毎日新聞 歴史の鍵穴 非科学的な紹介と強引な見出し付け
今回は、新年の記事であるが、見出しで示されている見解の裏付けとして、多くの研究者の労苦が的確に紹介、依拠されていないのを不満に思うのである。
歴史の鍵穴
朱の入手先 大和王権の成立が画期=専門編集委員・佐々木泰造
私の見立て☆☆☆☆☆ 2017/01/18
*非科学的な紹介
今回は、一見科学的な議論を進めているように見せているが、滑り出しから感じが悪い。「激動期の日本列島の様相」などと物々しい言葉を連ねているが、当時の世相が「激動」していたかどうかは別として、関東以北どころか、中部地方すらほとんど語られていない記事に「日本列島の様相」と銘打っては誇大表示そのもので、速度第一、目立ち第一の新聞記事としてならともかく、全国紙の専門編集委員の歴史談義である月一連載の滑り出しとしては、何とも軽薄な感じしか受けなかった。
そもそも、読者に記事の所説を提示すべき、大事なグラフにデータ出所とグラフ作成者の身元が書いていないのは、どういうことかわからない。元データを提供した方の名誉のためにも、的確に表示すべきだろう。
文章の方も、叙述の視点が揺らぎ、しばしば主語が抜ける展開で、読者として目がくらむのである。
冒頭の段で「研究プロジェクト」と銘打っているのだが、どのような組織のどのようなメンバーが参加して進めているのか、どこから研究費が出ているのか、どのように成果発表される予定なのか、書かれていない。以下の報告が誰の手で、いつ書かれたものか、きちんと書かれていない。疑問があっても調べようがない。
そのように、最初の文で研究プロジェクトが活動していると書いた後、いきなり、著者の主観と思われる文が打ち出されている。
当該プロジェクトが、成果報告として公開したものなのだろうか。国立法人である国立環境研究所のような公的機関や国公立に限らず大学法人の研究成果発表は、公開を義務づけられているので、このように出所を秘匿して「特ダネ」扱いすべきではないと思う。
と言うことで、「非科学的な紹介」と書いている。
*最初の鍵
背景説明らしいものが書かれているが、二〇年ほど前に二人の学者が連携して朱の由来を探り当てる研究を始めたと書かれていて、それが従来の化学分析では特定できず難航していたとの主旨である。
特に書かれていないが、いずれかの時点で、画期的な技術革新により、研究機関の限られた設備予算内で硫黄の質量分析設備の購入が可能となり、かくして、朱(硫化水銀 HgS)の主成分である硫黄の同位体分析ができるようになったのが、今回の発表の前提のようである。
そこで、当記事は、主語無しの叙述に突然移動する。普通、省略されている主語は一人称であるが、ここでは、三人称の両科学者の行動と考察らしい。従って、断定的な書き方は、研究者に由来するのだろうか。
それにしては、34S同位体の含有率の標準値との偏差をプラス、マイナスといっているのが、突然、論証抜きで「中国産」、「日本産」との断定が書かれているのは、科学者の文章とは思えない。そこまでの測定データに基づいて、(省略主語の両研究者が) プラスは中国由来、マイナスは日本由来とする判断基準を決めのだろうが、その手順が押さえられていないので、読者にとっては唐突である。
*第二の鍵
各地の考古学研究者の意見が書かれているが、ここに来ると、各地の遺物の同位体分析は飛ばして二者択一の断定が続いている。
図示されているグラフに戻る。それぞれ、三箇所のデータ判断結果と共に提示されているが、どの程度のサンプル数であったか、そのばらつき具合がどうであったか押さえられていないので、測定値の信頼性が不明ということになる。
と言うことで、以下、時期がはっきりしない古墳名と判断結果が羅列されているが、考古学の宿命で、絶対年代は明確でなく、近傍の遺跡との年代的な前後関係だけが比定されていると見ると、所詮、当初中国由来の朱を使っていたものが、その地域では、ある時期に日本由来に切り替わったようだという程度にしか思えない。
ついでながら、日本由来といっても、三カ所のうち、どの産地かは特定されていないと思うのである。更についでながら、当時は、「日本」は存在せず、「中国」も分裂状態にあったから、これらの概念は、ここではあくまで地理概念なのだが、話が大きくなるので、指摘だけにとどめる。
*見えない鍵
次に、鍵による区切り無しに突如として、「大和王権」なるものが登場して、これが三産地の朱を一元管理し各地に供給するようになったのが、このような結果に繋がったのではないかとしている。
この最後の文は受動態で書かれているものの、客観的な真理ではなく、また、主語無し文と叙述が異なっている。
と言うことで、プロジェクトに参加している研究者達の自然科学的な分析報告の結論とは書かれていないので、当記事著者の私見と思われる。いずれにしろ、論拠を明確にして、能動態で主語を明確にして書くべきである。
まして、大々的に見出しで煽っておいて、最後の最後にどんでん返し、捨て台詞で着地する手口は、全国紙の文化面記事として、また、専門編集委員の連載記事として、どうかと思うのである。
私見では、そのようなデータが確認されているとして、順当に地道に考えると、それは、古墳時代の開幕時、いずれかの地で古墳造成技術者として養成されたであろう多数の専門技術者が、各地へ長期出張、ないしは移住して、その地での一連の古墳の造成と現地技術者の養成と技術移管を、何年かかったかもわからないが、着実に進めた際に、古墳造成技術の一部として、おそらく工具類と共に持参した日本産の朱を使うことが伝授されたのではないかと思うが、これもまた、当方の勝手な仮説に過ぎない。
もちろん、当時の時代から見て「全国」一斉の「画期的」事件ではないはずである。
毎度のことだが、以上は、著者の執筆態度の不備に対する批判であって、個人的な非難ではない。知らないこと、身についていないことは、どうか、周囲の方の助言で補って[着衣の王様]になっていただきたいと思うのである。
以上
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