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2015年11月

2015年11月20日 (金)

今日の躓き石 憧れの存在に報復とは

                                   2015/11/20
 今回は、毎日新聞朝刊大阪第13版スポーツ欄と夕刊第3版の同じくスポーツ欄である。

 言うまいと思ったのだが、ここで見過ごしたら、ここまで批判された方達に不公平であるし、発言した選手が不利益を被るといけないので、言いつくろいたいのである。

 問題の発言自体は、選手(個人攻撃が目的ではないので、今回も名を上げない)の発言引用として書かれている。選手の闘う相手は、少年時代から憧れた「今でももっとも好きな選手」であるが、昨年対戦したときはストレート負けしたという。

 それなのに、今回は復讐戦である、と言い。総決算を挑むという。まるで、年長の先輩相手に勝てるはずの勝負で去年は負けた。恨みが残っている。今年は、当然の権利として報復してやる、とでも言い立てているようである。まるで、前言と裏腹である。

 当人の意に反して不穏当な発言を引用されたのは、深い意味もわからず、「リベンジ」と言ってしまったからであり、報道するものが、その失言を世界にまき散らしたからである。

 この言葉は、米国のスポーツ界などでは気軽に使われている言葉かも知れないが、本来、この言葉は、大変忌まわしい言葉であり、特に、現今の世情では、とんでもない不穏当な言葉である。
 どちらに大きな非があるか、言うまでもない。言葉のプロである、報道関係者であり、つまりは、共同通信(配信元)と誌面に掲載した毎日新聞全社の失態(連帯責任)である。

 特に、共同通信のスポーツ担当記者は、全国紙の記者に不足している、豊富な経験と専門的な見識に基づいて、プロと呼ぶにふさわしい味わい深い記事を配信しているのを見てきたから、今回は、大変がっかりしたのである。

 夕刊での続報を見る限り、共同通信記者の目は、両選手の双方に視点を切り替えつつ、高度な技術と不屈の精神を戦わせた名勝負として描き出していて、とかく、毎日新聞記者が、雑ぱくなデータから速断したとも思える記事を書き連ねる傾向が見られるのとは、さすがに大きな差が見えて、これはプロの技だと思わせる。

 しかし、こと、言葉の繊細な選択については、毎日新聞記者に遠く及ばないのではないかと思われる。毎日新聞の記者の多数は、無用な有害語は使わないでも、勝敗織りなすスポーツ記事を書いているのである。

以上

タブレットPCだより 12(CUBE iWork8 3G Windows8.1+Android 4) 続 また一つの冒険憂鬱

                                                                 2015/11/20

4.システムメッセージの変更 (承前)
 この手順は、前回取り組んだときのメモが残っていなくて、何とか、突破ルートを(再)発見したので、ここに収録するものである。

終了後再起動
 以下の変更により、システムメッセージなど、基本的な設定を日本語に変更できるが、最後、変更を適用するためには、Windowsを再起動する必要がある。システム起動直後に実行することをお勧めする。

長い道のり
 まずは、コントロールパネルの「言語」で、「詳細設定」を指定し、一番目の項目である「Windows表示言語の上書き」設定で、「日本語(日本)」を選択した上で、
 そのすぐ下の「ようこそ画面、システムアカウント、および新しいユーザーアカウント言語設定に言語設定を適用する」と書かれている部分をクリックして地域設定のボックスを表示させ、
 「管理」タブの「ようこそ画面と新しいユーザーアカウント」、項目が表示されて、「お使いの地域と言語の設定を、ようこそ画面、システムアカウント、および新しいユーザーアカウント言語設定に表示およびコピーします」と書かれている状態に至る

丁寧だが揺らぐ表現に眩暈(めまい)
 やれやれ、項目名も、説明文も字数が多くて、丁寧なのは良いのだが、日本語でこうなのだから、他国語で書かれたら、知らない単語が大半になり、内容の推定が困難となるのである。

ダブルテイク
 ここは(ここだけではないのだが)、案内表現が丁寧なのと裏腹に、おそらく日本語文が英語原文の「できの悪い」翻訳である点も作用して、錯綜とした感じがあり、読みほぐす必要がある。
 日本語として解釈すると、「ようこそ画面....に言語設定を適用する」と最初の案内(トンネル目的地の説明)があるのに対して、トンネルを出てみた ら、目的地には、「お使いの地域と言語の設定を、ようこそ画面....に表示およびコピーします」と書かれていて、使用者の理解ではすでにシステムに正し く設定済みの「お使いの地域と言語の設定」を、殊更に、なんたらかんたら操作する、と宣言されていて、最初の案内との関連がつかめないのである。
 意図をくみ取ると、「ようこそ画面」と「システムアカウント」と「新しいユーザーアカウント言語設定」の3箇所で、「日本語の日本文で表示する」か、「設定の際に、日本語の日本文を使用するように、設定を変更する「の二項の動作を行うと言う趣旨と思われる。
 日本語離れした言い回しで理解に苦しむが、具体的に指摘すると、三つの設定対象項目に対して、「表示およびコピーします」とあるのは、おそらく、表示する項目とコピー(上書き)するの二項目がある、との意味であろうが、三対二の繋がりが読み取れない。
 と言うものの、それらの順列組み合わせは、使用者にはどうでもいい細かい言い回しであって、最初の案内にあるように「あたらしい」言語設定を「適用します」と言えば随分明解である。

