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2017年6月

2017年6月30日 (金)

私の本棚 季刊「邪馬台国」 132号 物部氏と尾張氏の系譜(4)志村裕子

          私の見立て★☆☆☆☆         2017/06/30
                 以外★★★☆☆

 先ずは、季刊邪馬台国誌132号の上質の出来映えに感心したと申し上げる。ここ数号のかなり乱れた出来とは大違いで安心した。

 当記事に関する批評は、別に重大な物ではなく、記事著者の今後の執筆の際に、参考になれば幸いと思うのである。

 さて、水林 彪 古代天皇制における出雲関連諸儀式と出雲神話(2009年の「国立歴史民俗博物館研究報告」第152集掲載)に書かれた貴重な戒めを掲げたい。

 8世紀の事を論ずるには,何よりも8世紀の史料によって論じなければならない。10世紀の史料が伝える事実(人々の観念思想という意味での「心理的事実」も含む)を無媒介に8世紀に投影する方法は,学問的に無効なのである。

 一般的な戒めとすると、古代に関する論説に、後代、或いは、別地域の概念を持ち込むべきでは無いということである。

 今回の記事でそれを思い出したのは、冒頭の「スポット」というカタカナ語である。これは、古代になかった言葉、概念であるとともに、現代でも、万人に明確な言葉ではない。

 おそらく、著者の周辺の仲間達に通じる言葉かも知れないが、ここで使うべきでない言葉と考える。

 「スポット」とは、「観光スポット」、「パワースポット」などを端折ったのだろうか。それなら、現代も現代、軽薄なメディアが、意味もわからず端折る悪癖に染まっていなければ幸いである。「パワースポット」ですら、意味が不安定なものを「スポット」(染み、或いは、地点、点)にしてしまったら、意味が通じないのが当たり前なのである。愚行は見習わないで欲しいものである。

 もう一つのカタカナ語は、「アレキサンダー」である。まさか、カクテルのことではないだろう。古代史で誤解無く言うなら、「アレキサンダー大王」と書くべきである。そして、何かの比喩で言っているとしたら、真っ直ぐ通じにくい比喩であり、避けた方が良い。因みに、後に続く投稿原稿の高橋輝好氏は、通信社記者経験のある方なので、アレキサンダー大王と丁寧に書いている。見習うべきではないかと愚考する。

 更に言うなら、「マケドニアのアレキサンダー大王」のことととわかっても、この人物に感じるものは、読者個人個人で多様である。

 ギリシャ・ローマ史を少々囓った当方としては、都市国家時代のギリシアの北部辺境から起こって、各都市が豊かな文化を持つギリシアを武力統一した後、東方の文化大国ペルシアを倒し、それ以降、東に南に敵対勢力を打倒することしかしないまま、若くして亡くなった、「困った」英雄と感じているので、決して褒め言葉では無いのである。

 もちろん、優れた軍略を持ち、難敵と戦って勝ち続けたことを称える人も多いだろうが、今日のイラン地方で侵略者と思われていても不思議はない。

 と言うことで、著者が、「景行天皇」ないしはヤマトタケルをアレキサンダーと呼ぶのは、著者の意図を支えているのか、足を引っ張っているのか、疑問が多いのである。
 古代とは言え、別世界の、よくわからない人物を引き合いに出さない方が良いように思うのである。

 つまり、一番わかりやすいのは、古代史論の本文部分では、よほど定着したものを除き、カタカナ語を使うべきでは無いということである。そういう趣旨で言えば、「コミュニティ」すら避けて欲しいということである。

 それとは別なのだが、誤植らしいのが目についてしまったので、指摘しておく。②で
 宇麻志摩治命
 宇摩志摩治命
 宇摩志麻治命
の三様が混在して、気になるのである。

 と言うのも、当方は、愛媛県東部、往時の宇摩郡出身なので、とくに目につくのである。通常、かな漢字変換を一度行えば、次から最優先表示されるので、自然に用字が統一されるのだが、何か手違いでもあったのだろうか。それとも、学習を切っているのだろうか。

 別に、縁も所縁もない一年寄り読者の意見を聞かねばならないと言うことはない。
 今後の活動の際の参考としていただければ幸いである。

以上

2017年6月24日 (土)

倭人伝の散歩道 卑弥呼の卑の字はどう書くの?

