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2016年12月27日 (火)

今日の躓き石 サッカー代表監督のゆううつと新聞報道

                   2016/12/27
 今回の題材は、またもやサッカー代表チーム監督の発言の報道である。

 12月26日の毎日新聞大阪3版のスポーツ面のゴールキーパーに関する囲み記事で、監督が、「チームにいいスピリットをもたらす」と英語由来のカタカナ言葉を語って、更に、「メンタルプレーヤー」と発言の引用らしいカタカナ言葉を引用しつつ、地の文章で代表として選出している、と続けて文をしめている。何を言っているのか、皆目わからない。

 衆知の如く、監督は、日本語で発言しているのではないし、聞いている限り英語で語っているわけでもない。それなのに、その発言は、英語由来と見えるカタカナ言葉、それも、意味の確立されていない言葉を断片的に報道されているのである。

 今回の報道も読者に意味が通じない説き方である。「メンタル」自体、スポーツ界の一部に蔓延している札付きの悪性のカタカナ言葉であるが、実は、意味が明確でないことは、これまで何度も指摘しているとおりである。それに先立つ「スピリット」にしても、どんな意味で言っているのか、はっきりとはわからない。

 監督自身が、そうした読者に理解できない珍妙なカタカナ言葉で発言しているのなら、読者に意味が通じるような発言を引き出して欲しいのである。あるいは、報道担当者として、こうしたカタカナ語発言の意味を理解しているのなら、解きほぐして報道して欲しいのである。

 以上は、昨日の夕刊を読んで考えた感想であるが、これだけ取り上げたら、時間が無いとか、字数が無い、とか、言い訳されそうなので、出し渋っていたのである。

 続いて、本日の毎日新聞大阪朝刊第13版には、スポーツ面1面を費やす「月刊サッカー」が掲載されていて、監督の対話重視の姿勢が報道されている。
 これと合わせて、毎日新聞のサッカー報道を見直した。と言っても、慣用句で言う評価を好転させたという意味では無い。単に、記事を読んで、評価をし直したと言うだけである。

 それにしても、意味が確定できない表現が補足されないままになっていて、報道の姿勢が変わっていないと感じるのである。

 どうも、代表監督は、就任受諾の際に、欧州トップリーグで出場機会が多い「海外組」がチームの主要ポジションを固めているので、細かいことを言わず、チームの完成度を高めるべく指導すれば、労少なくして結果が出せるものと楽観していたらしい。
 ところが、海外組が各チームでの出場機会を減らしたせいか、低調であり、経験不足、知識不足を承知の上で若手にチャンスを与えたので、大変苦労している、と言うことらしい。こんな筈では無かった、期待を裏切られた、と言うような、ある意味弱気な発言が伝わったように思う。それで、監督も、言いっ放しでなく対話重視の姿勢を示したのであろうが、対話で何か伝わっているのか、疑問である。例えば、試合前夜のミーティングで、翌日の先発メンバーを明示しないのは、素人目には対話重視の現れとは思えない。

 一方、日頃、断片的に報道される監督発言には、夕刊報道のように意味不明なカタカナ語ばかり目立って、読者には、監督が何を考えているのか、何を伝えようとしているのか、一向にわからない報道が続いている。

 選手達との対話が成立していれば、わかりにくい言い方が退潮して、発言も安定してくると思うのだが、選手側からは、「閉塞感」なる三文字熟語が聞こえてくるのである。
 カタカナ言葉にまみれた発言を報道されている監督とはいえ、日本人では無いのだから、漢字熟語がわかるはずは無い。互いに語る用語が違っていては、意思疎通も何もあったものではない。対話は成立していないようにも見える報道である。

 そして、極めつけは、見出しに出てきて、記事自体でも繰り返されているだけで、理解を助ける補足の無い「海外組はもっとプレーを」という発言である
 
いやはや、この人は何を言っているのやら。監督自身が、海外組を信用しなくなって、若手を先発に多く起用し、海外組の起用を控えているから、海外組がプレーできる時間が減っているのであって、全て監督たるご自分の責任できないのか。
 この発言は支離滅裂と見える。

 いや、繰り返すように、そのような問題発言を、理解困難な表現のまま報道するのは、毎日新聞の報道方針が読者にそうした印象を植え付けるために展開しているのかとも疑惑を感じさせるのである。
 それにしても、かくも陰湿な代表監督いじめを展開することは、毎日新聞の使命なのだろうか。疑問を感じるので、しばしばこの場で追究しているのである。

 ふと気づくと、毎日新聞記者の言葉遣いに不審をおぼえるのは、この記事だけでは無い。下段の「リターンパス」では、ビデオ判定が「歴史を変える?」と大ぼけを晒している。
 いくら変質した現代語でも、「歴史」は、過去に起きたことであり、判定方法が変わったからと言って、遡って過去の試合結果が変わることは無いと考えるのである。

 記事冒頭に紹介された野球界の先人の言葉では、審判として試合の場に立つとき、自分たちが下す判定が「選手の将来を左右する」こともある、と責任感を明示している穏当な言葉遣いが、ここだけは適正に報道されている。

 ところが、その後に書き出されているのは、審判の判定が不利に出たために試合に負けるとかスカウトが選手の評価を誤るとか、折角表明された審判の責任感を冷笑する書き方になっている。審判も、自分たちの非を悟っているではないか、と言う断罪である。
 選手経験も何も無い、単なるど素人の冷たい言い方だが、その一球の判定で試合の勝ち負けが左右されるようなら、そこまでの試合展開が不出来であったのである。要は、弱いから、一球に対する判定次第で、負けてしまうのである。それが、最終回の一球なら、それまでの八回余りの攻防に負けの本当の原因があったのではないか。ついつい、そういう風に思ってしまうのである。
 試合の結果が左右されると予想されるからと言って、審判に対して一球の判定に選手の将来を配慮しなければならないような、いわば無用の「圧力」をかけることは、審判に偏った判定を要求するものであり、スポーツマンとして恥ずかしいことだと思うのである。
 と言うように、世間で味方してくれる人の少ない、個人的な意見を述べるが、ここで展開された筋立ては、随分味の悪い説き方である。因みに、別の報道で個人的に聞いた野球界の先人の選手、監督視点からの言葉では、審判の判定は試合環境の一部であって、判定に対して不平不満を言うべきでない、とする良識が聞けるのだが、記者の言葉は、いきなり否定に走るのである。

 さて、そのあと、言葉遣いは現代風に扇情的になって、「運命」とか、「歴史」とか、ここには登場しないが「人生」とかの、大げさ極まる言葉を口走るが、それでも、判定方法の変更で、過去の勝敗が覆ることは無いのである。見出しがはなから虚構というのは、全国紙の報道姿勢として感心しない。

 上の記事でも指摘したが、報道に何より求められるのは、選手や監督の発言、行動を、読者が理解できる言葉遣いで伝えることではないのだろうか。

以上

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