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2016年5月

2016年5月30日 (月)

今日の躓き石 MLBの同学年?

                       2016/05/30
 NHKBS-1のMLB中継で、突拍子もないコメントを聞いて、ずっこけてしまった。それも、天下のNHKアナウンサーの迷言であるから、拍子抜けする。

 最近のマスコミの悪弊で、現役バリバリの選手の年齢をあげつらって、暗に「あと1年」コールを送っているようだが、その際に、ボストンの日本人選手とヤンキースの主力選手が「同学年」と表現されていたのである。「同級生」などとたわごとを言わないのはさすがであるが、言葉遣いが正しくても、言っている内容が素っ頓狂である

 これまでにも書いたように、4月から新学年が始まるのは、ほぼ日本だけであり、少なくとも、アメリカと一緒ではない。ヤンキースの主力選手は、米国生まれとのことで、どの州で教育を受けたか調べがつかなかったから、何月開始かは知らないが、少なくとも、4月新学期ではないはずである。

 ボストンの日本人選手は、国内で大学まで行っていて米国留学はしていない。一方、ヤンキースの主力選手は、高校卒でシアトルにドラフト一位(全体一位)で指名されて、十八歳でMLBデビューとしている。どう見ても、接点はないように見えるのだが、間違っているのだろうか。
 NHKアナウンサーのことだから、素人にわからない情報を持っているのかも知れない。実際、二人が、同じ学期制度で過ごしたことがないとは断言できない。しかし、それなら、一種の奇縁として視聴者に教えてくれたら良さそうなもののである。

 どうも、最高峰のNHKアナウンサーといえども、スポーツ実況が間延びしそうになったときは、その場の思いつきでわけのわからない話をするという事例なのだろうか。

 因みに、選手の年齢をあげつらうのは、他に知恵のない「野次馬」が頼りたがる安易な趣向であり、かつ、悪趣味である。実力勝負の世界は、実力で論ずるべきであろう。後進の(若い)ものは「可能性」を持っているが、開花しなかった「可能性」は、それこそ無限に埋もれているのである。現に活躍している選手を大事にしたいものである。

以上

2016年5月24日 (火)

今日の躓き石 凡退したら次打席で「リベンジ」????

                          2016/05/24
 今回やり玉に挙げるのは、NHKBS-1のWorld Sports MLBである。

 それにしても、シアトル所属の日本人選手が、一打席目で凡退したので、二打席目にリベンジを企てたと報じたのには、驚いた

 四割バッターでも、五回に三回は凡退するのだから、凡退する度に相手チームの投手に遺恨を持って、「死ね」などと思ってぶつかっていたら、グラウンドは血の海である。口に出していたら、退場になって当然の、ひどい暴言である。

 まあ、そんなたわごとを言っていたのは、訓練を受けたアナウンサーでないようだから、選手本人の血なまぐさい発言を報道していたのではないと信じたい。

 NHKも、「リベンジ」を禁句にして、番組クルー全員に徹底して欲しいものである。当方は、受信料を払っている善良な視聴者なので、ダメなことはダメという権利があると思うのである。

以上 

2016年5月19日 (木)

毎日新聞 歴史の鍵穴 学説紹介の不手際

                                2016/05/19
 毎日新聞夕刊文化面の月一連載記事であるが、相変わらず、佐々木泰造氏の学識、と言うより、常識に対する疑念を募らせるものであった。手違いで公開が五日ほど遅れたが、本来、学説紹介のツボを外した記事の他愛のない杜撰さに即応したものである。

 当方は、無名の素人であるから、持ち合わせている一般常識しか頼るものはないのだが、科学的な論説で、まず問題になるのは、データの信頼性と分析の信頼性である、と考えるものである。それが、健全な批判というものではないだろうか。

 厳しい言い方になるが、この記事で紹介されている限り、百々氏の科学的研究は、科学的と呼べないものに見える。念のために言うと、当方は、百々氏の学説そのもののの是非について云々しているのではない。紹介された姿を論じているのであり、つまり、紹介の不手際について指摘しているものである。

