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2016年6月21日 (火)

私の本棚 55 季刊邪馬台國129号 高島忠平「東アジアと倭の政治」 2/4

 季刊 邪馬台国 129号  2016年5月
 「東アジアと倭の政治」  高島忠平

 私の見立て★☆☆☆☆     無理、無体                2016/06/18 再確認2020/12/25

承前

*倭国王師升-おびただしい疑問
 そうそう、倭国が三桁人数の成功を献上したことについては、大きな無理がある。倭国から後漢の帝都洛陽までの移動経路、特に、中国上陸までの経路が成立していない時代には、使節団160人の派遣すら実行不可能ではないかと思われる。

*搬送手段
 というのは、まず、当時の倭国が百六十人を載せていける乗船が確保できないと思われることである。

*至難の韓国通過
 後年、半島に古代国家が形成された後であれば、例えば、新羅と百済の支持があれば、その領内を「無事に」通過しし、さらには、中国沿岸までの船舶交通を得られるだろうが、小国分立時に財物を「無事に」運ぶことは困難であったろう。

*各国の課税
 小国といえども、領土通過の際には所定の税を取り立てると予想され、国境通過を繰り返せば、財物は、順次やせ細るはずである。

*食料、宿泊
 また、途中の食料や安全な宿泊地の確保が不可能だろうということである。百六十人の要する食料は膨大で持参は不可能であり、と言って、現地調達には、対価が必要である。また、後年のように、宿駅制度が整備され、合理的な宿賃が確立されたわけではないのである。何しろ、普遍的な通貨制度があったわけではない
のである。

*至難な連行
 生口、奴隷説に従い、百六十人をそのまま採用すると、百六十人の囚人を護送することになる。銃火器のない時代である。二度と帰郷できない異郷に連れていかれる不安を抱いた大勢の大人を延々と連行するには、少なくとも、同数の獄吏が必要ではないか。
 宿泊の際には、囚人を牢獄並みの環境に拘束する必要がある。航海中も、同様に、牢獄に閉じ込める必要がある。囚人や獄吏が船酔いでもした日には、収拾困難な混沌に陥るはずである。

*至難な人身売買
 九州北部と半島南部の間に限っても、商売になる程度の頻度と量で行うことができたとは思えない。受け入れ側に、奴隷の食料消費に匹敵する付加価値があっちとは思えない。まして、半島南部には、倭人社会があったのであるから、倭人たちが、同胞の強制労働をほっておくとは思えないのである。

未完

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