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2018年2月 3日 (土)

私の意見 英雄たちの選択 ニッポン 古代人のこころと文明に迫る 13/17

私の見立て★★☆☆☆  2018/1/3   2018/02/03記

*邪馬台国論
 ここまでの議論は、遺跡・遺物に基づく文献のない考古学的な議論なのだが、ここだけは、同時代文献が残っていて、その解釈に議論が集中するはずなのである。つまり、考古学は、一歩下がるものなのたが、当番組は、考古学的憶測のべた塗りである。

 ここに邪馬台国が来るのは、纏向墳丘墓が、卑弥呼遣使を時代的に遡るという一説に基づいているようである。
 しかし、魏書東夷伝では、大陸側の窓口として倭国を含む東夷との交流を管理した帯方郡は、纏向政権との交流を記録していないと見る。この難点は、重大である。
 帯方郡が消滅した後は、中国側に詳しい記録がないから、好きなように言えるのである。

※迷走・誤読の海
 邪馬台国論は、いきなり、倭人伝の誤読に始まる。と言うか、勝手に後漢書など後世編纂史書を取り込んだ、と言って失礼なら、自己流の創作を持ち込んでいる。

 倭人伝に基づく議論というならば、倭国内に三十国乱立も、七、八〇年にわたる「倭国大乱」も、各国総意の女王擁立も創作である。
 そうした大げさな表現の出所は、後漢書倭伝であるが、表向き、魏志倭人伝だけが史料と言うことで、その点に触れていない。
 言い古された事項だが、「邪馬台国」も後漢書にあって、倭人伝にはない。つまり、これも創作である。


 このように、出発点で大量の創作を持ち込むのは、倭人伝にない広域政権を土台にして、各説を展開したいという下心の表れなのだろうが、ちょっと行き過ぎている。と愚考する。

※卑弥呼の出自
 不毛な所在論を飛ばして、卑弥呼の出自を論じようというのだが、問題点がなおざりにされているので、各論言いっぱなしである。と愚考する。

 ここまで、しきりに纏向政権を拡大投影しているが、瀬戸内を通じた九州支配も当然としているようである。
 司会は、三世紀冒頭の世相のように言い立てるが、その時点で、伊都国と纏向政権が一体化して、連合国家を形成していたというのは、到底無理な話と思う。

 そもそも、倭人伝を読む限り、この時代、倭国の諸国は、主要国を除けば、王統の確立していない、不確かな寄り合いであり、とても「国家」などと呼べるものではなかったはずである。
 大半が国家になっていない集落が、多年に亘って互いに争い覇権を求めるというのは幻想である。と愚考する。

 そもそも、倭の国々が、全て王制を確立、継承していたというのは後漢書の創作である。司会は、無造作に諸国王と言うが、勉強不足の誤解発言である。と愚考する。
                     未完

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