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2016年2月 8日 (月)

私の本棚番外 「邪馬台国論争」一局面  暗号「山上憶良」3

                                2016/02/08
 個人管理のサイトでの論説に対して批判を加えるのは本意ではないが、ネット世界に於ける「邪馬台国論争」に付いて、当ブログ筆者の感慨を具体的に示すものとして、あえて、率直な批判を加えるものである。
 また、この議論は、すでに公開した古田武彦氏に関する議論より先にまとめたのだが、ここで打ち出されているのは、安本氏の論説に対して誤りと言い立てるものであるのに対して、古田武彦氏に対しては、「嘘つき」との糾弾であり、そちらの公開を先行したものである。  

 安本氏の「数理歴史学」の誤り

 前回記事も含めて、この場で述べたいのは、学術的な「論争」のあり方というものである。
 世の中には、様々な個人的世界観、ものの見方の基準があって、その基準が一致していないと、正誤、適否の議論は成り立たないと言うことである。

 いや、そうした議論が、論争相手(論敵)を論破して意見を改めさせることであれば、意味があるの。しかし、その際に、自身の論理の当否に目を配ることなく、勢いよく主張するのが最善策ではない。大半の場合、論争とは、検証可能な主張を積み重ねて、小さな勝利を積み重ねるのが正道と思う。
 陳腐な一般論であるが、論争で、相手の立脚している論理を頑強に否定するだけであれば、それは、単なる言い争いであって、大局的に不毛であると考えている。当人にも不毛と思うのだが、それは、当人の問題なので当方は干渉しない。

 ここでは、論者たるサイト管理者(論者)が、安本美典氏を論破しようとしている、その足取りと口ぶりに対して批判を加えたい
 毎度のお断りであるが、当ブログ筆者は、批判対象となる記事の内容に対して、素人の知識をもとに反論しているので、その範囲は、ここにあげた記事の範囲にとどまっている。

 さて、切り出しでは、文芸春秋氏の座談会記事に於ける安本氏の発言を引用して批判のにしたいようである。しかし、これは「原文引用」なのか、論者の要約なのか不明であり、当記事に反論するのに不便である。
 また、当の雑誌記事は、もともと、座談会録音のテープ起こしであろうが、ここから感じ取れる口調や論理性は、安本氏の論そのものとは言いがたいものがあるように感じるのであるが、確証はない。
 引用の直後に示されている数理統計学的年代論」のエッセンス」というのは、論者が自発的に主張しているものであり、安本氏ほどの権威の言葉遣いが揺らいでいるのではない、つまり、当人の発言ではないように見えるのが気がかりである。
 安本氏も、いくら持論の発露とは言え、座談会記録を、自身の信念というか持論のエッセンス、決定版とみなして、反論できない弾劾、斬られ役に持ち出すのは、勘弁してくれよと言いたいところであろう。

 その直後に、サイト管理者たる論者は、「安本氏の四つの過誤」(と、便宜上呼ぶことにする)を書き立てて、従って、安本氏の主張は、「数理統計学」とは無縁であると断言している。仰々しく掲題しておきながら、安本氏の主張の誤りを論証するのではないと言う。随分、杜撰である。

 ここまでの一瞥で、古代史学で、健全な議論のお手本を探し求めている当ブログ筆者は、論者は無縁の衆生として、きびすを返しても良いところである。以下は、当人の言いたいままにほっといたらいいようなものであるから、色々意見するのは、単なる余計なお節介である。

 さて、この4項目に書かれている主張を論破するのが、論者の目的と宣言しているものなのだろうか。「被告」と「罪状」が明らかにならなければ、「陪審員」も意見を出しようがないのである。

 さらに戸惑うのだが、本論は、「安本氏の「数理歴史学」の誤り」を論証するようにと題付け(仰々しく掲題)されている のではないか。論者は、どのような視点から「数理統計学」との有縁、無縁(非科学的な論争用語ではないか)を言い立てているのだろうか

 続いて、今度は、安本氏が旧著で、自身の提唱した論考のあらましが、先人である栗山周一氏の著書にすでに同趣旨の年代論が発表されていたことを知って嘆息したという記事を参照して、嘲笑に似た批判を行っている。
 しかし、安本氏の論理の誤りを追究するはずの論説で、安本氏の感慨吐露をを、他人の視点から勝手に推察して批判するというのは、論争の余談として、まことに不適切である。
 個人的な意見や感慨は、その個人の世界観を示すものであり、個人個人の世界観はその個人の自由なものであるが、広く共感を求めるために書き記すのであれば、広く通じる論理に限定すべきではないだろうか。
 ちなみに、安本氏の記事の引用の後に、「栗山氏の時代には、コンピューターはおろか、電卓もありません」と先人の知識、技能の欠落を嘲笑する文字が綴られているが、昭和初期にも、算盤はあったし、数値の四則計算に始まって、対数、三角関数数など、科学技術計算の手段は整っていたのである。古代史分野では、直感的断定法(安楽椅子探偵)が優越し、往々にして無視されるが、不確かさ含む断片的データに立脚する論理的思考法も、整っていたのである。

 栗山氏が、洞察、すなわち、大局的な着眼によって見出し、着々と辿った論旨を、コンピューターと統計学を駆使して、そうとは知らずに辿っていたとの感慨は、先人の叡知を称えると共に、そのようにして論理的に辿られた主張が、学界の大勢に正しく評価されることなく、地に埋もれていたことに対する嘆きであるように思うのである。

 未踏の秘境と思っていたら、先人の足跡が知られないままに残されていた事例は、皆無ではない。概して、謙虚な後人の姿を描くものである。
 本論部分ほど精査されていない余談部分に論者の理性の限界が現れるというのは、一種の真理のようである。

 さて、「嘆息」の無様さの非難に続いて、論者が展開する下記「安本氏の四つの過誤」(繰り返すが、これは当ブログ筆者の造語である)論の第一項が展開される。
  (イ)奈良7代70年と吹聴する誤り
 (ロ)天皇1代の平均在位年数が約10年とする誤り
 (ハ)天照大神を用明天皇より35代前とする誤り
 (ニ)35代前が推測できるとする誤り

未完

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