                              2017/06/24
 本稿は、白川静氏が編纂された辞典である字統。字通のお世話になっている。他人の意見に簡単に同意しない当方も、知識が深く、見識が豊かな人の意見は、素直に聞くのである。

*卑は、本当に卑字か?
 「卑」は、現代的な語感に引きずられて「卑しい」と感じるが、漢字の幼年期である金石文には、その意味の用例はないとのことである。
 してみると、古代に於いて、卑は謙遜の意味であり、かなり高い身分の者がへりくだる意味、つまり、「貴字」に属する文字と思う。「貴字」が言い過ぎなら、縁起の良い「慶字」ではなかろうか。

*身近な用例探し

 遠くを探す前に、二千文字の小宇宙、倭人伝の中を探せば、対海国、一大国などの高官が、「卑」を頂いてるから、卑字の筈がない。

 …對海國。其大官曰卑狗、副曰卑奴母離。…一大國。官亦曰卑狗、副曰卑奴母離。…奴國…。…副曰卑奴母離。不彌國…。…副曰卑奴母離

*蔑称、美称
 各国高官の「奴」「狗」も、こと倭人伝では蔑称ではないようである。
 不和な「狗奴」国、狗古智卑狗も、蔑称でないようである。
 かって、同じ連合体に属していて、半島や中国に遣使したように見える。

*どこが辺境?

 一部では、「卑奴母離」を「鄙守」、辺境の護りと解釈したいようだが、倭国連合の大国奴国が辺境と言うことはないだろう。単に、「卑」の慶字を頂いている副官と言うことではないか。

*「『卑』弥呼はいなかった」?
 有力史料とされる翰苑には「畀」に近い字の畀弥呼が見える。刊本の卑弥呼は「畀弥呼」の誤写、とは言わないが、「畀」は、なかなか良い字と思うのである。ただし、明帝紀は俾彌呼であるから、やはり卑弥呼なのである。いや、翰苑依存症は良くない。

 いやはや、倭人伝誤写伝説のせいで、文字への言いがかりは何とでもつけられると言うことか。

以上

倭人伝の散歩道2017 序章・三国志の由来 4/4

                        2017/06/24
*まとめ
 以上の考察は、素人考えそのものであり、文献史学や書誌学の権威からすると、素人の勝手な憶測に過ぎないと言われそうだが、素人も素人なりに調べて、懸命に考えているのである。(別に命がけではないが)

 陳寿が、三国志全体の序文などを残していないから、そのような仮説も成立すると思うのである。

 以上は、安能氏の指摘に触発されたものであるが、原史料に戻って調査確認した上の意見であるので、当方の独自の意見とみているである。

 もちろん、全論者の全論説を全て確認したわけではないので、「知る限り」の新説と言うことにしておいていただきたい。

 

*余談少々
・誰が負けたのか

 愚見を付け足すと、曹軍は江水(長江、揚子江)で戦える水軍を持たないので、孫水軍と対峙したのは、荊水軍の艦と兵である

 ハリウッド映画などでは、浮かぶ要塞のような巨艦が登場するが、荊水軍に下流を侵略する意図はなかったようだから、そのような巨艦を造船はしていなかったと思われる。

 それにしても、赤壁で水戦があったとしたら、それは、孫水軍と荊水軍の衝突なのである。その水戦で、荊水軍は大敗して、艦と兵の多くを失ったかも知れないが、曹軍自体は、大した損害を受けなかったのだろう。

 もし、赤壁で曹軍本体が大被害を受けたとしたら、下流の必争地である合肥の戦いで、孫軍は、大勝を博したはずであるが、実際は、あっさり押し戻されたのである。
 周知の通り、江水下流域での魏と呉の対陣で、呉の度重なる北進攻勢が阻止され続けたのは、合肥が、頑として魏の最前線を護り続けたからである。この時、合肥が陥落していれば、魏の国勢は、大きくそがれていたはずである。

 
いや、これは、かなりマニアックな上に、倭人伝論に関係のない、余談であった。

 

