者の解釈は、こちらに言ってもらっても仕方ない。読者は、
自分感覚で理解するものである。読者の印象をはっきりさせようとしたら、絶賛や
罵倒の氾濫に陥るが、だからといって、大抵の読者に同意はしてもらえない。大抵、
冒頭数行で読み捨てられるものではないか。
 当方がそうした文体を採用しないのは、少なくとも、読み捨てられたり、否定的に
読まれるくらいなら、「おもろない」中立意見と読み取ってもらいたいのである。結構、
当方の意図通りに読まれているのではないかと思う。
 とにかく、重ねて文句されている「古田史学」という言葉は、当方の造語ではなく
世間に出回っている言葉だし、誰であろうと、直近の故人につき、殊更否定的な
言葉遣いをする葬送儀礼は存じていない。ということで、文句を言うのは、文句屋
の勝手だが、こっちに向いて言うな、よそで勝手にしろ、である。(お勧めに従って、
他虐的ににしゃべる。以下略)

 「過去には」と気軽にいうが、その認識は、客観的に正しくない。まだ、絶滅した
わけでもない。古代史界、ネット界に、あまり出てこないだけである。
 それにしても、他人が精魂込めて(程度は別にして)書いた文を読むことは、自
分が設定したキーワードにヒットしたとして、私情で反応することではない。少なく
とも、記事文脈を辿って文意を読み解く、それが読書ということである。(お勧めに
従って、尊大にしゃべる。以下略)まあ、読書習慣自体が、過去になりつつある
かもしれない。

 謙遜するなと言われたから言うのではないが、これは「単なる」ブログではない。
当人には、自分が構築した唯一のお城であり、ネット用語として正しいのかも
しれないが、「投稿」して誰かの判断を仰ぐのではなく、自分なりの記事群を、
自分なりに責任の持てるような方針で執筆、掲載しているのであり、よそから
「問題はありません」と許してもらう必要はない。
 また、ここはコメントの場であり、コメント筆者の助言と同意を得る場ではない。
 とにかく、当人は(多分に形式的に)謙遜しても、他人から鸚鵡返しみたいに
言われると、むっとせさざるを得ない。ついでながら、別に「欲望」はない。希望は
あるが世間はこんなものである。さらに言うと、当人が「優秀」な文人ではない
ことは保証する。ほめ殺しのつもりなのか。揶揄しているのか。
 ネット界の論法のお手本を示してもらっているのかもしれないが、こんな風に
「尊大的」な視点から、顔の見えない他人を「いじる」のはいい加減にしろと言う
ことである。

 次は、一転して、まじめな口調であるが、油断はできない。ブログ記事の主題に
ついて言及していないからである。別に、言い方、書き方をほめてもらいたいので
はない。ついでに言うと、「尊大的」で「他虐的」なブログ記事など読む気に
ならないのが、大抵の読者(読書人)であると信じている。

 ここまで、(心情的には、面と向かって)いちびられるとは、なさけないものである。

 記事へのコメントと思って読み進むと、最後に、積水のごとく私憤と恨み言が
あふれてきて、受け止めようがない。当ブログのように、抑制した文体の筆者に
生の私憤をぶちまけるとは、余程故人に恨みがあるのだろうが、言う相手と言う
場を間違えていないかと思う。相手がいなくなって借りを返せない怨念のカウン
セリングは、当方の任に余る。大人なら、ご自分で解決していただきたい。

以上


 あまり謙遜的に自虐的に、自己の古代史の投稿について述べなくても良いですよ。
 少数でも読んでいる方がおり、それに感銘を受けて、一人でも良い歴史研究者が
 出れば、大したもので、一介の市井の戯言などと言わない方が。

  文句ですが、史学という言葉や遺風などというのは、語る対象を一般的に肯定的に捉えている
 時に使用すると当方は考えておりますが、読者は、貴方の投稿も、そのような理解で読んでいると
 感じますが、いかが??

  日本人は遠回しな言い方で、難解な言葉をつかうなどが優秀な文人や研究者ととらえることが
 過去には多いのですが、貴方の投稿も、そのような面が認められますが、
 もちろん、ここは、貴方の個人的な単なるブログで、どのように投稿しようと問題はありませんが、
 読者に読んでもらいたいという欲望が少しは有るからでしょうから、
  「当方は、古田氏の論調は、しばしば、と言う頻度を超えて独善的であり、しばしば子供っぽいと感じることもある。」などのコメントのような素直な意見も重要ではないでしょうか?

 貴方の投稿は客観的で、論理的にも注意されて記述されており、それなりに読む価値もある。
 但し、これらに配慮するあまりか、攻撃対象や賛同の対象が、ぼける。 例えば、「古田氏の論議に、まともに反論していない反対陣営にも、荷担できないからである。」などは典型。
  
  まー、頭が良いので、お利口さんで、断定言葉を使わないとも言えるが。

  それから、「だから、賛美調とも読める用語を使っているが、半ば社交辞令であり、半ば揶揄している。」などということを理解できる読者は、そうは多くない。

 もうすこし、直截的に述べるとおもろいですが。
 

 古田氏の根性に賛同するのは「悪党にも一理あり」の論理でんな。
 人間的には、だから、恥を知らぬ古田氏という人は憎めないところがあるのでしょうな。

 こちらは、古田氏の根性や憎めない面は、カットで、古代史の学問としてだけ述べており、
 私情は、述べていない点が、貴方の投稿と違うだけですよ。

  世の中は根性で行動することや、間違った意見でも何べんでも唱えられる人の勝ちでもある。
 今の韓国の慰安婦問題にしても、古田氏が、一部でとり上げられるのも、そう。
   世の中というのは理屈だけで通らぬ、あなたの言うように、甘くは無い。ハハハ

