« 毎日新聞 歴史の鍵穴 不確かな謎の不確かな解決 | トップページ | 私の本棚 「古代史15の新説」別冊宝島その3 2/6 長野正孝 »

2017年2月24日 (金)

私の本棚 「古代史15の新説」別冊宝島その3 1/6 長野正孝

          私の見立て☆☆☆☆☆               2017/02/23

鉄が解いた古代史の謎- 消されていた古代倭国 長野正孝

 この論者の著作は、アマゾンで内容抜粋を読んで、とてもついて行けないとさじを投げた経緯を発表している。当記事も、ついて行けない乱脈記述でさじを投げた。
 いや、かれこれ三カ月ほどどうしたものかと悩んだのである。結局、他の「書評」と同様に、筋の通らない議論は、率直に指摘することにしたのである。

 その一つは、古代史関係で珍しくもないのだが、時代錯誤の語彙起用である。現代人の語感で古代記事を書くものだから、文の意味が混乱するのである。論者の脳内は、どのような構成になっているのだろうか。到底、常人の知り得ない境地なのかも知れない。いや、そんなことは、個人の「プライベート」な「奥」の世界なので、当方の知るところではないののであり、論者は当記事で、その内なる世界を外部に投影して、読者に伝えようとしているはずだが、一向に、外から見える「パブリック」な「表」に出てくれないのである。

*背景事情
 一般的な理解として、中国の鉄器は、戦国時代後半頃に、鋳鉄による鋳物で始まったという。これに対して、論者は、紀元前三世紀頃から、九州北部への鉄流入が始まったと説いているが、鉄鋳物の流入したのを加工したというのであれば、そこから、鍛冶屋が鉄器をたたき出すことも始まったというのだろうか。それとも、鉄鋳物用の高温炉ができたというのだろうか。よくわからない。

 それにしても、鉄に関する肝心な事項の説明がないのが不思議である。無造作に鉄というものの、鋳鉄の鋳物と鋼を採用した鉄器では、製造方法が違えば、得られる鉄器の用途がまるで違うのだが、論者は、一緒くたにして、読者の理解を妨げたがっているようである。

 そのような事項を放置して、二世紀頃、つまり、先の事象から四,五百年を経て、鉄器が大量に流入したと言うが、ここでもどんな鉄器なのか語られていない。

 更に読者を混乱させるのは、「倭人や渡来人が鉄を運んだ時代は、『日本書紀』の時代とほぼ一致する」とのいい切りである。突然持ち込まれた『「日本書紀」の時代』がいつのことかわからないから、読者には、同感も批判もできないはずである。

  独り相撲は、見えない神を負かすための芸であるが、論者は、どんな観衆にどんな芸を披露しているつもりなのか。

未完

« 毎日新聞 歴史の鍵穴 不確かな謎の不確かな解決 | トップページ | 私の本棚 「古代史15の新説」別冊宝島その3 2/6 長野正孝 »

歴史人物談義」カテゴリの記事

私の本棚」カテゴリの記事

倭人伝の散歩道稿」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 私の本棚 「古代史15の新説」別冊宝島その3 1/6 長野正孝:

« 毎日新聞 歴史の鍵穴 不確かな謎の不確かな解決 | トップページ | 私の本棚 「古代史15の新説」別冊宝島その3 2/6 長野正孝 »

お気に入ったらブログランキングに投票してください


いいと思ったら ブログ村に投票してください

2022年5月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

カテゴリー

無料ブログはココログ