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2016年6月15日 (水)

今日の躓き石 毎日新聞校閲部の心がけ

                                2016/06/15
 今回の題材は、毎日新聞6月14日付夕刊大阪第三版社会面の署名入りコラム「憂楽帳」である。今回は、「間違い」と題して、筆者が、校閲部のデスクを務めている感慨を述べているのだが、納得できない点が書かれているので、場違いを承知で批判させていただく。

 記事の大半は、至難な任務を「神業」に近い適確さで果たして、日々の紙面が完成としているという自慢話であり、それ自体は、偉業であることは確かである。個人的な意見であるが、このような仕事ぶりがあるから、あえて、紙媒体としての伝統がある毎日新聞を宅配講読するのである。
 電子媒体の報道は、少なからず、記者筆者の書くに任せたもので、低次元の勘違いや、不適切な日常会話言葉がどんどん登場するものであり、つまり、媒体手として載れ見識が、校閲として示されたものでないものが登場するので、ただでも要らない、と諦めているものがある。

 しかし、ここに書かれているのは、いわば、校閲部の任務として、不可欠なものは網羅されているのだろうが、当方が一読者として、毎日新聞に求めているものが、書かれていないように見える。

 当ブログの「今日の躓き石」カテゴリー記事群には、毎日新聞の記事に対する批判が多くあげられている。
 そこには、当然ながら、勘違い、書き違いが指摘されることは、まず無い。指摘しているのは、毎日新聞の紙面で、現世代、そして、次世代の言葉の規範として、相応しくない言葉が書かれていることに対する批判である。

 言葉の問題に限っても、「リベンジ」のように、言葉自体、不適当で撤廃すべきものもあれば、「セットアッパー」、「オールラウンダー」のように、言葉として崩れていて、普及に手を貸すべきではないカタカナ言葉もあるし、「メンタル」のように、てんでんばらばらの用例が出回っていて、意味のつかめない、報道の用をなさない言葉もある。勘違い、間違いの書き間違いではないから、「校閲」の埒外だと言われると、誰に訴えたら良いのかわからず、大変困るのである。

 言葉遣いだけでなく、物の見方について、合理的で無い記事への不満も述べている。
 毎日新聞が、特定のスポーツの代表チームについて、「体格の劣る」と形容して書き出す非を述べたこともあるし、毎日新聞が、チームスポーツで、勝敗に影響するようなエラーをした(と記者が判断した)選手を名指しで批判することの非を述べたこともある。まして、特定の選手に(記者が速断した)見当違いの非難を浴びせることの非も述べた。
 人の意見は多種多様であることは承知しているが、毎日新聞の報道が、担当記者の了見に規制されて、報道の域を超えた、了見の狭い物になるのは、賛成しかねると言わざるを得ない。

 以上の書き立てで、「校閲部デスク」に対して、その職掌、任務を越えたことを要求してきたとすれば、ひたすらお詫びするしかない。
 ただし、それでは、そのような不具合は、誰に対して指摘したら良 いのだろうか。当方は、電話窓口の担当者にしつこい批判を繰り返す趣味はないのである。然るべき担当の人に意見を受け止めていただければ、 それでいいのである。

 最後が近くなって、コラム筆者の稼業のぼやきが出尽くしたのか、突然、「官僚の無謬性」批判が飛び出してくる。論点は、人間は間違える、と いう信念のようだ。
 これに対しては、具体的な批判対象が書かれていないので、賛成も反対もできないのである。批判されたご当人たちも、誰が、何を批判され たかわからないから、反省も、悔悟もしようがないであろう。

 しかし、そうした「論点」は、場違いのように思える。当記事で延々と書き出したご当人の仕事を見る限り、主張されているのは、個人が間違えても、「校閲」の神業を繰り返すことによって、組織として間違えないことは可能、という点のように思える。
 つまり、ご当人は、組織としての無謬性は達成可能だし、達成しなければならないと信じているから、現在の職務を果たしているのではないだろうか。そうでなければ、プロの仕事に対する敬意も、半減するのである。

 今回の記事で期待していたのは、ご自身も間違いを犯す人間であることを自覚した上で、組織として、いかにして任務を達成しているかという、仕事の仕組み、各担当者の気概が聞きたかったのである。
 こうした「余談」は、紙面に露呈するのではなく、ご自身の仲間との酒席の座興に留めて欲しいものである。

 繰り返しになるが、日刊紙編集に於いて、誤記訂正の校閲は、それ自体比類なき偉業であることには異論がないが、それでは、道半ばではないかというのが、当ブログ筆者の意見である。

 言うまでもないが、当ブログ筆者は、「校閲部デスク」の上司でもなければ、毎日新聞社の役員でもない。当方の意見を採り入れる義務はない。
 いや、むしろ、批判を提示する相手に対して、権限も何もないから、個人の意見を、勝手に、つまり、自由に、無責任に書き出しているのである。

以上

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