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2016年10月19日 (水)

今日の躓き石 3世紀前半遺跡調査報告の怪 3 掘り下げ篇

          私の見立て☆☆☆☆☆☆                2016/10/18

 引き続き、10/18付けの毎日新聞朝刊大阪第13版の1面記事の批評の掘り下げです。

 さて、以下、壮大な粉飾の連発と思われるのですが、まずは、「保持することが勢力に大きな影響を与えた鉄器」と物々しく語っていますが、鉄器を「保持する」ことが保持しないものに対して威圧力を持っていたというのはどうでしょうか。他国の統治者は、見たことも聞いたことも無いものの威力に恐れ入るものなのでしょうか。

 もしそうであるなら、当時、他に類のない鉄器生産能力を持っていた当遺跡の統治者は、「戦わずして」天下を制するはずであり、なぜ、天下の覇権を握ることもなく、歴史に名声を残すこともなかったのでしょうか。

 どうにも、理屈に合わない話です。

 引き続いて、更に物々しく「祭祀都市・政治都市であるうえ、工業都市でもあった稲部遺跡」と主張されていますが、それでは、ますます、当遺跡の統治者の権力が輝くのです。遙か後年の織田信長の安土城に於ける天下布武や比叡山ないしは石山本願寺の威盛を投影しているのでしょうか。

 「都市」と銘打つからには、現代で言う一次産業従事者の比率が低く、二次三次産業の従事者や官僚、祭祀従事者が多数居住していて、門前市をなす状況であったと主張していることになりますが、そのような主張の根拠はあるのでしょうか。

 大々的な都市となると、食糧自給が不可能であり、周辺からの食糧供給が不可欠となります。そのような遺物は発掘されているのでしょうか。
 それにしても、遺跡、遺物に文字記録が付属していたわけでもないのに、現代の論者が、勝手に現代語を当てはめるだけで現代的な都市国家が見える気がするのは、かなり、念の入った幻像投影でしょう。

 以上書き綴ったように、学術的な成果発表に、大々的に装飾を施すのは、地方自治体が、公費で行った事業の科学的な成果発表にふさわしくないものと考えます。

 ふと気づくと、サイト内の別の告知記事には、次のように粛々と書かれています。
 「稲部遺跡発掘調査現地説明会
〈内容〉発掘調査で縄文時代から古墳時代までの遺構と遺物が検出され、同遺跡は弥生時代後期後半から古墳時代の前期を中心とする愛知川流域の拠点集落であることが明らかになりました。検出された遺構などを見学しながら、職員がわかりやすく説明します。」

 ここが「成果発表」の原典であり、これに対して大層な粉飾を行って、虚構の世界を提示しているのが、それ以降の発表文のように思います。

 是非、彦根市教育委員会は、地方公共団体の教育を預かる公共機関にふさわしい、学術的見解を堅実に書き連ねるように改定してほしいものです。

以上

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