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2016年3月 6日 (日)

私の意見 「古本三國志について」「壹臺」誤記論の終焉? 

                               2016/03/06    

 当記事は、以前公開した、下記サイト記事批判記事のまとめである。といっても、別に、新たな必殺論理を持ち出すものではない。「季刊邪馬台国」128号(2016/2)の「三国志 写本検索」と題する笛木 亮三氏の記事を読んで、思い出しただけである。ただの読み物なので、気軽に読んでいただきたい。

 =邪馬台国の謎に挑む=  「古本三國志について」

 世にはびこる比喩の中で、親亀、子亀、孫亀と積み重なっていると、親亀転(こ)けたら、子亀、孫亀、......皆転ける、と言うものがある。

 しかし、ちょっと考えればわかるのだが、亀は滅多に転けるものではない。なにせ、転けたら最後、自力で元に戻れず、遅かれ早かれ、その場で死んでしまうのだから、転けない亀が生き残るのである。
 だから、この比喩の状態で転けるとしたら、それは、親亀の丸い甲羅に乗った、足元不安定な子亀である。転けなくても転げ落ちそうになる。
 下で子亀が転けたら、孫亀以下全員が転けるというのは、元々の比喩と同じ趣旨である。

 さて、比喩だけでとまっていると、ふざけるなと言われそうだが、この教訓を正史の写本談義に当てはめると、こういうことである。

 皇帝蔵書として厳重管理される正史写本は、この世に一冊きりの「黄金写本」(いや、黄金というのは比喩であって、金を使用しているわけではないのだが)であり、長年の重大な役目を終えた先代の写本から新世代の写本を作成するときは、最高の写本職人を投入し、文字通り「首を掛けた」命がけの校閲をして作成している(筈である)。
 親亀は、帝国滅亡事態はともかくとして、それ以外では、滅多に転けないのである。

 しかし、そのような黄金、プラチナ級の写本は皇帝以外は閲覧できないので、「黄金写本」にまさかのときに控えから登場できる格式の「白銀写本」とか、日頃の閲覧用にもう少し気楽に利用できる少し格落ちの「赤銅写本」とかを、先代写本から引き続き写本しているだろうし、そこから以降の子亀....的世代の写本を作成するときは、もっと気軽に写本しようと言うものである。
 この指摘を含め、全て、見ていたような、ほら話と見るのは、読み手の勝手である。

 「書の専門家」の見解では、実用的な写本では草書を採用するのが常態であったようである。(いや、もっと強烈で断定的主張をしているが、同感できないので援用していない)と言うことで、その意見を詳しく読むまでもなく、同時代写本でも、「黄金写本」 から下るにつれ、
孫亀なのかひい孫
亀なのかは知らないが、草書写本移行後は、誤写の可能性が格段に濃厚となるという由々しい事態になるのである。「書の専門家」の見解では、誤写は、ほぼ必然なっている。

 草書で書くと、格段に早く書けるというのは、それだけ、略字になっていると言うことであり、情報量が激減しているので、正確さが失われるというのは、常識というものである。

 と言うことで、当該サイト記事筆者のいう「編者の見た「写本魏志」」の信頼性は、かなり疑わしいと見るものである。まして、「編者」は、自分の見ている「写本魏志」(転けているひい孫亀?)を、陳壽の目から見た正確さを第一にするのでなく、当代人が飲み込みやすい解釈を適用して「その場校勘」したのではないかという疑いがあるのである。
 どこかで、誰かが転ければ、後に続くものは皆転けるのである。あくまで、可能性の濃淡、程度問題なのであるが。

 当ブログ筆者は、推断を断定言葉で言うことがあるかも知れないが、ここでは、慎重に自戒するのである。

 曰く、議は、鏡に向かって  言い立ててみるべきである。

 曰く、剣は、自分の方に切っ先を向けてみるべきである。

 おつりにたじろがない確信を備えているべきである。

以上

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コメント

こんばんは(^^) hyena_no_papaと申します。通りすがりにお邪魔します。私のサイトである「=邪馬台国の謎に挑む=「古本三國志について」」について触れてありましたので、不躾ながらコメントさせていただきます。

「親亀、子亀、孫亀」を使っての比喩ですが、よく飲み込めませんでした。察するところ、現行の刊本魏志に信拠し、他の典籍に引かれる魏志は信を置くに足らない、、、という趣旨ではないかと思いましたが、いかがでしょうか?

p.s.「古本三國志について」につきましては、Yahoo!geocities(ホームページサービス)終了に伴い、以下へ移転しておりますので、併せてご案内させていただきます。
http://hyenanopapa.obunko.com/index.html

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