・鼎立を超えて
 当方としては、そこにくわえて、旧遼東郡管轄地域の記事も、あえて、「魏書視点」で書き直されていないことに気づいて欲しいのである。
 何しろ、「東夷伝」は、各国志に欠けている序文を持ち、一書としての構えを備えているのである。

 

                                      以上

倭人伝の散歩道2017 序章・三国志の由来 3/4

                       2017/06/24
*勅命と違勅
 曹操は、皇帝でなく丞相であるから、軍事行動に勅命が必要だった。つまり、荊州遠征と大罪人劉備の征討までは勅命であるが、孫権征討は勅命を受けてないから、戦えば違勅である。というものの、曹軍から孫権攻撃の勅命を仰いだ記録はないようである。

 比較すると、司馬懿が太和二年、有力武将である孟達を、蜀への内通により討伐したときは、駐屯地から急行討伐し、その後弾劾奏上する非常手段を執っているが、この独断専行は、軍令違反であり、よほどの確信がなければできない。

 と言うことで、曹操は司馬懿と異なり謹直である。

 

*大敗の罪
 ついでながら、官軍が大敗を喫すると、指揮官の罪は、最悪、大逆罪に等しい大罪となり、本人の死罪だけでなく、妻子、両親、兄弟姉妹に始まる三親等以内の親族全員が連座して死罪となるから、重大な戦闘には、先立って、皇帝の勅令を仰ぎ、敗戦の責任が自分だけに降りかからないように、慎重に保身するのである。

 

 諸般の事情から、魏書に孫権との戦闘記録は残せなかったのであろう。

 

*呉書記事
 呉書には、孫権の談話とは言え、「老賊」の表現があり、これは曹操の蔑称である。
 孫権は丞相を「老賊」と呼んでいたのである。呉書では「曹公」とされているが、ここには孫権の肉声が収録され、温存されている。

 

*国志鼎立
 三国志の各国志は、それぞれの方針で編纂されていて、三国志全巻を一貫した方針で編纂したとは限らない。しかし、それは、編纂方針の不用意な乱れでなく、確たる編纂方針である。

 参考までに手早く確認すると、三国志全体を一史書と判断した例が大半だが、舊唐書経籍志と新唐書芸文志では、魏国志三〇巻が正史であるが、蜀国志と呉国志は、、その他史書(偽史類)とされていたと言うことであるから、少なくとも、唐時代には、三国志全体が正史として取り扱われていたとは限らないようである。

 

未完

倭人伝の散歩道2017 序章・三国志の由来 2/4 

                             2017/06/24
*建安十三年の世界
 曹操は漢丞相であり臣下であった。
 孫権は、中央政権の混乱時期に、江南に勢力を確立したが、形式的には漢朝臣下であった。
 劉備は、一時、漢高官となり、皇帝親族、皇叔と厚遇されたが、反曹陰謀に巻き込まれて亡命したので、重罪人であった。

 

 建安十三年、丞相曹操は、荊州劉表の平定行に出た。劉表は漢の牧であったが、中央の混乱に乗じて自立し、曹操への服従を拒否したので、征討が命じられたが八月に卒した。
 曹操率いる官軍、曹軍は、劉表の死に動揺した荊州を難なく支配下に収め民政を安定させ、引き続き劉備の追跡・討伐に移った。

 

 劉備軍は、荊州が曹操の麾下に入ったために、配下将兵とともに逃亡したが、根拠地の無い流軍だったのである。この(仮称)劉軍は、兵力をとっても、孫権麾下の有力武将周瑜、魯粛、黄蓋らの部隊と比べて、弱体であった。とても、荊州軍を加えた曹軍に対向できるものでは無かった。

 

 と言うことで、劉軍が曹軍に抵抗したという魏書記事を信じるのは難しいかもしれない。

 

 孫権は、呉の支配者であり、軍は孫軍とでも言うのだろうか。
 赤壁の戦いは、一般には曹軍と孫軍の戦闘と解され、劉軍は孫軍に与力したと思われているように思う。
 現に、蜀書は劉軍の軍功を、呉書は孫軍の軍功を誇る記録をそれぞれ残し、それ自体は寛大にも温存されている

 

*曹軍不利
 魏書を見る限り、曹軍は、劉備をつかまえ損ねた上に自軍に疫病が蔓延したので追悼を断念し、荊州制覇を嘉としてて、軍を帰したとしている。

 

