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2017年12月31日 (日)

新・私の本棚 番外 諸説あり!「邪馬台国はどこ.」 2/4

 BS-TBS ▽邪馬台国2時間スペシャル! 前半  2017/12/30放送

 私の見立て ★☆☆☆☆☆     2017/12/31 2019/04/21

 以上は、番組として、足元をしっかり固めるという見地から述べたものです。別に、以上の説を絶対視したものではないのです。

*第一の諸説 言いよどむ鉄鋼論
 第一の諸説、提唱者は、「九州説」の最大の根拠として、大量出土の鉄器を謙虚に示しています。ゲストは無造作に、「鉄」が加工しやすいと言いますが、そう思えないのです。錆び朽ちる鉄は悪金と呼ばれていました。当時、出回っていたのは「鉄」(Iron)であり、武器に必要なのは「鋼」(Steel)ですがゲストは一緒くたにしています。鋼は、粗製鉄にかなり多く含まれた炭素を適度に取り除く、超絶脱炭技術を要しています。
 鉄鋳物は、青銅に比べ溶かす温度が高く、固まる際に膨れて鋳物作りに適した特長を除けば既知と言え、今日も、南部鉄器などで生きています。

*鍛冶仕事
 鋼は鋳物にできず、灼熱状態で鍛冶の鎚打ちで叩き出すものです。

 貴重な鋼で利器を作るには、鉄で形を作り、刃部に鋼をかぶせ鍛冶で刃打ちすることになります。

 鍛冶は、刃入れした剣を赤熱して水に投じて急冷して焼き入れし、鋭い切れ味を得ます。現代も、刀工達はそうして、切れて折れない利器名刀を作ります。

*第二の諸説 纏向夢想
 第二の諸説「畿内説」は、巻向遺跡で、倭人伝向けの時代ずり上げごっこに打ち興じていると見えます。提唱者、纏向博士は、三十数年間の研究を踏まえて、赫々たる名声を博していますが、遺跡解釈で凄腕を駆使して邪馬台国時代「都市」を構想したものの、時代ずり上げ幻術の使いすぎで、その基礎は砂上にあります。さすがの幻術も、衰えたようです。

 少し考えればわかるように、文字なき時代、交通不便極まりない山中に広域政権の首都は作れないのです。

*三十国使訳の怪
 纏向で各地の産物(もの)が出土していますが、「もの」には足が生えていないものの、交易の鎖を伝って、ゆったりと一人歩きして時をかけて移動できます。

 解説では、倭人伝から読み取った三十ヵ国が纏向政権と交易したと読んでいますが、そうではなく、帯方郡が各国と交渉したのです。その諸国を遠方と捉えますが、遠近感覚は時代で変わるという知見を忘れた時代錯誤と思います。

 いや、纏向博士が、強固な信念を持つのは当然ですが、信念の強固さは、個人の精神力でなく、遺物、遺跡、文献の考証で支えるべきものと思います。

*非農村の幻像
 ゲストは、唐突に纏向が「都市」、つまり非農村だとおっしゃるのですが、どこから大量の食糧を得たのでしょうか。

 
遙か後世、平城京は、物資搬入、特に食糧の安定供給に難があって、千年の都が早々に挫折したと聞いています。

 それより遥かな以前、纏向「都市」に、周辺農村が胃袋を満たす仕組みはあったのでしょうか。

 後世なら、銭で買い取ることもできたでしょうし、物納の納入先を指定して持ち込ませることもできたでしょうが、牛馬の便がないのでは、農民は、全ての重荷を背負って運ぶしかないのです。
                               未完

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