 更に、多分、原文(英文)を書いた人には、PC用語について誤解があるようだ。
 PC独特用語で「コピー」とは、選択した場所の文字や画像をクリップボードに取りこむ、と言う意味であるが、普通の言葉で言うコピーでは、クリップボードのデータを目的地に貼り付けるまでをひっくるめて言うのである。
 (ディジタル)コピー機でコピーするときに、原稿をスキャンしただけで停止したら、故障かと思われるはずである。
 こうして、丁寧な表現にこだわって細部にこだわるのはありがたいことであるが、逆効果だったようである。

 こういう事情で、元々の項目に、意味の取りにくい「Windowsの表示言語の上書き」と書かれていたのである。「上書き」というのは、PC的には、元々あるデータの上から新たな情報を書くので、もとの情報はなくなると言うものであるが、普通の言葉で上書きというのは、文字通りとると、もとの情報はそのままに、新たな字を被せると言うことであり、意味不明となる。実際に行われているのは、「適用する」設定の更新、修正なのだから、そのように表現を変えたら、一般使用者も理解に苦しむことはないのである。

風に揺らぐ綾織り
 字数が多く、丁寧な口調になっていても、実際の言葉遣いが、綾織りが風に揺らぐよう
にふらついて見定めがたいのには困らされる。
 ともあれ、以上の手順でここに来たときには、(ここでいう)「言語設定」が「日本語(日本)」となっている(はず)であり、「設定のコピー」と意味不明なメッセージの表示されているボタンをクリックすればよいと言うことである。丁寧に指摘すると、これなども冗長な文字であり、簡潔に「次へ(N)」と書けばいいのである。(これは、重箱の隅であったか)

別の確認
 因みに、すぐ下には、「Unicode対応ではないプログラムの言語」との項目があり、すでに対応していれば、ここには「日本語(日本)」と表示されているはずである。(ここに書かれている文は、日本語として意味がつかみにくいので当ブログ関連記事参照いただきたい)

最終確認の憂鬱
 さて、以上で「設定のコピー」ボタンをクリックするとの解説で、今回の話題は消化できたと思ったのだが、また、ボックスが表示される。
 今回の言語設定変更は、言語選択を間違っていて、想定外の言語にしてしまうと、以後のコントロールパネル操作による修復が困難になる(どれが何の選択がわからなくなる)ということで、確認手順として、「ようこそ画面と新しいユーザーアカウントの設定」と題するボックスが開く。
 設定一覧のボックスには、変更適用前の表示言語等が表示されているので、一瞬、操作を間違えたかと、どっきりする
 その下に「現在の設定のコピー先」の選択項目が表示されていて、ここでいう「現在の設定」とは、その上に書かれている現在の各項目の設定ではなく、直前の操作で新しく指定した言語設定のことである。
 その証拠に、二項目のチェックボックスをチェック状態にすると、上の一覧が「日本語(日本)」(およびそれに従った設定)に表示が変更される
 確認の上、OK(今回は簡潔、明瞭)を押せば長い曲がりくねった路は、ささやかな目的に辿り着くする。
 最初にお断りしたように、この変更により、システムメッセージなど、基本的な設定を変更するので、Windowsを再起動する必要がある。

5.未解決の課題
 と言いつつ、Windows10のメトロ画面上部のメッセージというか小見出しは、依然中国語のままで、「これで済んだと思うなよ」と言うことであろう。

 ここでは説明しないが、Windowsの設定に当たり、ユーザー設定を要求されるのだが、普通に受け止めると、パスワードやユーザー実名などを要求されている。ユーザーが確定するまで、設定してしまわない手順もあるのだが、なかなかややこしい。
 かくのごとく、Windowsタブレットの日本語設定は輻輳しているので、一般のPCショップには手が出せないのである。

まとめ
 以上の説明が概要にとどまっていて、初心者が参考にして、自身のタブレットに応用できるものではないことにご不満の方もあると思うが、中国製タブレットWindowsPCを個人輸入して独力で日本語対応するのは、以上のように、かなりの知識と経験を要求されるので、初心者、初級者にはお勧めしないのである。(最悪、レンガ化するのである)

 自信が持てないときは、国内代理店が品質保証と技術サポートに責任を持っていて、その分価格は高いとしても、懸案となっている「技適」問題もクリアされていて、間違いなく使用できるものを買うべきだと言うことである。

Windowsの進化
 以上の書き方で、当ブログ筆者が、Windowsのユーザー設定、言語設定手順に不満たらたらであると理解されたとしたら、それは、必ずしも、当方の本意ではない。
 Windowsについては、草創期以来親しんでいるが、草創期のMS DOSの伝統と資産(重荷)を引きずりながら、今日まで延々と改善・改良を繰り返し、膨大な過去のしがらみを持ちこたえつつ、ここまで扱いやすくなったことに感動しているのである。
 特に、従来は、海外製Note PCの日本語化とは、日本語版Windowsの新規購入が必須であり、加えて、組み込みキーボードの日本語化は不可能であったので、英語キーボードでのローマ字入力が必須だったのである。
 そして、Windows 1.0(10ではない)以来のシステム開発は、今日のように多言語切り替え時代など思いも付かない太古のことであったので、システムメッセージなどの文字データの書き方、使い方は、その部分その部分の担当者の思いのままであり、大変、が何十個も続くほど、果てしなく込み入って書かれているので、簡単に、アンドロイドのように、一発選択、一発切り替えできるように変更できない(システムの互換性を一切崩さないようにしつつ)と風の便りに聞いている。
 そうした、大変(中略)膨大な遺産を預かっているにしては、Windowsは、随分、国際化、ボーダーレス化に近づいたのである。