 筑摩書房「正史三国志」の「敗れた」は軽率な誤訳である。原文は「不利」と書いていて、これは刀剣が切れないという意味であり、征伐の不首尾を言うだけで、負けたとは書いていない。

 

 つまり、魏書では、赤壁の敗戦など無かったのである。甚だしい敗戦の時に避けられない有力武将の多数の戦死者は出ていないのを見ても、大敗はしていないらしい。

 

 未完

倭人伝の散歩道2017 序章・三国志の由来 1/4

                             2017/06/24
 本稿執筆の契機は、「中華帝国志」  中 健忘術数篇 安能努(講談社文庫)冒頭の述解である。

 「正史「三国志」自体の記述に前後の乱れや左右の齟齬が甚だしい、ということである。例えば、あの名高い「赤壁の戦い」がそうであった。」と提起して、具体的に正史本文を引用して読み解いた上で、「以上四つの記述が明らかにした「確かな史実」は 二つだけである。
 一つは、赤壁で戦いがあった。もう一つは、曹操の魏軍が敗北したということである。曹軍が戦った相手は、劉備の蜀軍だったのか、孫権の呉軍だったのか、はたまた呉蜀の連合軍だったのかすら明らかではない。いや戦場は陸上だったか、水上だったかさえ定かではないのだ。(中略)これは正史を読む者にとっては、まことに困ったことだ。三国時代の歴史ドラマでは最大の見せ場である「赤壁の戦い」の真相が、実はよく分らないでは、まったくの興醒めである」

 「四つの記述」とは、魏書武帝(曹操)紀、呉書呉主(孫権)伝、蜀書先主(劉備)伝の三者三様の記事と、呉書周瑜伝記事である。大事なことであるが、安能氏が、三国志引用の際、裴注部分を除き陳寿編纂部のみ論議したのは、至当である。

 安能氏の指摘は、「三国志」なる史書は、陳寿編纂にも拘わらず、各書の記事間に食い違いがあり、史書として不正確であるというものであり、その好例として、赤壁の戦いに関する記事間の食い違いを指摘しているものである。

 ただし、安能氏は史家でないので無理もないが、「赤壁」の戦いは、三国志記事であるが、三国時代でなく、後漢(以下漢)朝事件である。赤壁時点、漢は化石(レジェンド)でなく全国政権として厳然と権勢を振るっていた。「赤壁の戦い」自体、あったのかなかったのかすら不明であるから、安能氏は不満なのである。

 後日談であるが、赤壁の十二年後、建安二十五年に漢は魏に天下を譲り、曹操の後継者曹丕が皇帝となった。これに応じて、劉備は漢を再興し、孫権は呉を興して、三国鼎立した。ここから、三国時代が始まるのである。そして、曹操は、すでに没していた。

未完

2017年6月20日 (火)

将棋雑談 加藤一二三 天段を称える

                         2017/06/20
 天段とは、当ブログ筆者が、加藤一二三九段に勝手に奉った称号であり、多分、ここだけで終わるかなと思っているのである。

 将棋界の段位は、九段止まりである。

 江戸時代に遡ると、最高段位は七段であり、八段はあったものの、名人に匹敵する卓越した七段に与えられるものであった。それが、文明開化によって、将棋界の権威付けが民間に開放されてから、八段が広がり、それでは、卓越した八段とそれ以外の八段との区別がつかないので、卓越した八段を九段に推戴・昇段したのだが、その規準が次第に緩んで、九段が増えた。

 しばらく前、加藤九段が新たな段位の制定を求めたのだが、ここで十段を設けても、いずれは、十段棋士が増え、十一段、十二段と嵩上げされるのが懸念されたのだろう。いまだに、十段は制定されていない。これには、世間体というものがあって、お隣の囲碁界も九段止まりであり、しかも、世界的な段位相場というものがあるので、日本の将棋界の考えたけで、十段を追加できないのである。

