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2016年6月 4日 (土)

今日の躓き石  「メンタルの強化」の処方

                     2016/06/04
 今回の題材は、昨日、6月3日付毎日新聞朝刊大阪13版のスポーツ面の連載「アントラージュ」で射撃選手と「支える人」の話である。

 別に、記事の伝えるお話に異議、不満があるわけではない。ほとんどもっぱら、記事の筆の運びに異議を唱えているのである。ということで、検索でヒットしてここに着いた方で、こういう記事を読むのが嫌いな方は、別に長々と最後まで見ていただかず、さっさと席を立って頂いて結構である。

 事ごとに理屈が先に立つ当ブログであるが、それが、曲げられない方針(ポリシー)というものなのであり、逆に、語り口は変えられないし、大体が「今日の躓き石」カテゴリーの記事は、そんな話ばっかりなのであるが。

 当ブログでは、スポーツ報道で、言葉として不正規(文法外れ)で、かつ、意味が不安定で、報道に於いて問題のある「メンタル」というカタカナ語について強い疑問を呈し適確な説明を求めているのだが、ジャーナリストの側から回答のないままに至っている。今回の記事は、戦評などの制約のないコラムなので、専門記者の見識に触れて理解が深められると期待したのである。

 結論を言ってしまえば、今回の記事はそうした疑問を解明するものでなく、また一つ、不確かな言葉の不確かな用例を積み上げたにとどまってしまったのである。
 こまごまと読んでは、ねちねちと評価する態の記事になったが、何も悪意を持って貶しているものではない。
 正直、随分迷ったのだが、記事の書き方の改善の一助になればと、極力、筋道を立てて率直な意見を述べているだけである。末尾に確認しているように、別に、当方は、何もない一個人なので、権威を示したくて書いているわけではない。一文にもならない記事を延々と書き綴って、長々とぼやいているだけである。

 少し遡って言うと、「メンタル」というカタカナ語は、英語のmentalという言葉に由来しているようなのだが、英和辞典で調べればわかるように、この言葉は、形容詞であって、独り立ちする言葉(名詞)ではないし、元々、「知的」という意味と「精神的」という意味とが包含されているので、単独で使われると言っている意味が伝わらないのである。

 今回の記事は、見出しに、「精神力強化」と謳い上げていて、これは、自動車の運転免許試験で、いきなり、発進に失敗するようなもので、大きくすべっている。「精神力」は、強弱の数値指標がないから、本来強弱を問うものではないのである。

 つかみの部分で、射撃は精神面が勝敗を大きく左右する競技だと言い立てているが、言うまでもなく、他の競技と同様、勝敗は「技術」の優劣の上に成り立っていると思うのである。
 競技時間が長いと言うことは、「精神力」以前の自律的な要素として、適切な集中力の維持が困難だと言うことであり、また、肉体の疲労による動作のバラツキを抑える意志の強さも必要である。
 もっとも、射撃は、対抗戦形式ではないようだから、対戦相手の成績で自身の意欲を掻き立てられたり、そがれたりすることはないようだ。敵は、自分自身なのである。

 記事は、その辺りの大事な要因に触れないまま、大風呂敷でくるみ込むように「平静な状態」と言いくるめてしまって、的を絞らせない。

 確かに、技術的に最善を尽くした上で、最後の最後には、精神面の不出来が、技術の発揮を妨げることはあるだろうが、最初から精神面を云々していては、いたずらに、選手の精神面に重圧をかけるものであり、この記事も、その風潮に加勢しているように見える。

 記事では、関係のあること、ないことを取りこんで、心の動揺が狙いを「狂わせる」と大仰に言い立てているが、それは、大なり小なり、各競技でみられることであり、また、そのような条件は、全ての選手に共通しているのだから、自分一人だけ、重荷に感じる必要はないのである。みんな、ある意味では、「弱い」人間なのである。
 
別に、「狂えば」などと、不穏当な言葉を動員しなくても、狙いが的を外せば、弾丸が的を外れると言うだけである。
 もし、ここで書かれているような説明が、選手の口から漏れたのであれば、ここに「敗因」が現れているように思う。

 さて、題材となっている選手が、世界選手権を制覇しながら、二年後のオリンピックで早々に敗退した挫折に対して、「メンタルの強化」が必要と感じていたと言うが、なぜそう感じたか書かれず、妙ちきりんなカタカナ語に頼っているので、何を敗因と感じていたか、よくわからない。
 一般人であっても、スキージャンプ(女子)で、ほぼ連戦連勝、独走のチャンピオンが、シーズン途中のオリンピックで勝てなかった例を見ているが、別に、それで動揺したり、落胆したり、自信を喪失したようには見えず、また、堂々と勝ち続けているのを見ている。すごく大勢の人が、そこに、信じられないほどの「大家」の風貌を感じたのである。

 ということで、この記事の伝えるところでは、何がどうなったのか、読者に伝わらないのである。当人が、もっと具体的に感じ取って、他人に伝えなければ、具体的な解決策を助言しようがないのである。どちらかというと、心理カウンセリングの必要な症状のように思える。