 氏の研究は、各地で出土した人骨の観察に基づくものと言うことだが、研究した標本の数量が統計的に有意な数量かどうか、と言った基本的なことすら批判、検証されていないので、氏の主張を信じて良いかどうかわからない。

 続いて、氏は、ミトコンドリアDNAの研究成果を見て、結論に対して修正を迫られ、頭骨の分析をやり直したところ、掲載されている図のような分析結果を得て、新たな結論を得たと言うことである。
 つまり、氏の科学的分析は、得られるデータが分析者の先入観によって左右されるものであり、また、ドイツ標本に対する追試確認がされていない、と見えるので、学説として信を置くことができるかどうか不明と言える。

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2016年5月17日 (火)

今日の躓き石 競泳界を徘徊するメンタル怪物

                                2016/05/17
 本日の題材は、毎日新聞大阪朝刊13版スポーツ面の「頂を目指して」と題したコラム記事である。

 毎度引っかかる「メンタル」というカタカナ語である。何とか記者の意図を理解しようと、記事を追うのだが、「強固なメンタル」と熱く燃えているらしい「メンタル面」が出てくるだけで、この記事の記者が、あえて読者に意味の通じにくい「メンタル」というカタカナ語を使う意味が分からない。

 こうして記事の文字によって表現された記者の意図が、読者に伝わらないのであれば、それは、報道の用をなしていないように思う。

 他にも、(記者の)競泳感が反映しているように思う。それにしても、世界選手権などで一位になるのが勝ちで、二位までにとどまったら負けというのは、勝って当然という意識があるのだろうか、ずいぶん尊大な意義づけで、それでは、「負け」を引いた選手たちはたまるまいと思うのである。何のために、銀、銅のメダルを設けているのか、スポーツの意義を理解していないのではないか。

 スポーツ報道でも、敵との対戦とその結果の勝ち負けによる意義付けは必要かもしれないが、競泳のような場違いな競技に当てはめるのは、同様に世界の高みを目指している競泳選手の参考になるだろうか。談話によれば、当の選手は、「戦争ではない」と言いつつ、世界に対して敵愾心を燃やすことが、力の源泉だと言っているように見える。そして、記者は、この記事によって、そのような心の持ち方が、競泳選手にとって不可欠だというっているように見える。がむしゃらに駆り立てる記事によって駆り立てられる「メンタル」とは、何なのだろうか。併記されているコーチの談話が、平静な言葉に終始していて、そのような過信がないのが救いである。

 いや、議論がそれてしまった。記者は、冒頭で「ムード」などと、古典的なカタカナ語を起用しているのだが、「メンタル」とどう違うのだろうか。

 ここで言いたいのは、体が熱くなるような高揚を、熱く燃えている「メンタル」によってアドレナリンが出ると言い切ってしまうのなら、別の、具体的な言葉、できれば意味の定着した日本語ででいいかえるべきだと思うのである。そうすれば、記者の意図は読者に伝わるのである。

 毎日新聞朝刊のスポーツ面に大きく掲載される記事には、そこまでの品格を求められると思うのである。

以上

2016年5月16日 (月)

今日の躓き石 ゴルフ界奇譚~同年生まれの韓国人の「同級生」の怪

                                                     2016/05/16
 今回は、毎日新聞大阪朝刊のスポーツ面記事で、大きな不可解にぶつかってしまった。

 ゴルフのレディーズ(「レディース」は主催者の勘違いであろう)トーナメントが、1988年生まれの韓国勢3人の争いになり、これを、「韓国勢三人 同級生対決を制す」と見出しで称している。
 それにしても、これほど、奇怪、不可解、滑稽な見出しは、めったにお目にかかれるものではない。担当記者の健康状態を心配したくなるのである。

 たしか、メディアスラングで、「同級生」は、生まれた年は違っても、学齢の同じ者達を総称する「便利な」言い回しとして、良識ある人からの「誤用」非難の猛攻に耐えて、冬の蚊の如くしぶとく出回っているとは聞いているが、この記事では、相手は韓国人だから、韓国の教育制度を知らない一般読者には、そうした言い回しの必要性はわかるはずもないし、まして、堂々と同年生まれと書いているのだから、単に、不注意な「誤用」という気がする。担当記者の「辞書」が汚染されてしまっているのだろう。