ハッカー待望
 筆者の勝手な願いとしては、どなたか、有意のプログラマー(ハッカー)が、以上の手順を明解に誘導するような「日本語導入」アプリを編み出していただけないかなと思うのである。
 いろいろな制約から、マイクロソフト自身が、そのようなユーティリティを作成、配布することは大変困難(事実上できないの意味)と思われるが、ハッカーなら、問題なく作成、配布させられると思うのである。

以上

タブレットPCだより 11(CUBE iWork8 3G Windows8.1+Android 4) また一つの冒険憂鬱

                                                               2015/11/20

 当方がモバイル端末を利用するような遠出は、日帰り観光がほとんどで、時に、年に一度か二度、数日の「大」旅行がある程度である。移動手段としては、徒歩以外は、電車ないしバスであり、移動中のメモ書きや旅先情報検索でモバイル端末を使用している(したい)というものである。
 と言っても、これまでのケータイでのメモ書きや旅先情報検索には限界があり、近来タブレットPCが手に付いてきたので、ケータイでの通話の必要のないことから、データ専用の(格安)低価格通信端末に興味を持っていたのである。

データ通信専用の低価格通信端末(3G回線用SIMフリー)
 さて、ここまで、7インチアンドロイド端末の3G回線使用という所まで味見をしてきた帰結として、次は、3G通信のできるタブレットと言うことになる。しかし、2015年11月の時点では、Windowsタブレットで3G回線に接続できるものはないので、3G回線への接続は、アンドロイドタブレットが必要と言うことになる。
 と言うことで、数少ないDual Boot+3Gを組み込んだタブレットに絞られると言うことになる。実に、ささやかな贅沢である。
 画面サイズが9.7とか10と言うのであれば、選択肢は、若干広がるのだが、それでは、当方が望む携帯性、タブレットとしての操作性が欠けることになる。ショルダーバッグに、カメラなどと一緒に入れて、一日、1万歩程度移動できる程度の賦課となれば、ほぼ8インチになるのである。それに、1インチ端末では、手で支えて入力とは行かない。
 いや、軽快と言うことであれば、7インチサイズが好ましいのだが、Windowsは、(おそらく7インチサイズではタッチ操作が大変難しいので)最低限8インチを設定しているものと思われる。
 すくなくとも、Widnows10では、8インチディスプレイの1280X800は画素数が不足していて、Metro画面が全部入らないとの警告か出るのである。
 と言う事情があって、Windowsタブレットは、ちょっとかさばる8インチから始まるのである。
 ぐるぐる思案が絞り込まれているが、当方が求める機能を手ごろな価格で実現しているものとなると、選択肢は狭いのである。

応用範囲(百人百様である)
 当方の手口として、タブレットでのメモ書きまでは、AndroidもPCも設計の同じアプリを使い、ネットワーク経由でデスクトップ機などとの同期ができて、互いに遜色ない。
 広い意味でのPCとしての応用を図るのであれば、やはり、デスクトップPC用プログラム(アプリ)が利用できるWindowsの方が随分使いやすく、Androidはそれと比較すれば不自由である。
 つまり、両OS共に限界があり、長短相補うというものである。だから、Dual Bootには、意味がある。

日本語導入の憂鬱
 中国製に限らず、海外で販売されているタブレットを購入して、まず取り組むのは、「言語」の日本語への切り替えである。

明解簡潔なアンドロイド日本語化とアプリ導入
 アンドロイドは、システム自体が多国語対応になっていて、各言語に切り替えるためのデータは最初から内蔵されているので、「設定」メニューで日本語/日本を選択すれば、難なく日本語タブレットに移行する。ネットからも言語データをダウンロードする必要はない。ほとんど瞬間である。
 また、設定メニューの各項目が、最初中国語であっても、日本語と同じ構成、配置であり、ちょっと思案するだけで、狙いの項目に辿り着き、狙いの操作ができる。ほとんど迷うことはない。
 多少手慣れた人であれば、ここまでは難なく切り抜けられる程度の難易度であり、まずは、日本語表示になるのである。その際の時間と手間は大したことはないので、ショップが手を入れることも多い。

 これまでアンドロイド端末を使用していて、自身のユーザー設定でアンドロイドストアからアプリを導入していたら、この端末でも、同様にストアにアクセスすれば、導入済みアプリが記録されているので、それぞれ導入すればよいのである。
 当方は、ATOKなど商用アプリをいくつか導入しているが、新規の端末で特にユーザー確認など無しに導入できるのは、大変便利である。

難儀なWindows日本語化
 さて、Windowsの言語切り替えは難物である。すでに、タブレットPCだより 1-9で説明しているが、今回は、中国語簡体字表示されているWindows PCなので、また新たな挑戦であった。

 一つには、Windowsは、表示されている丁寧な文字情報を理解して操作する前提になっているので、中国語簡体字表示というのは、なかなか手強いのである。

1.表示言語を日本語に変更
 まずは、システムの使用言語を日本語に切り替える難事業であるが、冷静に、他の(日本語をシステム言語としている)PCの表示と対比していけば、何とか、解決しそうである。
 手順としては、「コントロールパネル」の「時計、言語および地域」「言語」「言語の設定の変更」に相当する項目で設定するのであり、
 控制面板-時钟、語言和区域-語言-語言选項Windows显示語言
 で、表示言語に日本語を追加し、日本語を第一言語にするのである。
 ただし、言語情報が最初から内蔵されているアンドロイドと異なり、Windowsでは「言語パック」をダウンロードして、導入(膨大なシステムのあちこちを書き換えるものと思われる)する必要があるので、システムが繰り出す確認メッセージを確認し、ダウンロードと導入の長い時間を辛抱し、日本語を表示言語にしなければならないのである。

