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2018年2月 3日 (土)

私の意見 英雄たちの選択 ニッポン 古代人のこころと文明に迫る 4/17

私の見立て★★☆☆☆  2018/1/3   2018/02/03記

*「新たな弥生人像」
 先ずは、鳥取県青(あお)谷(や)上(かみ)寺(じ)地(ち)遺跡の紹介である。

 日本海沿岸に形成された沿海交易の多年に亘る繁栄の形跡が発掘されていることが示されている。

 丸木舟や釣り針などの漁具から、海産物を産出したと窺える。さらには、高度な技術を駆使した木製品のように、今日にも引き継がれている民芸品が認められている。

 当遺跡は、粘土中に気密状態で残されていた遺物が豊富であり、有力産地であったことを窺わせる。

 さらに、工芸品の工作に不可欠な鉄器が多用されていたと見えるのは、後代において順当なところである。

 古代にあっても、ものは、豊富に産するところから、豊富に要するところに自ずから流れていくものであり、年月を経て、流通したものだろう。

※専門家の錯誤

 専門家は、「輸出」とか「海外交易」とか「付加価値」とか、現代用語を無造作に当てはめるが時代錯誤であろう。当時なかった言葉や概念は控えるべきである。
 ものごとには、全て萌芽の時代があり、成長期がある。いきなり、成人に達するのではない。

 しっかり、おつむのねじを締め直して欲しいのである。

※ついでに神がかり

 そこで神がかりを呼び出した司会者は、小声の早口で「意味が集団で共有されているのは哲学・宗教に近づいた段階」と言うのだが、現代語としても意味不明で、二重の意味で場違いな時代錯誤で番組を混乱させた。追い打ちで、「シンボル社会」などと意味不明な言葉を言うが重ねて場違いである。古代を全く理解してないのであろう。

 それにしても、文書無き世界で、どんな言葉で抽象的な教義を異郷に伝道したか。まことに不思議である。

※広域政権の幻
 古代史学定説派は、さしたる根拠のない信念に基づく確信を形成していて、それは、奈良盆地中部、中和の政権が、周辺限定の地域政権でなく、西は九州北部から東は関東まで、東西を支配した広域政権との「定説」である。

 その中で、この番組で説かれているのは、政権中心を遠く離れた一隅で、それこそ、東西はるかな範囲に鉄器を供給していたとの作業仮説であり、両者は整合しない。

 それほど大規模な工房が鉄器の対価として入手した財貨は、どこに埋蔵されているのかということもある。

                     未完

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