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2017年8月12日 (土)

倭人伝「長大」論 総決算 3 補足2

                             2017/08/12
--引用続き--
 他にも、「後主(劉禅)漸く長大」(蜀志九董允とういん伝)の表記が二十代後半を指して用いられているから、陳寿の用法として、この「長大」の語の使用方法は明確かつ安定している(古田「九州王朝の方法」『東アジアの古代文化』一九七八爽秋号、参照)。

 したがって陳寿が倭人伝で「年已に長大」と書いたとき、当時の『三国志』の読者は、“三十代なかばの女性”として、東方なる女王国の王者のイメージを思い浮かべたこと、それは確実だ。“鬼気せまる、白髪の女妖術者”、そのようなイメージを誰人かあって、もし卑弥呼に対して抱いていたとしたら、それはひっきょう、一片の錯覚、現代の虚像にすぎなかったのである。
--引用終了--

  と言うことで、以下、古田氏の著作を批判するのだが、古田氏の「長大」解釈は、卑彌呼像に対する俗説の過誤を正し、画期的なものであり、氏の倭人伝解釈の白眉をなすものとして、高く評価していることをまず申し述べておく。

 卑弥呼の即位時の年齢を三十台の若さと断じたのは画期的であったが、三国志であっても、呉書部分の関係者の発言引用という事で、三国志の用語を示す適例ではない「曹丕用例」に惑わされたものであり、当時の一般的な用例を適確に参照すれば、十八歳から二十歳の成人年齢だったと判断出来たはずである。もったいない早計である。

 そして、ここに追加提示された江表伝用例は、一段と不適切である。曹丕用例が「長大」の孤立用例のため、独立用例を追加したのだろうが、曹丕用例なる先入観にとらわれて史料批判を怠ったものであり、一種独善である。

 裴松之が評するように、江表伝は、呉書本文でなく陳寿が却下した異伝であり、かつ、時間的な辻褄の合わない「作り話」であり、裴松之が『「三十・四十」に対応させて、この「已に長大」の語を用い』たかどうか不確かと考えられる。

 つまり、長大用例として、全く不適当である。

 ここでは、古田氏が、いわゆる自縄自縛の愚に陥っているのである。
以上 

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コメント

早速の回答に感謝します。 
 当方の立場はご理解頂いていると思いますが、盛り土(封土)の上で怒鳴りまくっているように、全てさらけ出した無防備な状態でいるので、別に絶対の自信を持っているわけではないのですが、できることは、「芸風」を変えないことだと考えています。
 と言うことで、ご意見のほどはありがたいのですが、自分の知識、見識を基に語ることしかできないので、一連の「長大」論で述べたことはそのまま語り通します。
 と言いつつ、一応個人の意見を言うと、ここで言う「長大」の「長」は、物理的に「長い」という意味でなく、「年かさ」という意味と考えていますが、これは、当ブログの初期の頃から変わっていません。
以上


 忌憚のないお話が聞けて、ありがとうございます。
貴方様の歴史に関する記述は、素晴らしいものが多くあるので、投稿をした次第。

 これは私論としておきますが、中国の古代漢文においては、所謂、熟語というのは地名など以外は
稀です。ですから、「長大」と言うのを、現在の言語での熟語と捉えると誤訳に至るかもしれません。
 すなわち「長大」と言うのを熟語とし「成人」という意味とすることは危険ではないでしょうか。
  中国の漢字文化は一文字に拘り、そのため、一文字が深い意味がありますから。

 私の「長大」解釈は「非常に長い」ほどに理解しております。

またまたコメント頂き感謝します。
 感情をむき出しにすると、肝心の意見が埋もれてしまう点を理解頂けたのであれば幸いです。ご存じないでしょうが、世の中には、支持していた古田氏に疎外されたことを根に持って、追悼すべき時と場所でうじうじ恨み言を述べた人がいたもので、前回までのコメントのうねった書き方に、つい余計な思いをこぼしたものです。お気に障りましたら、ご勘弁ください。
 また、当方の字義読み違いを、再三指摘されているのは、まことに申し訳なく思います。
 ただし、小生の三国志、三「国志」論議は「已」の解釈と連動したものではないので、認識を改めて頂きたいと思います。
 また、呉志は曹魏を馬鹿にしているのではなく、孫権政権を中心とした視点で正当な評価を課しているのです。「老賊」を例示したのは、三国の視点のズレが温存されていることの明白な手掛かりになるからです。
 例えば、「赤壁」論にあるように、三つの国志は、異なった名分で書かれていて、今日的に言うと「フェイクニュース」合戦ですが、それに加えて、倭人伝(東夷伝)は、あたかも桃源郷のごとく、魏志とは(ごく一部としても)異なった、帯方郡視点で書かれている(ように読めないこともない)、という提言であり、これは、簡単に否定しきれないものと思います。そのように読めなかったとしたら、当方の書き方が下手なせいです。
 ともあれ、議論の入り口の躓き石になっている「已」の解釈は、議論の本質と関係ないので、ここまでにしてください。いずれ、もう少し勉強してみます。
 そして、一番郍肝心なのですが、投書子の「長大」解釈の根拠は、まだ、説明頂いていません。
 いえ、私見ならそのつもりで参考にするので、私見でも結構なのですが。