 そして、ここまでの記事に記したように、更に追加設定が必要であるが、コントロールパネルが日本語化されているので、大分道中の検討がつきやすくなっているはずである。

2.古いプログラム(Shift JIS時代の文字使用)の表示文字化けを解消(タブレットPCだより 2)、

3.日本語キーボードの動作設定(タブレットPCだより3)

 を導入しなければならないのである。

 さて、ここで気づいたのだが、一項目書き漏らしていたようである。
4.システムメッセージの変更
 以上の3件の変更後も、起動時のWelcomeに相当する言葉やシステムエラー時やシャットダウン時や再起動時の更新メッセージが、原語のままである。
 システム言語を日本語に切り替えてシステムの使用言語のリストから中国語を削除しても、この点は解決しないので、憂鬱である。
 (次回記事の手順に従って)コントロールパネルの「地域」設定に含まれている「ようこそ画面と新しいユーザアカウント」の設定を、購入当初の(削除したはずの)中国語簡体字から日本語に変更しないと、システムメッセージが中国語のままである。
 「これで済んだと思うなよ」、との警告もないのである。

この項未完

2015年11月19日 (木)

今日の躓き石 寂しい7人制日本代表

                                  2015/11/19
 今回は、毎日新聞夕刊大阪3版スポーツ面である。
 粗雑にも、7人制日本代表の有力選手を「オールラウンダー」と呼んでいる。記者は、褒めているつもりかも知れないが、野球界では、「ユーティリティー」と呼ばれている便利屋の形容である。技量抜群の一流選手の持ち場ではない。

 こうした言葉は、文法外れのブロークンなスポーツ用語であり、全国紙が、全国の多数の読者にカタカナ言葉として受容を強制すべきものではないと考える。
 
とにかく、何でも語尾にERを付けて言い端折るのは、いくらアメリカのスポーツ界由来(と推定する)でも、短慮で勉強嫌いの階層の言葉遣いである。

 日本に比べて、国としての歴史の短いアメリカでも、自国語(アメリカ式英語)に誇りを持っているのであり、「米語はかくあるべし」と言う論者は多いのである。まして、ラグビーは、伝統的に、イングランド発祥のスポーツであり、日米ジャーナリズムに、勝手な(アメリカ方言のいい加減な)造語を持ち込まれてうれしいはずはないのである。
 この点、南ア、オーストラリア、ニュージーランドなど英語圏諸国の賢人達も、日本人によるアメリカ追随の言い崩しには不満があるものと勝手に想像する。

 いや、ここに書いたように、自称正統的日本人だって勝手なカタカナ語には反対しているのである。

 何も、日本一の全国紙が、他に言い方は山ほどあるのに、殊更できの悪いカタカナ言葉にこと寄せて、そうした正統的な見識を逆なでする必要はないのではないか。

 何にしろ、日本代表になるほどの有力選手には、言葉の適否は記者の語感に譲るとしても、せめて、ちゃんとした大人の言葉遣いで、せめて「オールラウンドプレーヤー」と呼ぶ程度の儀礼は、必要と思うのである。担当記者は、ここで、ちゃんと書いて記事が一行増えたとしても、何とでも調整できる高度な文明に浴しているのではないか。

 それにしても、"Jack of all trade" (JOAT)が、突出した特徴を持たない「何でも屋」「穴埋め屋」の形容であって必ずしも褒め言葉でないように「オールラウンドプレーヤー」の呼称は、むしろ「器用貧乏」と呼ばれているようで、一流選手にとって、不名誉の感じがあるのではないかと思う。
 これでは、体操の内村選手のように、得意種目で超一流(金メダル期待)、それ以外でも、並の一流以上(入賞期待)、従って、個人総合も超一流(金メダル期待)、という非凡な選手まで、天下の毎日新聞からありきたりの「オールラウンドプレーヤー」と呼ばれそうでまことに気の毒である。
 特に、ラグビーのように、一度に一ポジションでプレーするスポーツでは、得意とするポジションで出場できないのは、何処かに欠点でもあるのだろうか、とも、取られかねないのである。

 このような、或る意味高度な感性を求めた批判を、たびたび公開するのも、天下第一の毎日新聞は、スポーツ欄でも天下第一の記事を求められるからである。他意はない。

以上

私の本棚 31a ひめみこ試論 補足

                                 2015/11/19
 季刊 邪馬台国126号 2015年7月
 第340回 邪馬台国の会 講演会

 今回、安本氏の見解について、「邪馬台国の会」のサイトで、第340回講演会の記録として公開されている記事を拝見した。(リンク省略)

 前回記事は、講演会後の質疑応答の回答であり、時間的な制約と字数の限界から、十分論考が展開されていない可能性もあり、当方の批判は、不公平ではないかと案じられたが、今回は、講演会に備えて、十分推敲された論述と考えるので、あらためて批判させていただくものである。

 まずは、批判対象となっている村井康彦氏の著書が挙げられている。(村井康彦『出雲と大和-古代国家の原像をたずねて』(岩波新書、岩波書店、2013年刊)340-15)
 ここで、村井氏が著書で提起した
 「邪馬台国や卑弥呼の名が『古事記』や『日本書紀』に一度として出てこないことにある。
 三世紀前半、使者を帯方郡、さらには洛陽にまで派遣して魏王から「親魏倭王」の称号を受け、銅鏡百枚ほか数々の品物を下賜された倭の女王が大和朝廷の祖先であれば、その人物を皇統譜に載せてしかるべきであるにもかかわらず、卑弥呼のヒの字も出てこない。
 卑弥呼は日本の神話歴史のなかでは完全に無視されている

