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2016年3月 9日 (水)

私の本棚 42 井上悦文 「草書体で解く邪馬台国の謎」 季刊「邪馬台国」 第125号 続編

          私の見立て☆☆☆☆        2016/03/09

 個人的書評 20 井上悦文 「草書体で解く邪馬台国の謎」 季刊「邪馬台国」 第125号
の続編である。

 前回の記事では、当方の書評には珍しく、主部分の論考に批判を加えたのであるが、それ以降、論説の一部を当方の書評などに利用させて頂いたので、恩返しに、揚げ足取りさせて頂く。
 氏の今後の論説展開の際に、同じ陥穽に落ちないよう、ご注意頂ければ、憎まれ口の甲斐があるというもので、幸いである。

 前回の指摘にもいくつか書き込んでいるが、仮想「大方」に鉄槌を加える切り出しは、かび臭のする使い古しの常套手段であり、「観衆」の白けを誘って、大量退席を誘うものである。損ですよ、と申し上げておく。
 導入部では、さりげなく誘い込んで、時折、軽く観衆の注意を引き込むのが、賢い講演のこつである。

 以下、全体に言い切り調が続くのだが、聞く人が聞けば、あちこちに根拠薄弱な思い込みが混じっていて、そうした部分が論理の連鎖を断ち切っていて、全体が信用できない、従って、結論も信用できないという判断に至るのである。
 大事なのは、観衆が信用するかどうかであり、その観念に真っ向から逆らうのは、どんなものかと思うのである。

 古代史分野だけの現象かもわからないが、近来の耳より情報で、論説は結論が全てであり、結論がつまらないものであれば、論証の過程は全て無意味だとの発言があって絶句した経験がある。

 一般的な学問の世界では、論説の立証過程には一歩一歩の検証が求められるのであり、いくら結論が面白くても、論証の各過程が追試で確認できなければ、捏造、詐称の非難を浴びるのである。

 してみると、古代史分野でも、同程度の試練に耐えるような論証が求められるべきであり、いくら長々となっても、面倒くさくて、伊予訛りで言う「あつかましい」ものとなっても、克服することを求められるのである。

 本稿では、論証の部分が駆け足というか、結論への飛躍というか、書き飛ばされていて、それだけで、悪しき心証を持たせることになっている。(観衆の教養で見れば)自明であるとして省略した方がいいのである。

 と言うことで、いよいよ実例に入るのだが、(3)三国志の文字数と成立期間で、力一杯書かれているので、当方も、力一杯取り組ましていただく。

 「成立期間」と耳慣れない言葉が飛び出すのだが、どうも、言い換えた「撰述」に要した期間を言うのだろうが、論拠は、非正史史料に頼っているようである。
 「非正史史料」というのは、執筆に際して、適切な検証が図られているかどうかわからず、また、それぞれの書物の写本継承の際の誤記、誤写の可能性が、正史級の資料に比べて著しく低いと想定されるからである。

 司法裁判に例えるならば、被告人を断罪するための証拠・証人は、厳密に審査されなければならないのである。まして、陳壽の撰述開始時期は、別に、公的に宣言したものではないのであり、当時としても、推定しているものである。

 また、撰述期間中の仕事ぶりもわからないので、どう判断して良いのかわからないのである。まさか、不眠不休、公務放棄の専任体制とも思えないので、単なる目安でしかないのである。

 当論説で貴重なのは、続く撰述の過程で、実質的な読み書きと共に、内容確認の段階が書かれていることであり、てっきり、古代史学の分野では、文書校正の概念が破棄されているのではないかと危惧していたのに対して、光明を見る思いである。(素直に、絶賛しているのである)

 ただ、よくわからないのが、これらの工程を陳壽一人でこなしていたかのように見えることである。

 然るべき地位にある士人には、日常の雑事をまかなう家人がいるはずであり、文筆の業に必要な様々な雑事を担当する雇人もいるはずであり、文筆の業の補佐役もいたはずである。
 その住居も、日本の江戸時代を描く「時代劇」で言えば、長屋住まいでなく、広壮なお屋敷住まいだったはずである。
 陳壽が史書編纂活動に従事している間、生活費以外の十分な資金が供給されていたはずであり、時には、友人、知人のとの会話談笑もあったはずである。

 陳壽の撰述活動に対して有形無形の支援を与えているものがいれば、と言うか、いなければ陳壽の撰述は途絶していたろうから、支援者はあったのであり、陳寿は、時に応じて、撰述の進行状況を報告していたはずである。

 以上は、当然・自明の事項なので、資料に明記されていないかも知れないが、現代人には当然・自明ではないので、どこかに書き連ねるのが、賢者の義務ではないかと思う。

 さて、いよいよ、批判の核心に至るのだが、
 「例えば、「書」の字は「楷書」で40-50秒を要し
 とあるが、大抵の観衆は、ここで大きく躓くのではないかと思う。

 「大方」にとって、自身の筆で紙上に文字を書き記す習慣は減ったが、「書」の字を書くのに「40秒を要し」と言われたら、ちゃんと聞いている聴衆から、「そんなバカな」、とつぶやく声が広がって、会場はざわめきに覆われるはずである。

 もちろん、「大方」は、草書では書かないのは、現代の常識である。どちらかと言えば「楷書」もどきで書くはずである。

 ここで議論の根幹となる意見を書くからには、堂々たる根拠があるのだろうが、当然・自明でない意見には、根拠を示すのが不可欠である。

 それに対して、「草書」なら2秒弱である、と言い切っている。2秒ではなく、弱が付くという事は、計測器を使用して何度か計測した結果の平均値なのかとも思うが、比較対象の「楷書」の方は、40-50秒と大雑把なものでしかない。
 ただし、ここでは、40-50秒という仮定自体には批判を加えない。

 三国志全体は約60万文字含んでいるとのことであり、それ自体については別に異論を挟むものてはないが、1文字40秒かかるのであるから、60万文字では、2,400万秒、以下、単純計算で60万分、つまり、6,667時間。一日、8時間かけるとして、約833日というのは、それ自体は、別にどうと言うことはないが、それでもって、三国志全体の楷書への清書に2年かかる、だから、撰述に専ら草書が用いられていたという論断は、早計に過ぎるであろう。

 当時の知識人でも、一人仕事で60万文字の史書を清書するには、寝食を怠らないでも、相当の期間を要するというのは自明であり、人的支援を必要とするのは、これまた自明である。
 一人仕事で900日であれば、10人で分担すれば90日である。編集長たる陳壽は、清書に忙殺されるのではなく、全体を眺めて、清書の校閲に取り組むことができるというものである。
 古代人といえども、人間の信条をもって生活をしているのであり、結局、周囲の助力がなければ、偉業を達成できないものである。

 思うに、賢者の論説は、自説に多くの支持者を求めるのであれば、決して極端に走って正否を強調すべきものではないと信じるのである。そこまで論考の筋を曲げなければあらかじめ用意していた結論に至らないのであれば、論説のどこかに無理がある、と見るものである。

 筆者は、人文科学分野での論文審査を甘く見ているのではないだろうか。安易な書き飛ばしは、天知る、地知るである。まして、ネット経由で拡散する情報だから、誰かがどこかで、影の審査をしているのである。

 そうそう、言い忘れていたが、まだ、著者が主張する草書版正史を見ていないのである。批判する資格がないと言われそうだが、広告されている著書を買えば、そこに掲示されているのだろうか。いや、とても、購入する気になれないのである。身銭を切って出していないから、金(かね)返せと言わずに済むのである。

以上

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