 さて、しばらく前、当ブログで提案したのは、数字嵩上げではなく、卓越した偉業を称える称号としての「天段」である。

 天より上はないから、天段が最高の段位であることは、日本だけでなく、漢字を知る 中、韓、鮮、新、澳、越、台の諸国・地域にも誤解なく伝わるのである。

 そして、国・地域の限定なく、現役四〇年以上、総対局数二〇〇〇局以上、勝局一〇〇〇局以上と聞けば、「棋界殿堂」ものの金字塔とわかるはずである。

 と言うことで、ここに、再び「天段」を提案するのである。目下、賛成者は、当人一人である。

以上

2017年6月12日 (月)

今日の躓き石 野球界での「人生」大安売りに「違和感」

                             2017/06/12
 今回の題材は、毎日新聞大阪第三版スポーツ面、野球関連記事でたまたま目についただけで、発言者個人の問題でないことは知っているのだが、何かのきっかけとして受け取っていただきたい。

 その一として、ある投手がWBCの舞台で「人生最大に緊張した」と述べている。そりゃそう実感したのかも知れないが、当人は、まだまだ発展途上の選手であり、プロ野球選手のそれまでのキャリアで味わったことのなかった緊張「感」だったのだろうが、この記事を今読まされると、何のことかと疑問を感じる。
 プロ野球選手にとって、「野球」が人生の全てかも知れないが、まだこれから随分選手のキャリアが続くはずだし、指導者としてのキャリアもあるだろうし、その後も、生きている限り、人生はあるのである。

 まだ、総決算したわけでもないのに、「人生」の大安売りはして欲しくないものである。

 プロ野球選手にも、家庭があるし、そうでなくても、野球が人生の全てではないはずである。限りある人生の一部分ではないかと思うのである。

 一流の選手は、人生の安売りはしないものではないか。

 その二は、大学生の発言であるから、考えの足りない言葉を報道した毎日新聞担当記者に責任はあるのだが、「人生最後の試合」のつもりで試合に出たというのは、まことに、大げさな大安売りである。なぜ、「投手としてこれっきりになっても良い」、とかもっと穏やかで決然とした言い方をしないのだろうか。いや、当人がそう感じてそう口走ったとしても、それをそのまま報道されると、毎日新聞の報道姿勢に「違和感」を感じて、率直に意見せずにはいられないのである。

 その時の真意として「死ぬ気で」と口走っても、本当に死なれたら、自チームだけでなく、相手チームにも重大な心の傷を与えるのである。「命がけ」の大安売りは、いい加減にして欲しいものである。人生は大学一回生で終わるべきではない。大先輩も、母校の優勝を強く望んでいても、大後輩にそのようなことは求めていないはずである。

 そんなつもりはないというのなら、人生の大安売りは止めて欲しいものである。

 以上、全国紙が、人生の大安売りを褒め称えているかのような報道をすることに強い疑問を感じるのである。

以上

今日の躓き石 2000安打に強い「違和感」

                         2017/06/12
 今回の題材は、特にどこかの誰かが言っていた言葉ではない。NHKも、機関決定してだろうが、そのように言っていることである。

 先ずは流行語になっている「違和感」であるが、現今、かなり物々しい場で語られているとは言え、かなり異様な言葉遣いで、ここに、おちょくられているのである。「感」とついているように、個人の意見である。そう思う人もいればそう思わない人もいる。個人の意見は、十人色である。表だってそのように言う人があれば、個人の意見を押しつけるのかよ、と踏んづけられそうである。

 続いて、本題の2000安打であるが、これは、プロ球界で、近年言われている言い方だが、実に、日本語の文法に違反しているのである。安打を一本、二本と数えるのが日本語の言い方であり、一安打、二安打と数えるのは、冗長であるし、日本語として文法違いである、と言うことだが、誰も文句をつけないのだろうか。用語審議で、反対意見は出なかったのであろうか。プロ球界の隠語ではないのである。

 プロ野球の世界でも、長年、2000本安打と言っていたと思うのだが、突然、2000安打と決めつけるのは、行きすぎのように思う。憲法改正ではないから、国会審議はいらないが、一般人は、元々の意味の「違和感」を感じる筈である。

 2000本安打というのは、別に、何か法律に違反しているわけでもなければ、宗教倫理に違反しているわけでもない。それを、強引に、2000安打と言い換えるのは、納税者であり、NHK受信料の支払者である、プロ野球ファンにとって、居心地が悪い(highly uncomfortable and inappropriate)のである。

