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2016年9月19日 (月)

今日の躓き石 言葉のもてなし-ゴルフ界

                                2016/09/19
 今回の題材は、毎日新聞大阪13版スポーツ面の女子ゴルフ記事である。
 優勝した台湾選手の談話で、日本語が乱れているのに、そのまま掲載しているのに不満を感じたのである。

 随分昔だが、台湾滞在中に、現地の友人の母親、つまり、一世代上と思われた台湾の人と話していて、言葉遣いが、正しい日本語でないことをたしなめられた経験をした。
 確か、すでに戦後30年近く経っていて、台湾の人たちは、長く台湾で話されていて身に付いていた中国語(福建地区の言葉、つまり母国語)をやめて、聞き慣れない、普通話と呼ばれる公定中国語(つまり、実感としては外国語)を「国語」とされ、三つの言葉の混沌とした時代を随分苦労して過ごしたはずなのに、昔、子供時代に学校で習った、毅然とした日本語を覚えていて、行き届かない日本人に伝えてくれたことに、今も深く感謝している。

 さて、選手の談話(と思う)で具合が悪いのは、ゴルフ界の古い世代が言い崩した業界語で、ぼちぼち、止めたらどうかと思う端折ったカタカナ言葉であり、外国人にそれを押しつけるのは失礼だと思うのだが、ゴルフ業界の人たちは、どう考えているのだろうか。

 ここまで言えば、おわかりのように、「ドライバーが曲がる」、「アイアンの距離感」 と続いた、不適切な言葉である。ゴルフがマイナーなスポーツの時代、仲間同士の符牒(隠語)で、こうした言い方を作った世代があるのだろうが、それぞれ、クラブそのものが、曲がったり、「距離感」(この言葉自体は、現代に蔓延るぼやけた言い回しだが、この記事の趣旨からそれるので言わない)を持ったりするのは、怪談のようではないか。この記事では、出てこないが、時に、「パター」が入ったりするのである。

 折角、外国からのお客さんが、日本語を習おうとしてくれているのだから、崩れた日本語でなく、毅然として日本語を持って帰っていただいたらどうだろう。それが、一時代同胞として過ごし、今でも古い友人である台湾の人に対するに対するおもてなしではないだろうか。

 咄嗟に思い出せないのだが、「わたし、頭が(?)それとも気が(?)弱いんです。」のようにどちらともとれる発言を報道されていた選手がいたのが、うっすらと気にかかっている。
 台湾から来日すると、日本語で談話できることを期待されるのだろうが、なかなか、ちゃんとした談話が出せるように指導してくれる人がいないのだろう。それどころか、言い間違いを、殊更報道されるもののようである。

 以上、くれぐれも、毎回の記事であるように、プロの報道人である新聞記者を責めているのであって、選手当人をしかっているのでは「一切」ないので、誤解しないで欲しい。
 後々まで残る言葉の領域で、「業界」の悪習に染まらないで帰って欲しいものである。

以上

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