以上


個人的な感情は別にして、「已」と言う文字が古代漢文でいかように使われているかと言う
基礎、基本的なことを述べたものです。呉志というのは曹魏を馬鹿にした記述などの論をあなたは展開しておりますが、その前の話です。
  魏志倭人伝には「喪主哭泣他人就歌舞飮酒、已葬舉家詣水中澡浴」という文章がありますが
「已葬」という文ですが、これは「葬儀が終わると」、または「葬儀が過ぎると」という内容であり、
 魏志倭人伝には「已」が「年已長大」以外にも存在します。
 この点を、あなたはいか様に理解しているのかと言う点を指摘だけしておきます。

再度のコメントありがとうございます。
 そして、今回も、私情の吐露だけで、何とも返事のしようがありません。所詮、古代史史料の解釈には、正解が用意されていないので、各自の私見は誤解と同義語であり、投書子のように尊大に言われて、もたれかかられても、何とも返事できかねます。
 「古田氏レベル」は、投書子と古田氏の間の愛憎がわからないので、おどけて混ぜっ返しただけです。人間関係の悩みの解決策が欲しければ、どんな根拠で、当方の著述に、第三者との軋轢の枠をはめようとしているのか、もう少し理性的な意見を述べてください。
 後段は、一段と意味不明です。どんな根拠でそう思い込んでいるのか、どうして他人に理解されない、異様な言い回しを好まれるのか、もうすこし症状がわからなければ、アドバイスのしようがありません。
 身の上相談の相手を間違えているのではないですか。
以上

「年已長大」の「已という文字を「すでに」と訳しているので古田氏レベルと言ったのです。

「長大」については長を動詞的に見ても良いですが、そして、大きく成長した(人)としても、
 「このような年齢は過ぎた」という意味が「年已長大」で、卑弥呼は、このときは老人の部類ですかね。あなたの誤解では。

 

[

 コメントありがとうございます。
 ただし、ご意見の内容は、小生の労苦を無視して、御自分の意見を述べているだけで、適確な批判を希望していたのに場違いなものです。
 「古田氏レベル」と言うのが、深い見識はあるが、時に勘違いする、というのであれば、お褒め頂いたと感謝します。
 「年已長大」の「正しい日本語訳」というのも、それ自体日本語として意味不明です。何が正しいのか、投書子には判断できないはずです。その根拠として続けられている「当時の成人というのは30から35歳くらいまでで」というのは、どんな根拠で述べているのかわからないし、「成人が終わった」と言うのも、不思議な日本語で、残念ながら意味がわかりません。
 直接「長大」に関係しないのですが、「成人」というのは「大人になる」と言う意味であって、長大同様に「動詞」であり、「老人」のように人の年齢を言うものではないのですから、始まりも終わりもないのです。
 小生も文中で「成人年齢」などと趣旨不明な新造語を使っていますから、この言葉に批判を向けられたら辛いのですが、この点はお詫びします。
 最後に、曹丕用例の私訳を示されていますが、どうも、小生の書いた論理展開を理解していないようです。小生の議論で肝心なのは、呉志の用例は、東呉孫権政権の高官の発言の、そのまま引用であり、地域独自の用例であって、なぜ、現代人が、「当時」、つまり中原の地域での言葉遣いと異なっているかも知れない言葉を、正しく理解していると確信できるのか、不思議です。
 以上、批判内容が不可解なので、同意も反対もできず、しつこく自説を再説しています。
以上

「年已長大」という文章を「年、既に長大」などと日本語訳しているのでは、古田氏レベルですか。

 この日本語訳で「「已」という漢字は「すでに」などでは無く「過ぎている。終わっている」という意味で、「年已長大」という文章の正しい日本語訳は「年は成人を終わっている。年は成人を過ぎている」である。
 当時の成人というのは30から35歳くらいまでで、卑弥呼は、それ以上の歳を過ぎているし、曹丕は「成人が終わった頃に魏王を継いだ」と言う内容である。

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