 関係者一同、ご再考いただければ幸いである。

以上

2017年6月11日 (日)

今日の躓き石 タイム「スリップ」に注意 広がる失言 名人戦

                         2017/06/11
 本日の題材は、毎日新聞朝刊掲載の将棋名人戦観戦記である。

 いや、別に、観戦記者が失言しているのを、ことさらとがめ立てしようというのではない。プロの文筆家として、軽率に過ぎるので注意しているだけである。

 ここに、「タイムスリップ」とカタカナ語が当然のごとく出てきて、読者に趣旨が伝わっていると勘違いしているようだが、カタカナ語の例に漏れず、この言葉は、一定した解釈が浸透していないから、観戦記者の友達でもなんでもない読者の大半にとって、何のことかわからないのである。観戦記者の造語とは思えない書きぶりなので、どこかで、拾ってきたカタカナ語なのだろう。

 ここで、「タイムスリップ」と言っているのは、カタカナ語のもととなっている英語で解釈すると、別の時間に「意図したわけでもなく」移動して、大抵は「帰ってこられない」現象を言うはずなのである。
 これに対して、別の時間に「意図して」移動して、大抵は「帰ってくる」現象は、タイムトラベル ないしは タイムトリップなのである

 今回の話は、写真や動画で見知っている観光地に出かけて、別の時間の気分を「意図して」味わっているのだから、タイムスリップと言えない可能性が高い。

 と言うような思案は、プロの文筆家としてカタカナ語を使うときのたしなみではないのだろうか。

 世間に出回っているカタカナ言葉は、大半が、誤解やこじつけであり、むしろ、誤用の場合が多いように見かける。
 プロの文筆家として、こうした言葉を、全国紙の紙面で安易に使って、誤解、誤用の被害者を広げるのは、随分、軽率に過ぎるように思う
のである。

 いや、当方は、一介の購読者であって、別に、観戦記者に指図する立場にはないのだが、気づいた以上は、率直に気づいたとおり指摘するのが、当ブログの棋風なのである。

 そうそう、意識して避けていたが、この言葉は、古典的なSF用語であり、現実世界に起きることではないので、経験を通じて学ぶことのできないものなのである。

以上

2017年6月 8日 (木)

今日の躓き石 将棋界のレジェンドに仰天

                             2017/06/08
 今回の題材は、宅配講読している毎日新聞大阪第13版の社会面記事である。

 記事の題材は文化面ネタだが、目下、快進撃を続けて世間の注目を集めている新米棋士の偉業の引き立て役で、棋界最高峰棋士が「レジェンド」なる、訳のわからないカタカナ語の帽子をかぶせられているのに困惑したのである。

 囲み記事は、でかでかと「レジェンド脱帽」と見出しをつけているが、実際は、大人のコメントにとどまっている。
 公式対局で負けた訳ではないのだから、プロ棋士として「脱帽」するはずがないのである。何とも、もったいない誤報である。
 タイトル戦、番勝負で勝ったときまで取って置いて欲しいものである。

 最近、スポーツ界起点で世間を汚染しているカタカナ言葉に「レジェンド」があって、よく定義が浸透しないうちに、誤解、悪用で拡散しているのに気づいていたが、今回は、日本の伝統文化の担い手であり、俗化を免れていると思った将棋界の事件なので、ここにコメントを残さないと行けないと思ったのである。

 レジェンドのことの起こりは、おそらく、スキージャンプで、とうに盛りを過ぎ、引退しているとばかり思った選手が、若手に互して上位に食い込んだところから、「生ける伝説」と言う意味で、「生きたレジェンド」と呼んだはずなのである。
 スポーツ界は、活動期間が短く、新鋭選手が子供時代に憧れた選手は、大抵、引退していて、ともに技を競うことは、滅多にできないものである。

 ところが、その辺りの趣旨がわからない国内メディアが、現役の古参選手が、いろいろな通過点記録を達成した時に「まだ現役」という意味に使っているのである。すでに、元々の意味を外しているのだが、まだ、可愛い方である。

