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2017年12月18日 (月)

私の本棚 季刊「邪馬台国」 131号 私の古代史論 3/6

 塩田泰弘 魏志が辿った邪馬台国への径と国々

         私の見立て★★★★☆      2017/12/18

*韓国内里数の根拠
 遡って、帯方郡は、韓国内主要道路を管理し、後漢朝、魏朝の指示に従い、例えば、百里ごとに里標、一里塚のようなものを設けて、順次、狗邪韓国のような地の果てまで計測したと思うのである。
 よって、狗邪韓国まで十里単位程度の正確さで里数があったかも知れない。ただし、陸上である。

*西岸沖廻遊の怪
 図1に示された半島西岸沖の廻遊経路に七千餘里と書いているのは、何とも、困った迷解釈である。
 海上を船舶で移動する「浮海」の際、移動「経路」は、不定、かつ、不明であり、里数の測りようがないから、責任を持てる里数は書けないのである。所要日数も同断である。
 実務上、船で行くことがあったとしても、表示里数と所要日数は、あくまで内陸通行のものである。
 つまり、図1の七千餘里表記は、経路の図示も含めて、ナンセンスである。
 公式経路、官道であれば、公式文書送達のために、寄港地、宿名、所要日数が定まっているはずである。

*概数の調子合わせ
 韓国内の里数をあえて七千餘里と概数に止めているのは、以後の里数と調子を合わせるものである。例えば、六千八百五十四里と里まで書かれると、以後の計算の邪魔になるからである。
 対して、狗邪・末羅間の三度渡海は、茫洋たる「浮海」と異なり。対岸が見え、日数も予想できるから、川の渡し舟と同じ感覚で里数を書いたはずである。

*算木計算の威力
 先に「以後の計算」と書いた意味は、当時行われていた算木による桁別計算である。
 例えば、上が千里代止まりであれば、千里代と百里代の二桁だけ、1から9の整数の足し算計算、十里代以下は無視、と簡単になる。足し算で桁上がりが出た時は、上の桁に足していくという、確実な計算ができるのである。

未完

 

 

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