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2017年12月26日 (火)

新・私の本棚 番外 諸説あり! 「女王・卑弥呼の正体」 2/4

 BS-TBS ▽邪馬台国2時間スペシャル!

 私の見立て★☆☆☆☆☆ 参考のみ    2017/12/25 2019/04/21

*魔鏡大安売り
 同じ鋳型で、同じ作り方をすれば、魔鏡は、再現すると称していますが、当該古鏡が大量に配布されたらしい現在の「近畿地方」、ないしその東方では、大勢が持っていたことになり、値打ちが無かったかと愚考します。

*三角縁神獣鏡の怪
 番組では、手軽に華々しく実験して見せましたが、見当違いの遺物を実験材料としているのは、何とも恥曝しです。誰か教えてあげろよと思います。

 肝心なのは「三角縁神獣鏡」は、卑弥呼のものでないという論証堅固な「定説」です。もちろん導入部に利用された平原遺跡の出土物ではないのです。

 つまり、ここでいう「定説」は、良くある「学派伝承」で無く、誠実な考古学で確証されたものですから、この異説は、時代錯誤の見当違いの主張なのです。

 実験を見、「三角縁神獣鏡」の時代比定を聞いた素人さんは、九州で発掘されず、大陸でも半島でも発掘されていないという報告を受けても、これはライセンス生産だ、などと意味不明の意見を吐いて、ついには、いずれ各地で発掘されるというような神がかった意見まで持ち出します。 「フェイクニュース」を信じ込んでは、「フェイクニュース」を蔓延させるのに手を貸すだむけです。

 どこかで何かが発掘されても、これまでに確認された考古学的判断である時代違いは動かないのです。無意味に実証するのは、学問の道ではありません。

⑵ 倭国飢饉説の怪
 続いて、三国史記新羅本紀(西暦193年?)を根拠にした「倭国飢饉」説ですが一応、「統一新羅すら滅び去って久しい一千年後に、新羅建国以前の断片史料をかき集めて、形式を整えた造作史料」の記事を、一応真に受けるとしても、読めば読むほど筋の通らない、信を置けない記事と見ますから、とてつもない愚説と見られます。

 仮に、北部九州から倭国の難民が、大挙渡海して、当時一小国に過ぎなかった斯盧国まで食糧を求めたとすると、道中食糧はどうしたのかという事になります。飢餓の巷の筑紫の倭人は、食糧補給なし、つまり、メシ抜き、宿泊なしで、海峡越えに最低でも三日を要する長距離の激流を漕ぎ抜けたのでしょうか。
 
さらに、海峡を越えたらそこが斯盧国でなく、後、近くの国々を越えて、斯盧国、後の新羅首都まで、何を食べて足を伸ばしたか不可解です。

 それ以前に、九州北部が飢餓地獄なら、食糧自給できない壱岐、対馬は全滅の筈です。どうにも、筋の通らない話です。

 半島遠征で食糧を得られたとして、帰りの道中は、飢餓地獄です。また、数万の民に与える食料は、小ぶりの手漕ぎ船で、海流の騒ぐ海峡を越えて運べるものではないのです。

                          未完

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