 さて、今回やり玉に挙げられたのは、現在棋界の最上位に位置している三冠王と全盛期を過ぎたとは言え、内心、タイトル獲得を目指している棋士の二人であり、ともに永世名人の資格を持っていても、名乗るには早すぎて、まだまだ、現役バリバリで今後何十年と指し続ける可能性があり、とても、ここで譏られているような「過去の遺物」などではないのである。

 趣旨として繰り返しになるが、勝ち続ける新人を褒める言葉が種切れになったとしても、棋界の看板棋士達に対して「レジェンド」などは、お門違いなのである。

 毎日新聞は、是非、カタカナ言葉の悪用撲滅などとは言わないが、言葉の意味のブレにもっと慎重であって欲しいのである。

 配達される全紙面は、(広告は除き)、報道という意味で、同じ重さを持っているのだから、文化面、将棋欄だから言葉の扱いが軽く、社会面だから言葉の扱いが厳しいと言うことはないはずである。

 いや、新語をどう使いこなすかは、いわば、担当記者の腕の見せ所であり、自分なりに苦心した結果だから、たかが一介の素人の個人的な意見など、関係ないというかも知れないか、ことは、毎日新聞の品格に拘わることなので、ちょっと再考して欲しいものである。

以上

2017年6月 1日 (木)

今日の躓き石 「天文考古学」の不可解

                             2017/06/01 2019/01/29
    
 毎日新聞大阪夕刊第三版「文化」面にちょっと首を傾げる紹介記事が掲載されている。

共同研究『アンデス文明』刊行 権力形成の起源に星団観測 パコパンパ遺跡の「神殿の向き」から仮説

*不思議な見出し
 そもそも、見出しに謳い上げている「権力形成の起源に星団観測」なる、文にも何にもなっていない不思議な言葉の羅列の意味が推察できないのだが、これは、最後まで解き明かされていないように思う。それでは、全国紙たる毎日新聞社は、報道の使命を果たしていないのではないか。

*不思議な断言
 「プレアデス星団が夜空に現れる方向は、季節によって変わることはない」と、坂井教授(坂井正人・山形大学教授)が、自説の根拠として断言しているのだが、この短い文章に、突っ込みどころが露呈している。

 北緯30度から40度あたりに位置する日本列島では、夜空に見える天体の昇ってくる方向は、季節によってかなり異なる。そして、空の天体は、悉く、東の地平からのぼって天頂方向に上り、やがて西の地平に沈むのである。

 天体ののぼる方向の通年変化は、赤道付近では、小さいものだろうが、少なくとも、当方が調べた限りでは、指摘の地点は南緯13度あたりであり、地軸に傾きがある以上、年間通じて一定ではないものと思うのだがどうだろう。

 どの程度を「変わることはない」というのか書かれていないが、後ほど、100年に0.5度程度のずれが200年で1度のずれとなったところで、問題になったと仮定しているから、年間通じて1度程度のバラツキは、大いに問題になるはずである。

 素人にはよくわからないが、赤道付近だと、年間通じて、天体ののぼる時刻と方角は完全に一定なのだろうか。当然湧いてくる疑問に説明がないので気になるところである。

*技術の限界
 また、坂井教授は、神殿の遺跡から壁の方向を測定しているが、測定値が約80度とは、どの程度の誤差を見込んでいるのか。
 建設当時の計測の限界として、あるいは、壁の面のバラツキを考慮して、1度程度のバラツキを覚悟しているのであれば、経年変化の1度程度は、当時の観測で検出できたかどうか疑問である。

 また、ピチュと小山を結ぶ直線の向きと言うが、20㌖先のピチュの頂上の一点と「小山の遺跡」のどこかの一点とを結ぶ「仮想直線」を規準として神殿の壁を作るような石積みは、どの程度の精度で実行できるものなのか、大変疑問なのである。

 不確かな根拠で、厳密な判断を下すのは、一種の愚行である。

*「天文考古学」の不可解
 坂井教授は、「天文考古学」と物々しく言い立てているが、かなり胡散臭い響きのある言葉であり、もっと地道な地上で行われる測量技術や土木技術から考察すると根拠不明と見られるのである。

 考古学の先賢の至言であるが、考古学の考察対象となっている時代の人々が知らないことを根拠に論じてはならないと思うのである。

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