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2016年2月11日 (木)

私の本棚番外 安本美典 「卑弥呼の謎」 1972年版 

          私の見立て★★★☆☆        2016/02/10

 いや、 安本美典氏の 「卑弥呼の謎」 1972年版(講談社現代新書 294)は、45年前の出版物なので、今更書評もないと思うのだが、最近、安本氏の持論に対して手厳しい攻撃を加えた論説を目にしたので、断罪の場に不可欠な「弁護」を買って出たと言うことの影響である。(安本氏の「数理歴史学」の誤り)

 前回までの記事は、当該ブログ記事に対して、そこに取り上げられている題材と論説に絞って批判を加えたものであるが、ここでは、安本氏の旧著の書評の形で、氏の持論について公正な紹介を試みるものである。

2.年代論の基礎 古代の王の平均在位年数はほぼ10年
 1.「年代」-古代へのかけ橋
 さて、ここで展開されているいくつかの議論は、これ以降の安本氏の各著書に継承されているのだが、行きがかり上、「奈良七代七十年」に始まる年代論について述べる。
 まず、当該ブログ記事で論者が噛みついている「奈良七代七十年」という成句であるが、「」入りで取り上げられているところを見ると、安本氏が提唱したわけでもないと思うのである。

 また、この成句は、710年の平城京遷都から784年の長岡京遷都まで、ぼぼ70年間奈良に国都があったのに対して、その間に七代の天皇が君臨していた史実を取り上げているものと思う。古代史分野では、定説が、往々にして一仮説に過ぎなかったりするし、この時代の先史史料として参照される「日本書紀」の記述に対して、「造作」、「捏造」、「偏向」との(もっともな)非難が多いのだが、さすがに、この成句に噛みつく論客は少ないように思う。

 この成句が、本書に於ける安本氏の仮説の出発点であり、以下の仮説が順次記述されているのだが、その進め方は、堅実、公正であり、粗忽、疎漏ではないと思う。

 まず、「奈良七代七十年」は、奈良時代の天皇在位は平均10年程度であったとの口切りである。ほぼ70/7の計算であるから、ご名算と言うしかない。

 2.世界の王の時代別平均在位年数
 ここに提示されている計算値は、東京創元社刊の「東洋史事典」「西洋史事典」「日本史事典」に依拠したものであり、容易に追試可能である。

 時代別平均在位年数を図示しているが、1-4世紀の中国の王96人の平均在位年数として、10.04年を得ている。
 多分、「王」でなく「皇帝」ないしは「天子」と呼ぶべきなのだろうが、安本氏は、「王」に統一しているようである。
 続いて、西洋の王の時代別平均在位年数を図示しているが、1-4世紀の西洋の王(皇帝)68人の平均在位年数として、9.04年を得ている。
 これに対して、日本の古代史史料で、1-4世紀の王の在位年数を正確に記しているものとして信頼できる史料はないようである。
 最後に、ここまでにあげられていない地域の王の平均在位年数を図示していて、1-4世紀の各国の王202人の平均在位年数として10.56年を得ている

 1-4世紀に限って言えば、サンプル数は366人であり、豊富とは言えないが、ある程度信頼の置ける推定ができそうである。

 これに続いて、資料の調っていない日本の1-4世紀の王の在位年数を、日本の5世紀以降の王の在位年数と同時期の中国の王の平均在位年数の推移とを対比させ、おそらく、10年程度であったであろうと推定している。この推定の根拠は明示されているので、追試可能である。

 以下、念押しするように、日本の政治権力者の在位年数を求め、時代別に計算して図示している。

 このように、幅広く時代および地域を捜索しているのは、以下の論説で、王の時代別平均在位年数は、時代を遡るにつれて短くなる傾向が見られること、また、天皇が権力者でない時代の平均在位年数は、同時期の「征夷大将軍」の平均在位年数より長いという定見を裏付けるデータをあらかじめ示しているものである。
 その際、そのような違いが生まれた理由を、論理的な考察を加えている。表面的な数値データだけで云々しているのではないのである。

 以上のように、安本氏の論説は、検証可能なデータに、検証可能な計算や分析を加えて、自説の基礎とするものであり、その際、推定に伴う不確かさについて、検証可能な形で明記しているものである。

 ちなみに、本新書の刊行された時期は、8ビットCPUを組み込んだパーソナルコンピューターが普及し始めた頃であり、企業の「機械計算」(事務・会計のデータ処理)や科学技術計算などには、大型コンピューターないしはミニコンピューター(ミニコン)が使用されていた時代である。
 「コンピューターが使用可能であった」というと、一般読者に、広範囲にPCが普及している現時点と同等であったという「大きな誤解」を招くのではなかろうか。
 ちなみに、ここで取り上げられている程度の集計計算は、大半が四則計算であって、算盤ないしは当時広く普及していた電卓の活躍する世界である。

 本書を、古書として購入することは、まことに容易なのであるが、同様の論述は、安本氏の近刊著書に至るまで、確実に保持されているので、いずれかの著書に目を通していれば、雑誌記事の座談会テープ起こしの断片的な「吹聴」に憤激して、先に挙げたような早合点の批判記事を公開するような見苦しい対応はしないですんだろうと思うのである。

 最後になるが、当ブログ筆者は、本新書に展開された安本氏の主張に全面的に賛成しているものではない
 以上に述べたような着実な論説の進め方に対して、絶大な賛辞を呈しているものであるる。また、末尾の5.「3.邪馬台国問題の基礎」に提示された、科学的論争の提唱については、それこそ、「失われた正論」の偉大さに、天を仰いで嘆息するのである。

以上

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