と提起した具体的な疑問に対する具体的な反論記事と思われる。

 反論の提示に当たって、安本氏は、まず、豊富な資料を基に考察を加え、「「卑弥呼」は、坂本太郎の説くように、「姫子(ひめこ)」の意昧にとるのが、もっとも穏当である。」と、導入部を締めくくっている。

 続いて、前回の記事通り、
 「『日本書紀』では、「女王」は、
 「飯豊女王(いいどよのひめみこ)」(「顕宗天皇即位前紀」)(2名略)
などのように、「女王(ひめみこ)」(姫御子の意味)と読まれている。

 と、畳みかけて、以下関連資料の評価と考察は進んでいるが、反論としては結論となっているように思う。

 ただし、今回も、批判対象に対する反論としての明確な締めがないように思う。

 素人の浅慮かと懸念されるので、ここに利用されている発音が日本書紀編纂時の発音そのものか、という疑問や「女王(ひめみこ)」(姫御子の意味)の漢語、訓読発音、意義解釈の連携の妥当性への疑問は脇に置く。
 また、ここまでの論証に従うならば、「女王」は君主その人ではなく、(性別不明の)君主の子供の中で女性を呼ぶものであることになると思うが、この点は、追って確認するとして、村井氏著書に対する安本氏の反論の検討に戻ることにする。

 ここに提示された安本氏の議論は、村井氏の「邪馬台国や卑弥呼の名が『古事記』や『日本書紀』に一度として出てこない。(中略)卑弥呼は日本の神話歴史のなかでは完全に無視されている」との明確な指摘に対する有効な反論として成立していないとみるものである。

 つまり、「一度として出てこない」との主張は、安本氏が議論を進められたように、諸般の資料を丹念に参照し、英知を絞って思案すると、行間から読み取れる、などという暗示ではなく、だれでも見て取れる形で明示されていない、との主張のように見えるのである。

 言うまでもないが、ことこの点に関して、当方は、村井氏の指摘に同意している者であり、世の一般読者も同感する人が多いのではないかと考えるのである。

 さらに言うと、「倭の女王が大和朝廷の祖先であれば、その人物を皇統譜に載せてしかるべきである」とする具体的な指摘に回答が出ていない。

 言うまでもないが、村井氏の邪馬台国に関する指摘には、まったく反論できていないと見えるのである。

 当方の批判に話題を移すと、「倭人伝」記事における「女王」(卑弥呼)が、女性君主に対する呼び方であるのに対して、今回の論説で再確認した「女王」「姫御子」が、君主の娘(ないしは、その子)に対する呼び方である点が、大きく異なっているように思えるのである。

 魏志倭人伝記事に対して、ここまでの提言にしたがって、日本書紀風の読み方を適用すると、「女王卑弥呼」は、「国王の娘である卑弥呼」、ということになり、これは、魏志倭人伝の文脈に合わないと思うのである。

 このような食い違いは、3世紀中国における「女王」の理解と記・紀(古事記と日本書紀)編纂時の日本における 「女王」の理解とが、明らかに異なっているのであり、それには、地域と文化の異なることによる差異とともに数世紀にわたる経時的な変化も作用しているのであろうが、原因は何であれ、意味の違いは画然としていると思うのである。

 ということで、依然として、前回記事で当方の提示した批判は有効と考える。

 当方は、安本美典氏は、古代史に関する諸説において、自然科学的な論理を豊富に用いて、明確な論証を正々堂々と提示する合理的な論客として大いに敬意を表しているが、こと、今回取り上げた題材に関しては、不出来な反論にとどまっていると思うのである。

 率直な批判は、最大の敬意表明であると信ずるものである。

以上

今日の躓き石 運動部記者の目

                                      2015/11/18
 珍しく、毎日新聞朝刊大阪第13版の「オピニオン面」であるが、描かれているのは、「プロ野球 今シーズンを終えて」と題した、立派な囲み記事である。
 目につくのは、「露骨に現れたセ、パの実力差」と大胆な小見出しである。

 しかし、これでは、「パ・セ」(話の内容からしても、日本シリーズの勝敗からも、この順で書かないとおかしいと思う)実力差が、以前からはっきりあるのが、今シーズンは、露骨に現れた、いわば順当な結果と言うことになる。

 チームの実力は、大半が選手の実力の結集であるし、記事でも、パリーグ選手を褒めあげているから、要は、セリーグ各チームの選手は、そろいもそろって実力の低いものばかりと言うことになる。選手の実力は、そう簡単に向上できるものではないので、セリーグ各球団は、来シーズンを戦う前から落第点の烙印を押されたことになる。

 これは、何とも、身も蓋もないはなしであり、これを是正するには、パリーグとセリーグの選手大幅入れ替えしかないことになる。いや、チーム丸ごと入れ替えれば、セリーグの方がパリーグより上になる。これは、手っ取り早い、完璧な解決策てある。(言うまでもなく冗談である)
 記事では、ファンを魅了する選手を増やせと提言している。
 一見、建設的な提言のようだが、これまでパリーグが目立っていたのだから、この差を埋めることがすぐにできるのかどうか、それが「露骨」に開いた実力差をどう埋めるというのか、意味不明である。

 毎日新聞社、特に運動部の記者の目が、プロ野球の世界をそう見ていると知ったのは、一読者として貴重な情報を得たものであるが、日本一の全国紙に、全国民の眼前でチーム丸ごと落第点を課された選手達は、逃げ隠れも言い訳もできず、情けなくてたまらないと思うのである。

 結局、もっと建設的な表現を取れなかったのか、と言うことになる。
 改善しようのある課題を指摘されたら、なんとか頑張れるだろうが、実力が足りないと言われたら、どうしようもないのではないか。