 気持ちが低迷しているとき、「メンタル」の問題だから、「メンタルアドバイザー」の指導が必要と「痛感」したということなのだろうが、挫折感をいつまでも消えない傷みと感じているようでは、確かに、よい指導が必要だろう。アドバイザーの任務は、「精神面の指導」、「モチベーション研修」と例示されているから、ある程度、その意図が解きほぐされているようである。

 さて、アドバイザーの指導の最初は、当然、選手の心の中の仕組みの解明にあたったものだろう。当人が、客観的には、勝負に負けたという結果の「敗因」を、内面でどのように捉えているのか識らなければ、どこをどうすればいいのか、解決策が出てこないはずである。人の内面は、計測器で測定できないから、言葉で聞くしかないのである。
 とは言え、書かれているのは、選手が自身の実力を、金メダルには不足しているかな、という「気後れ」だけであり。過去の敗戦の敗因は語られていない。どうやって、解決策を思いついたのだろう。
 そこから、突然、神がかりが始まるのである。問題点を把握しないままで、よく解決策が出せるなと、言う感心である。

 いきなり、「メンタルの仕組み」を図解したらしいが、形の無いものは図解できない。それは、アドバイザーの心の中の風景の図解である。それが、目前の特定の選手に当てはまるかどうかは、よくよく調べない限りわかるはずはないと思うのである。それとも、ここまでに書かれた程度の言葉で、いくつかの手持ちの類型に分類して、それに合わせて方針を決めているのだろうか。書かれていない以上、そこに、何が欠落しているのかわからないが、記者のジャーナリストとしての見識を信じ、必要なことは書かれていると信じるしかないのである。

 そこで、意味不明な潜在意識論が登場するが、実際に進められているのは、いわゆるイメージトレーニングである。そこで「単なる根性論」が斬られ役で登場する、世界トップレベルの選手に対して「単なる根性論」など唱える指導者はいないはずである。もっと実態感のある斬られ役を叩いてくれないと、信頼を勝ちとることはできない。これでは、逆効果である。
 これに対して、「裏付け」のある「メンタルトレーニング」を進めたとあるが、精神力が強化できない(強弱を計測できない)以上、射撃が、対抗戦形式でない以上、「メンタルトレーニング」による強化策はあまり作用しないと思われる。提唱する改善策に権威を感じられても、アドバイザーの私見である以上、とても客観的な批判に耐える「裏付け」とは言えまい。

 その後に書かれている敗戦後の反省の仕方は、古来、繰り返し言われていることである。特に目新しいものではなく、アドバイザー独自のものでないことは言うまでもない。世界トップ選手になるまでの過程で、そうした身だしなみを指導してくれなかったのかと、むしろ、驚くのである。
 結局、アドバイザーの効果・効用は、アドバイスを受ける選手にとってプラスになったかどうかであろう。個別の(成功)例を紹介する価値はあるだろうが、各分野、各競技の選手たちみんなが見習っていいかどうかは、不確かである。個別の症状、症例を精査せずに、自身の持論を押しつける行き方は、普遍的な支持を集めにくいのではないかと言うことである。

 選手の「精神力は上がっている」という言葉は、生々しいが、良く言う個人の感想であり、毎日新聞の記事としてみると、冒頭の大見出しで「精神力強化」と強弱評価していた「精神力」が、ここでは「上がる」と上下評価されているのも、記事の統一感を損なっている。殊更に、損している感じである。

 記事を追いかけているうちに、肝心の課題が霞んでしまったが、結局、この記事を読む限り、カタカナ語「メンタル」の意味、意義自体は明記されないまま、不明確なままである。よくわからない概念を、色々ばらついた言葉を取っ替えて形容しているが、どうも、核心をつかみ損ねてぼかしているのではないかと邪推したくない。
 記者の感性の個人差と競技ごとの差異に加えて関係者の理解の個人差があるので、「メンタル」の正しい意味は解明されないままである。

 記事のアラを突くだけでは、建設的な批評にならないので、これまで調べた「感じ」、個人的な感慨を披瀝すると、「メンタル」は、「知的」な意味の使い方では、概して肯定的な言葉になっているが、「精神的」内見の使い方では、概して(うっすらと)否定的な意味になっているようである。メンタルヘルス、メンタルプロブレムと連ねると、そんな感じである。メンタルアドバイザーも、メンタルプロブレムが敗因にならないように解消を図る働きが期待されているように思う。ジャーナリストは、言葉の専門家(プロ)なのだから、言葉の帯びた「色」に注意して欲しいものである。

 もちろん、当ブログ記事の筆者は、一介の素人であり、社会的にも、毎日新聞社のオーナーでもなければ、大株主ではなく、記者の上司でなければ、親でもないので、ほっといてくれ(ほっちっち)、というところだろうが、一宅配読者として、一生懸命記事を読んで、個人ブログで言いたいことを言うことくらいは、お許し頂きたいのである。

以上

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