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2016年11月28日 (月)

私の本棚 「古代史15の新説」 別冊宝島 その2-2 野田正治

        私の見立て☆☆☆☆☆           2016/11/28

 古墳と仏教寺院の位置が示す真実  野田正治

 末尾の「補記」をみても、疑惑は解けない。
 論者は、飛鳥時代に高度な測量技術があった、天皇(クラスの権力者)が、(手ずから?)測量した、と楽天的に推定しているものの、いくら当時の測量技術後進国の視点では高度てあっても、以上に述べたような現代技術、当時からしたら想像するできない超絶的な技術はなかったのは明らかである。

 いや、論者は明示しないが、たとえば、御破裂山の位置データは、国土地理院の提供したによるものと思われる。いずれかの時点で、数多くの三角測量によって、国内の基準点との相互位置関係が確定し、後に、衛星測量などによって校正されたものと思う。ほかには、まっとうな実測測量データはないはずである。なぜ、データ出所を明記しないのだろうか。

 さて、国土地理院の提供データは、明治以降に新たに測定された値であり、それ以前は、位置測定されていなかったのである。位置測定されていなかった時代には、方位角などの計算根拠となる緯度、経度のデータは存在しないのだから、方位角などの計算は不可能なのである。もちろん、当時国土地理院サイトもなかった。
 つまり、古代においては、ここに書かれたような計算は意味を持たないのである。
 古代においてかくかくの位置情報であったと主張するなら、何らかの裏付けを提示する義務があると考える。Google Mapにしても、古代に適用できるデータではないと言うはずである。

 悪くとると、お手盛りのデータに、国土地理院なり、何なりの保証があるような虚偽の主張をしていることになる。

 また、今後の課題として、この新説によって、日本書紀の記述の意図を暴き出すようなことか書かれているが、最初に結論があって、そこに向かって、不正に取得、ないしは、構築したデータや計算を積み上げていく手法は、科学の本質に反する捏造系のものになりかねないと懸念される。
 多くの前車が覆った例を踏まえて、慎重に進めていただきたい
、いや、その前にここまでのご自身の牽強附会のやり方を確認して、不正なデータ利用を排除して、足下を固めていただきたいものである。それが、第一歩である。

 論者は、科学技術における論証について、一から考え直す必要があるのではないか。自説を論証できれば、これもまた新説として認知されるだろうが、現在の論証できていない状態では、単なる憶測、ひょっとして、妄想に分類されてしまうのではないか。

以上

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