 末尾で、セの監督が世代交代したことが讃えられているが、監督が若いほどいいというのは、どんなデータから出たのだろうか。素人考えながら、監督は、熟成が進むほど、チームの力を発揮できるという面が大きいと思うのである。

 どうも、視点が分裂しているようである。

以上

2015年11月12日 (木)

今日の躓き石  「リ**ジ」合戦なのか、スポーツなのか

                                    2015/11/12
 毎日新聞のスポーツ欄の報道姿勢は、概ね大人のものと思っているのが、今回の「暴走」は重症である。対象は、11/12付けの毎日新聞大阪第13版スポーツ欄である。

 これまで、スポーツ欄の記事を批判していたのは、大抵は、記事本文の一部であり、それ以外の記事では、この不穏当なカタカナ言葉を使わずに表現していたので、取りこぼしに対する揚げ足取り、個人攻撃と取られかねないものだったが、今回は、面冒頭の見出しである。
 これは、編集部内、校正担当部門で目につかないはずが無いので、社内で容認された上での刊行であり、会社ぐるみの「公認」事項と思うので、個人攻撃の後ろめたさを感じることなく、しっかり批判させて頂くのである。

 「リベンジ」(ここだけ伏せ字しない)は、安易に「カタカナ言葉」になっているが、語源を辿ってわかるように、大変重大な言葉である

 僭越ながら、わかりきったことを講釈すると、この言葉の意味は、相手から受けた不法な被害に、怒りにまかせて報復することを言う、太古以来の言葉である。「被害」は多くの場合、殺害行為であり、「報復」は仕返しの殺害行為を言う。「報復」を受けた相手方が納得して、事態が収まるはずもなく、再「報復」、再々「報復」と際限がないのが、世の習いである。

 古来、世界各地で、報復合戦による紛争拡大は重大な問題となっていて、Revengeは、神に任せよ、人は、絶対Revengerするな、と言う教えがあるくらいである。いかんせん、絶対神の教えであるから、異教徒には適用されないと思っているのか、宗教間の報復合戦は、収まることを知らない。日本語でも、「血祭り」と称して、宗教の祭事に例えている。

 言うまでもなく、古来、勝手な報復は禁じられていて、全て司法機関に委ねるのが常道であり、江戸時代の武士の仇討ちにしても、限定的な認可制であり、仇討ち免許を与えられたのは、報復がそこまででおわり、後世に恨みを残さないという趣旨であったように思う。

 スポーツの場に、血なまぐさい恩讐の世界を持ち込むのは、いい加減にして、理性の世界に立ち戻って欲しいと切に祈るものである。

 冒頭に帰って、報道機関の良心に照らして、毎日新聞社が、ここでこのような「不穏当」(と見る意見のある)な言葉を、言い換えずにあえて使用することに決定した根拠を伺いたいものである。

 些細なようであるが、ここで使われている意味は「報復」という正統的な意味と解するが、スポーツ界には、「再挑戦」と言う意味で使われる例が多いように聞いている。ひょっとして、当見出しの担当記者は、そうした誤用を正したいと思ったのかも知れないが、場違い、見当違いである。いずれにしろ、紛らわしい語義が併存している言葉を無造作に使用するのは、報道の正道を外れていると思うのである。

 新聞は天下の公器と思う。スポーツ欄といえども、言葉を正してほしいものである。

以上

 余談という形で、欄外に追記するが、毎日新聞社が、ここで「リ**ジ」を公認し、社会面で「リ**ジポ*ノ」なる勝手な造語を、あたかも正統な司法用語のように報道していると言うことは、会社として、このような言葉の横行を是認し、悪質な犯罪の蔓延を助長しようとしているのだろうかと、邪推したくなるのである。

 これも余談であるが、毎回不適当な言葉遣いが気になる監督談話であり、今回は「リ**ジ」との言葉遣いが引用されているが、監督は、普段日本語で話すはずもなく、どうも、英語でもないようなのだが、誰がどう考えて、こうした言葉遣いにしたのか、不思議である。
 
お隣のラグビー代表ヘッドコーチの談話は、微かにオセアニア風だったが、堂々たる英語と聞こえている。通訳、ないしは、広報担当に、好適な人材を起用したと言うことだろうか。

 大体が、本戦ならぬ予選の局面であり、代表選手が、前回の試合で、当然勝つところを引き分けにされたのを根に持って、(親の敵にであったように)死力を尽くす「報復」の場と考えているとしたら、考え違い、場違いもいいところである。

 今回は、無用に気負うことなく全力プレーで制して、W杯準々決勝、準決勝あたりで「今度こそ決勝進出」とファイトをかき立てるときまで、「死力」は大事に取って置いて欲しいものである。

2015年11月 5日 (木)

「古田史学」追想 遮りがたい水脈 3 宋書の「昔」について

                                 2015/11/5
 ここでは、故古田武彦氏の残した業績の一端について、断片的となるが、個人的な感慨を記したい。

「古代は輝いていた Ⅱ 日本列島の大王たち」(古田武彦古代史コレクション20として ミネルヴァ書房復刊)「参照書」)の219ページからの『「昔」の論証』とした部分では、、宋書に書かれている倭国王「武」の上表書に書かれている「昔」に対して、考察が加えられている。

 古田氏は、持論に従い、こうした特定の言葉の意義は、同時代の文書、ここでは、宋書において「昔」の用例をことごとく取り出して点検するという手法を採っている。
 現時点のように、電子データ化されたテキストが、インターネットのサイトに公開されていて、誰でも、全文検索できる便利な時代でなく、宋書全ページを読み取って検索したものと思われ、その労苦に敬意を表する次第である。

