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2017年12月31日 (日)

新・私の本棚 番外 諸説あり!「邪馬台国はどこ.」 4/4

 BS-TBS ▽邪馬台国2時間スペシャル! 前半  2017/12/30放送

 私の見立て ★☆☆☆☆☆     2017/12/31 2019/04/21

*伊都国の救援~思考実験の試み
 伊都国から仮の首都と見立てた奴国に通達し、報告の復誦を待つとしたら、一ヵ月仕事です。重荷を抱えたら、今日の舗装道でも、時速四㌔㍍は無理だし、連日歩き続けることは難しいので、さらに日数がかかります。

 伊都国が危機に瀕した時、首都の国軍部隊が着くのは一ヵ月先では、急場の役には立たず、伊都国は自力で危機に対応しなければならないのです。そのために、伊都刺史が刺史府を持ち、首都に貢納すべき食糧の一部を備蓄し、府兵を擁し、危機事態には、首都の裁可を得ることなく、自身の判断で対応することを想定しているのです。伊都国は王権を制約されますが、平時は、居候がいる程度にとらえたのではないでしょうか。実は、これは、刺史が伊都国と結託して自立する自体の一歩手前の物騒な状態なのです。

 この設定で、一里が、六分の一程度の倭人伝里七十五㍍程度なら、五百里は、四十㌔㍍、二日間程度ですから、守備を固めて持ちこたえ、援軍を待つことができるのです。里数次第で刺史の役目が変わるのです。

*状況誤認
 ここで提唱者が再確認する倭人伝の編纂目的には、時代錯誤に基づく誇張があります。倭人伝は、当時の魏朝に提出したものであって、後の統一勢力晋朝に出したものではないのです。

 そして、倭人伝記事を書いたのは帯方郡人ですから、郡太守に自身の手柄を訴えるために書いたと考えるのが自然です。当然の粉飾はあっても、いずれ露見する誇張や嘘を書く「動機」は全く無いのです。むしろ、見たままに近く記すはずです。

 そんなことまで書くのは、三国志の権威が、凡そ史学者には、正確な報告を書く動機は全く無いなどと、自白気味に泥水を撒いているからです。

 大局的には、中国人が中国人のために書いたと見て差し支えませんが、学術的には、丁寧に帯方郡が郡の功績を称揚するために書いたと見ます。

 中国人官僚は、全員均質な大量生産製品ではなく、個性も地方性も十分あり、また、時代相応、時代最高の知性の持ち主なのです。見くびってはならないのです。見くびりたくなったら、洗面台の鏡に向かい、目前の最悪の敵に挑戦してほしいものです。

*大家の疎漏
 ということで、提唱者たる大家は、長年の研究生活のかなりの部分を邪馬台国に関する考察に投入して学識を深めたと思いますが、その成果が、このような素人目にも明らかな浅薄な独善では、傷ましいと思います。

 学問は、最初に足を踏まえた基礎が大事であり、最初にはなむけ(鼻向け)した方向を墨守することも大事ですが、長い間に、何度か出発点、出発方向を回顧することも必要では無いでしょうか。

 よそ事ながら、初心の誤りに気づかないまま、あらぬ方に彷徨い続けていることに気づかず、折角の晩節を汚さないようことを切望します。

                               完

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