私の本棚 出野正 張莉 「倭人とは何か」 5/6
明石書店 2016年12月刊
私の見立て★★★★☆ 必読 2017/05/04 2019/01/29 2019/11/23
何故か、肝心の表題を誤記していた粗忽ノ失礼を深くお詫びして訂正する。
*時間錯誤の不合理
続いて、日本書紀の斉明記と思われる記事が参照されているが、著者ほどの見識の人にしては、不合理きわまりない。
日本書紀斉明記に難波津から大泊(書紀では大伯)まで二日で移動した(ように書かれている)記事をもとに「帆船では一日**㌖ぐらいの行程」とするが、三世紀に<数世紀後の斉明記の時代と同様の速度で船で移動できたという証拠はあるのだろうか。
ちなみに、続いて「中世の帆船」の一日の航海距離を述べているが、欧州中世は論外なので、中国中世、唐時代のことだろうが、帆船航行は、高度な造船、航海技術を前提としているので、三世紀に倭人伝領域で実現していたと判断できるだけの事情がわからない以上、何の参考にもならないと思われる。(三世紀当時の倭地で巨大帆船の前提となる巨大な帆布は調達不可能だったはずであるし、そのような巨大な海船が、多島海を安全航行できたはずはない。いや、偶然通過できることもあったかも知れないが、いつも、偶然にうまく行くことはない)
このあたり、著者ほどの見識の人にしては、信じられない推敲不足が続いて幻滅する。
この部分は、同時代史料ではなく、後世史料を無造作に利用していて数世紀の隔世である。
当然、その間の船舶航行の技術と航路の開発は画期的であったろうから、逆に未発達の時代にそのまま利用するのは、時間錯誤である。
ついでながら、瀬戸内海航行は多島海の内海と言っても、海洋航行であって河川航行ではない。(海船は、河水、江水の川船と、全く構造が異なると見るべきである)
、
*史料錯誤の不審
日本書紀斉明記の日数表示は、斉明天皇の軍船の航行日程の史実と見ることはできないと考える。
信用できない資料の記事を利用した議論は無効である。
ここでは、斉明記征西記事のみ批判する。
1. 妊婦同行の不審
斉明紀では、乗船していた女性(大田姬皇女)が大泊(大伯)で出産したという。人の理性が働く限り、軍船に(臨月の)妊婦を乗せるはずはないと見るのである。
平地の平常環境下での出産でも、母子が命を落とすことの少なくない時代こそ、妊婦の安静を求められたはずであろう。
愚考するに、皇女は、乗船などしていなくて、大泊の実家で穏やかに出産したものと思うのである。
2 長期滞留の不審
軍船は、中途(伊豫熟田津石湯行宮とあるも、「行宮」の実在の当否、所在地、実態など一切不明)で、二ヵ月滞在したとなっている。数千人とも思われる一行に、その間食糧供給が、平然と続いたことに感心するのである。
もちろん、行宮と言われるからには、正規の「宮」に及ばないにしろ、あばら屋などではないはずである。柱穴などの遺構は発見されたのであろうか。厖大な廃棄物も、跡形なく消滅するはずがないのである。考古学者は、何も言っていないのであろうか。
以上、素人がちょっと考えただけでも、国内史料編者の記事転記の粗雑さに、天を仰ぐし。それを、堂々と倭人伝談義に利用する著者の感覚に、また天を仰ぐのである。おそらく、国内史の権威者に助言を求めた限り、権威者の助言を採用する義理があるのだろうが、学問の世界に、義理人情を持ち込むのは、学問の劣化を招くのである。
未完
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