 しかし、校閲のチェックをくぐり抜けて、堂々と掲載されているのだから、ひょっとすると、当方が気づいていないだけで、毎日新聞は、ひそかに、しかし、堂々と、日本語改革に乗り出したのだろうか。誤用の例をどんどん増殖させて、辞書を書き換えようというのだろうか。

 何か、世間の不気味な流れに不安を感じるのであった。

以上

2016年5月11日 (水)

今日の躓き石 囲碁界奇譚~国境を越えた『同級生』の怪

                                                     2016/05/11
 今回は、毎日新聞4/24大阪朝刊の特集記事で、どうとばかり、つんのめることになった。
 つんのめったせいでもないのだが、出し漏れになっていたのを、半月遅れで公開するのである。 

 囲碁界に誕生した七冠王の記事で「世界のライバルたち」と題した囲み記事があるのだが、そこに、中国、韓国の三人が、七冠王と「同級生」だと書かれているのは、どんな意味なのか。不思議が募るばかりで、記事の中身に思いが至らないのである。

 もちろん、ここにあげられた中国、韓国の三人の名棋士が、揃って日本に留学して、日本の教育を受け、七冠王と同じ教室で学んでいたのであれば、何も文句は無いのだが、そうであれば、一種のサクセスストーリーとして書くだろうから、そう書いていないと言うことは、「同級生」の要件を備えていないのだろう。
 毎日新聞の校閲部は、この記事をチェックして良しとしたのだろうか。

 いや、「同級生」には、学齢の同じ者達を総称す「便利な」言い回しとして、良識ある人からの「誤用」非難の猛攻に耐えて、冬の蚊の如くしぶとく出回っているとは聞いているが、この記事のように、国際的な場合は、更なる「誤用」の二階建てという気がする。
 学校年度は、中国では九月開始と聞いているし、韓国では三月開始と聞いているので、どう考えたら、四月開始の日本の教育制度と「同級生」と呼べるのだろう。
 そんな、言葉の超絶曲芸を創始しなくても、単純に、同一年の生まれのものを同年と扱えばいいのではないだろうか。各国制度の調査も要らない、アメリカの場合存在するという各州でのバラツキの調査も要らない。

 それとも、全国紙として、何か、新ルールを編み出したのだろうか。

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今日の躓き石 サッカーの「メンタル」の正体?    

                             2016/05/11

 今回は、旅行したりして、新聞、テレビから遠ざかったせいで、ぼやきネタが無かったのであるが、色々迷ったあげく、4/24開催のJリーグ第8週を報道した4/25付け毎日新聞大阪朝刊の記事を取り出して、時期外れ、半月遅れのコメントを公開することになった。

 個人の何気ない発言の難点を言い立てるのは、気が進まないのだが、何分、監督は、選手経験を経て、今は、一流チームの指導者として、新聞向けの談話を提供しているのだから、遠慮せずに率直に批判させて頂くのである。何かの戒めになれば幸いである。

 記事の末尾の談話に曰く、「形はどうであれ、勝ち点3をつかみ取って帰りたかった。ACL敗退で精神的、日程的に次に向かうことが難しい中、よく踏ん張ってくれた。」

 何気なく読むと、敗者の愚痴のように思える言い回しである。移動中のせわしない読み手には、勝ち点3を掴めなかった(負けに等しい試合をしてしまった監督の)悔やみのように読めたのである。
 この試合に先立ち国際試合があったが、対戦相手は一段と手強いのは想定されていて、負けることも覚悟しておくものではないのか。まして、日程が厳しいのは、決まり事だから、これも、覚悟しておくものではないのか。
 選手の中に、そうした弱音を口に出す者がいても、監督は、新聞社の取材に応じて、このような意気地の無い談話を提供して天下に公開されているのは、感心しない、とその時は感じたのである。

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