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2017年3月 1日 (水)

私の本棚 古墳の古代史 東アジアのなかの日本 2/4

       森下 章司    ちくま新書 1207

          私の見立て☆☆☆☆        2017/03/01

 東アジア諸地域の「ちがい」が拡大したと言うが、唯一文化と言える漢(中国)文化(「漢文」化の意味か)が大量に流入したというのに、諸地域間の「ちがい」が、なぜ広がるのか理解しがたい。

 中国文化にならうと言うことは、中国の文字を使い、中国の元号を使い、中国の暦を使い、中国の書経を学び、中国の髪型に倣い、中国の衣服に従う、つまり、中華文明にならうのではないのか。元々、各地独特のものがあったのが、中国に倣い、画一化を迫られ、なぜちがいが拡大したのか?

 最後に、「古代アジアのグローバリゼーションとローカリゼーション」と言うが、なぜアジア全域の話になるのか不明である。中東のパルティアなどは初耳である。また、当時、こんなカタカナ語はなかったから、迫りようがないのではないか。

 つまり、古代を語るのに、当時知られていなかったカタカナ語を使っても、理解の助けにならないのである。独善に陥らず適切な言葉に言い換えて、読者の混乱を避けてほしいものである。

 もちろん、カタカナ語ほどでないにしても、現代的用語や比喩は、古代史の理解の妨げになるだけである。極力減らしていただけたら幸いである。

 筆者お気に入りの比喩なのだろうが、波動や渦巻の比喩も、何かの意図を伝えているとは言いがたい。鳴門の渦潮を見ても、文化波及になぞらえられるものとは思えない。説得力は無いのである。

 以上、表紙裏の乱調に躓いて手間取ってしまったが、著者自身の作文とは限らないようだ。特に、本文では、「グローバリゼーション」のような乱調語は言い換えられている。著者には、カバー裏まで責任を持つようにお願いしたいものである。

 書店店頭で立ち読みしたら、こんな粗忽な論考は読みたくないとして、ここだけで却下していたところである。

 買ってしまったから、渋々目を通したが、読者に否定的な第一印象を与えるのは気の毒である。

未完

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