  でも、貴方のような人が、シンパシーとして、これらを、実は陰で擁護している。
  これが、気になってね。

   
  

 当人の回答コメントです。     2015/11/13
 (文体、用語がぞんざいである点をあらかじめお詫びする)
 いやはや、真っ正直なご意見でおかしみを禁じ得ない。
 当方は、古田氏の論調は、しばしば、と言う頻度を超えて独善的であり、しばしば子供っぽいと感じることもある。だから、賛美調とも読める用語を使っているが、半ば社交辞令であり、半ば揶揄している。
 例えば、今回採り上げた「昔」の検索についても、費やした労力は大したものと思うが、一介の素人が常識と直感で感じる「見解」と大差ない、むしろ、突っ込み不足な見解になっていることを軽く揶揄している趣旨である。大半は、当方の勝手な私見をぶち上げる枕にしているだけとも言える。

 と言うことで、ご大層な「古田史学」も、半ば揶揄である。「古田史学の会」と言う団体があるので、ある程度周知の言葉と考え、勝手に流用させていただいたとも言える。
 この用語に対して、真っ向から「学問の領域を超えた」(褒め言葉になっているが、本来は、学問の領域をはみ出した、逸脱した、踏み外したと言いたかったのではないか)「個人崇拝的で、この文句には排他性が含まれる」とおっしゃるが、個人崇拝と感じ取るのは、読む人の勝手であり、当方は、古田氏の意見を尊重しているが、別に、ご当人を崇拝していないことは、良く見ればわかるとおりである。

 どのような論者の意見であれ、自身の信念に基づいて発表する以上、排他的な要素は、当然含まれるのであり、それがなければ、盗用、受け売りの類いとなってしまう。これは、周知の事情であり、それをもって、誰かの所論全体に否定的な心証を抱いたしたら、それは、実証的な視点ではないし、別の意味で排他的になってしまっているのではないかと思う。(批判的意見が排他的になるのに、何も悪いことはない)
 因みに、貴兄の文末の「考えるべき」と言う切り口上は、当方の分類では、独善的見解の押しつけによくある言い回しだが、あくまで、そう受け止めるのは個人の趣味嗜好であるので、押しつけるものではない。

 賛否が相半ばしているのは、古田氏の論議に、まともに反論していない反対陣営にも、荷担できないからである。
 思うに、まま世間に見られる、古田氏に荷担しているものに対して瑕瑾をつつきだして反論するという手口は、まさに、清水か汚染水か、清流か濁流かは問わず知らず、現実に広がってしまっている「水脈」を、見て見ない振りをして「遮りがたい」ものにしている、おそらく、唯一最大の原因と思うのである。(私見では、こうした対応が、広く世間に嫌われ、古田氏の支持者を増やしているのである)
 因みに、当方が古田氏の「遺風」というのに、随分ご不満のようだが、ご本人が亡くなった以上、そう呼ぶしかないのである。賛美、非難、いずれも意図していない。
 当方は、古田氏の「長年にわたり挫けない意気に感じている」のであり、氏が得たのが功名であろうと汚名であろうと、長年、著作や講演で世に広がった意見だから、それが気に入らないとしても、遮りがたい水脈の広がりは無視できないと言っているのである。
 貴兄が、古田氏の「遺風」を「はったりと誇大妄想の類」と言うだけで、一気に、水脈を断ち切り、賛同者を全て調伏できると思っているとしたら、まさに、正義は常に勝つという楽天的な世界観である。

 言うまでもないが、当ブログの古代史分野記事は、見るとおり、全てが無党派、無名の個人の放言、大半は大局を見ない「揚げ足取り」である。また、世間の「古田史学」観に影響を与えるつもりはない。(この読者数では、世間に影響が及ぶはずもない)
 そんな当方に向かって、仰山にも、「古田氏の功罪」を明確にせよとおっしゃるが、言う相手を間違えていると申し上げたい。広がった水脈の各分枝を吟味して功罪に分類することは、素人のできることではない。だから、当方は、「書評」でも、書評などではなく、大人げない揚げ足取りばかりしているのである。

 折角、当方の書いたものに目を通していただいた上でのご意見のようなので、その点には大いに感謝するが、いささか、言葉に対する先入観が強すぎるのではないか。こてこて、貴兄のコメントに返事コメントを入れているが、別に、言い負かしてやると言う意図はないことをご理解いただきたい。

以上

 読んでいて、おかしさを感じた。

 まず古田史学という文句だが、個人に史学などと付けるのは、そもそも、
学問としては、狂っている。
 古田氏において、古田史学などという文句は個人崇拝的で、この文句には排他性が含まれる
 ことをよく、考えるべき。

  彼の宋書での昔の事例を丹念に拾ったというのも、大したことではない。
 その行為を取り上げて、古田氏の遺風などと言うが、このようなことは、 
 多くの先陣もやっているし、問題は、その結果の論であり、その論がくだらなくては
 意味がない。

  ここのブログでは、常に言葉の問題を論じていおるのだが、

「遮りがたい」とか「水脈」とか「遺風」とか、「古田史学」などという文句を
安易に古田氏になどに使っては、言葉が泣く。

 古田氏の功罪を明確にした方が良い。

 彼の著述は多くは学問の領域を超えたもので、はったりと誇大妄想の類である。
  100のはったりを述べれば、いくつかは当たるという類である。

 何々史学などと述べるのは、言葉を大切にしていない。


 


 

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