 さて、ここは、論考の場ではなく、私人の感慨を記す場であるから、参照書の検索と考察の内容は後に送り、ここでは、まずは個人的な意見として、以下の推測を記すのである。

 日本語でも、「今昔の感」と言うように、「」と言うときは、「今」と対比して、万事が現在と大きく異なった時代を懐古、ないしは、回顧するものであり、往々にして、「古き良き時代」と呼ばれることが多い。
 では、南朝の宋(劉宋)にとって、古き良き時代とはいつを指すのか。それは、劉宋時代の中国の形勢を見れば、さほど察するのは困難ではないと思われる。劉宋は、亡命政権東晋を継いで、長江(揚子江)下流の建康(現在の南京)を首都とし、中国全土の南半分を領土としているが、中国の中核とされる中原の地は、北方から進入してきた異民族政権の領土であった。中国人にとってこの上もなく大切な、故郷の父祖の陵墓は、墓参を許されない嘆かわしい事態になっている。
 もと中原の住民は、大事な戸籍を故郷に残し、今の住まいを避難先の仮住まいと称していたのである。

 こうして考えると、宋書でいう昔とは、中国全土が、その時代の天子の治世下で太平に保たれていて、季節に応じて、故郷の風物を楽しみ、墓参に努めることのできた古き良き時代、言うならば中華の世紀である。

 なべて言うなら、古くは、史記に記録されていて、半ば伝説と化した夏、殷、周の時代であるが、その中核は、儒教の称える周公の時代を想定していたのかも知れない。
 周朝の制覇、王朝創業の間もなく、広大な天下が平らげられて戦乱がなくなったことを伝え聞いて、遙か遠隔の地から、越裳と倭人が捧げ物を届けたという、そういう周の遺風が「昔」と言わせるのであろう。

 そして、より生々しい秦・漢の時代は、これもまた天下を平らげたことから、古き良き時代として「昔」と懐かしんだものと思われる。

 更に時代を下った魏・西晋の時代は、天下太平と言うには、物足りないものがあるが、それにしても、中原領域を制定していたことから、今の状勢と比較して、「昔」と懐かしんだものと思われる。

 さて、肝心なのは、倭王武の上表文で、「昔」と言っているのは、どの時代を指しているのかと言うことである。古田氏は、宋書に登場した「昔」の用例を総点検した結論は、宋書に於ける「昔」とは、古くは、「夏・殷・周」、近くは、「漢・魏」、時代の下限として「西晋」を含むこともある、と言うことであり、上に挙げた個人的な推察と同じ結論に至っている。

 つまり、上表文作者の想定したのは、劉宋時代の中国教養人と同様の意義であり、『古くは、「夏・殷・周」、近くは、「漢・魏」、時代の下限として「西晋」を含む』時代を指しているようである。
 倭王武の上表文の主たる意味づけは、魏・西晋時代にあるようであるが、「昔」の一文字で、周・漢両朝での倭人貢献を想起させる修辞力は大したものである。

 一部先賢は、倭王武の上表文について、当時の倭国に、このように高度な漢文記事を書く教養があった証拠にはならない、どうせ、建康の代書屋に書かせたものだろうと、倭国作成説を切り捨てている。

 しかし、代書屋に倭国の故事来歴の情報はないはずであり、代書するにとしても、大体の材料を与えられ、色々と注文を付けられて書いたものであり、大筋は、倭国側の練り上げた文書であることは、間違いないと思われる。

 もっとも、別項で述べたように、国王名義の上書には、国王名の自署と国王印が不可欠であり、倭国使節が、建康まで署名捺印だけで内容白紙の上書原稿を持参して、代書屋に内容を書かせ、出来上がった国書を国王が確認すること無しに宋朝に提出したという想定は、あり得ない手順と思われるのであるが。

 閑話休題
 古田氏の遺風として、生じた疑問を解き明かすのに、推測ではなく、データをもとにした考察を怠らない点は、学問・学究に努めるものとして学ぶべきものと思うのである。、

以上

2015年11月 4日 (水)

今日の躓き石 「なくしてしまった」 ライカの誇り

                                      2015/11/04
 今回は、僭越極まる成り行きだが、下記インタビュー記事に喚起された、カメラ業界の巨星であって随一の老舗であるドイツのライカ社の近況に関する、勝手な雑感である。

ライカSL、その名の由来は?

 ここでは、ドイツのライカ社が、「一眼レフ」(SLR)の基幹である機能部品、反射鏡とペンタブリズム/ミラーを取っ払って、電子機構に置き換えた(コストダウン優先の)レンズ交換式カメラを、ドイツ語の”Spiegellos”(英語のMirrorlessに相当するドイツ語。ただし、新造語)の略語で、「SL」と呼んでいるとの記事であった。

 ただし、当ブログ筆者の乏しい古びたドイツ語語彙では、-losと言う語尾は、何か必要なものをなくした という感じが先に立ち、"Stainless steel”から始まる、何かやっかいなものをなくしたという英語の乾いた語感はないので、似ていても同じではない。いや、これは、当方が、物知らずで勘違いしているだけなのかも知れないが、赤っ恥を恐れず、率直第一に書き残すのである。

 これは、100年の風雪と簡単にいうものの、二度の大戦での敗戦、冷戦下の祖国分裂という途方もない苦難を乗り越えた「頑固なゲルマン魂」が失われたのか(Deutschheitlos)とか、
 わかりやすく言おうとすると、どうしても、大変柄の悪い、失礼な言い回しになるだが、天下のライカが、今や、日本の中下位メーカーの尻馬に乗って、日本製SLRの両巨頭メーカーを追い落とそうとしているのか、とも感じてしまうのである。

