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2017年6月24日 (土)

倭人伝の散歩道 卑弥呼の卑の字はどう書くの?

                              2017/06/24
 本稿は、白川静氏が編纂された辞典である字統。字通のお世話になっている。他人の意見に簡単に同意しない当方も、知識が深く、見識が豊かな人の意見は、素直に聞くのである。

*卑は、本当に卑字か?
 「卑」は、現代的な語感に引きずられて「卑しい」と感じるが、漢字の幼年期である金石文には、その意味の用例はないとのことである。
 してみると、古代に於いて、卑は謙遜の意味であり、かなり高い身分の者がへりくだる意味、つまり、「貴字」に属する文字と思う。「貴字」が言い過ぎなら、縁起の良い「慶字」ではなかろうか。

*身近な用例探し

 遠くを探す前に、二千文字の小宇宙、倭人伝の中を探せば、対海国、一大国などの高官が、「卑」を頂いてるから、卑字の筈がない。

 …對海國。其大官曰卑狗、副曰卑奴母離。…一大國。官亦曰卑狗、副曰卑奴母離。…奴國…。…副曰卑奴母離。不彌國…。…副曰卑奴母離

*蔑称、美称
 各国高官の「奴」「狗」も、こと倭人伝では蔑称ではないようである。
 不和な「狗奴」国、狗古智卑狗も、蔑称でないようである。
 かって、同じ連合体に属していて、半島や中国に遣使したように見える。

*どこが辺境?

 一部では、「卑奴母離」を「鄙守」、辺境の護りと解釈したいようだが、倭国連合の大国奴国が辺境と言うことはないだろう。単に、「卑」の慶字を頂いている副官と言うことではないか。

*「『卑』弥呼はいなかった」?
 有力史料とされる翰苑には「畀」に近い字の畀弥呼が見える。刊本の卑弥呼は「畀弥呼」の誤写、とは言わないが、「畀」は、なかなか良い字と思うのである。ただし、明帝紀は俾彌呼であるから、やはり卑弥呼なのである。いや、翰苑依存症は良くない。

 いやはや、倭人伝誤写伝説のせいで、文字への言いがかりは何とでもつけられると言うことか。

以上

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