 所詮、ライカも、一介のカメラメーカーなのかなあと、一人勝手に慨嘆するのである。

以上

2015年11月 2日 (月)

「古田史学」追想 遮りがたい水脈 2 「達筆」について

                                 2015/11/1
  ここでは、故古田武彦氏の残した業績の一端について、断片的となるが、個人的な感慨を記したい。

 「古田武彦が語る多元史観」(2014年 ミネルヴァ書房刊)(「参照書」)の197ページから、「版本の問題」として、尾崎康氏の「正史宋元版の研究」(1989年 汲古書院)で展開されている三国志紹凞本批判を題材に「版本の問題」について語られている。

 尾崎氏は、紹凞本は、誰でもわかるような誤字が多く残されているので信用できない、とすばり論断されていて、古田氏も、誤字が多く残されていると言うことについては反対していない。ただし、誤字が多く残されていると言うことは、例えば、史上衆知の人名を誤っているのに訂正していないというと言うことである。

 これは、写本作成者(写本工や校正担当者)が、自分の見識で勝手に手直ししていないと言うことであり、却って、写本作成者の原本に忠実に写本するという姿勢を信じさせるものであるという論理である。

 この趣旨は、当ブログ筆者のここまでの主張に反する点が多い。筆者は、正史の写本は、官製写本工房が、命がけで正確に写本するものであり、従って、誤写は、極めて少ない、だから、千年を経ても、誤字は大変少ないという見解であった。

 また、写本は、基本的に、写本の作業効率、速度の面から草書で行うものであり、草書故の誤読、誤写が多いという見解*に対しても、正史の官製写本は、正確さを旨とするから、草書でなく清書で行われていたという見解であった。*(井上悦文 「草書体で解く邪馬台国の謎」 季刊「邪馬台国」 第125号)

 ところが、古田氏の見解は、293ページで『「間違いが多い」というのは、写した写本が印刷ではなく、達筆であった。』ことに起因するもの、といさぎよい。筆者は、一度目は何となく読み過ごしてしまったが、「達筆」とは、「真書」(楷書など)でなく、「草書」(崩し字)で書かれていたという意味になると気づいた。

 北宋咸平年間の刊本、つまり、印刷本が紹凞本の版起こしの「原版」となったというのは言葉足らずであって、原版の典拠は咸平刊本であるが、実際に使用されたのは咸平刊本の写本だったとみているのである。おそらく、北宋刊本は、11世紀冒頭に木版印刷されたとは言え、刊行されたのはごく少部数の貴重品で、王族、高官の一部が手にしただけにとどまり、それ以外の全国愛書家には、貴重な刊本から起こした写本で流布していたことになる。

 北宋は、首都汴京(開封)以外にも、複数の行政中心を持ち、東西南北に広がる中国を全国支配し、文治主義を貫いた画期的な政権であった。また、創業以来、「太平御覧」など、過去歴代王朝の残した正史などを引用した類書の編纂に注力していて、筆写能力の高い人材を育成し、また、このような事業に不可欠な紙、墨、筆などの文具も普及が進んでいたものと思われる。

 と言うことで、正史刊本から起こす写本は、どうやら、官製工房ではなく、民間の手によるものと思われる。

 唐代の風俗として、仏教経典筆写が一種の文化産業となっていて、遣唐使や僧侶が、経典の写本を大量に特注し、帰国時に持ち帰ったと書かれているようだから、分裂戦乱の時代を経て、全土を統一し、文治主義の国策によって民間への文化普及が進んでいた北宋時代には、手間賃次第で、かなりの量の高速写本が成されていたものと思われる。

 つまり、三国志咸平刊本も、速度第一の草書写本が、一度ならず行われたと言うことになりそうである。してみると、尾崎康氏の指摘する誤字は、最終写本の原本に至るまでに、すでに誤字となっていて、写本工は、誤字に気づいても、あえて訂正しなかった可能性もある。井上氏の指摘にあるように、草書体で書かれた文字は、「真書」で書かれた原書を確認しない限りいずれとも判読しがたい混同多発文字があり、写本工が小賢しい見識で、訂正することは、職業倫理から禁忌になっていた可能性もあるのである。(遠い後世、異国のものには、憶測するしかできないのである)

 と言うことになると、写本工程の信頼性が懸念されるのだが、古田氏の意見は、先に書いたように、「間違い」はあっても、勝手な訂正を加えていないので、陳寿原本から大きく外れているものではなく、紹凞本全体に対する信頼は揺るがないというものだと思われる。

 ここで考慮すべきなのは、南宋草創期の紹興年間に紹興本が刊行されてから短期間しか経過していないにもかかわらず、巨費を投じて紹凞本が翻刻され、刊行されたという一種異常な事態である。

 当時の最高の教養人が、紹興本の刊行後に紹凞本原版を入手して、信頼性で格段に優れたものであると判断されたことから、あえて、紹凞本を起こしたという事態が想定されるのである。紹興本の版本に対して、咸平本の「牒」(印刷本関係者の声明文)の真書手書きの写しが添付されたというのも、当時の尋常ならざる事態が想像できるものである。(正史に添付する写しは、何か間違いがあれば、当事者の首が飛びかねないものである)

 このように、事態の中身を探ってみると、世の中は、なかなか一刀両断できないものであり、三国志刊本に限っても、紹凞本と紹興本は、それぞれの由緒を背負っているものだと考えるものである。

以上

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