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2018年2月 3日 (土)

私の意見 英雄たちの選択 ニッポン 古代人のこころと文明に迫る 5/17

私の見立て★★☆☆☆  2018/1/3   2018/02/03記

※鍛冶工房幻想
 唐突に滋賀県稲部遺跡の鍛冶工房の話になる。断りなしに二ヵ月前と言うが、同遺跡の発掘報道は、2016年10月であるから、今回放送から一年二ヵ月前である。NHK番組の再放送時の態度として、大変不用意である。

 新聞発表時に、丁寧に批判したので、極力手短に止めるが、要は、自身の所説に合うように、遺跡、遺物の考古学的考察を創作するのは、発掘に投じられた公費を私物化する不穏な態度だと思うのである。

 他の遺跡と同様、稲部遺跡は、現にそこにあるのであり、発掘された遺物も、間違いなくそこにあるのだが、年代比定や他遺跡との関連は、現代人の思惑が強く作用するので、不確かと見ざるを得ない。
 建物の規模から見て、当時近畿地区屈指の大勢力と言うが、「当時」がいつかという大きな課題を抱えた発言である。

 現地責任者が、ここでは大風呂敷を広げず、広域供給については可能性に止めたのは賢明である。自己中心の大風呂敷で転けている学識者は、枚挙のいとまがない。

※死の商人
 出土した鉄鏃を武器に限っているが、当然、狩猟の具でもある年中戦争していたと見ているのだろうか。因みに、鉄鏃ならぬ石鏃が、今でも、生駒山系の田地から出土するらしい。

 「大乱」説を絵解きすると、数十人同士で一時間も矢戦すれば、何百本と矢が飛び交う。当然、双方とも矢避けするだろうから、当たるのは一部で、大半は外れである。何十年と続ければ、そこら中鏃だらけではないか。乱世万歳。古代の死の商人は、繁盛したことであろう。

※鍛冶工房願望
 丁寧に言うと、関係者の強い願望にも拘わらず、この番組に示された鍛冶工房観は、不確かなのである。
 鍛冶工房の存在は明らかだが、この規模の鍛冶工房を運用した経済活動はいつのものかということである。
 当鍛冶工房は考古学体系にはめ込まれていないので、勝手に時代設定や社会背景をあてるのは禁じ手である。

 因みに、「鍛冶」と言う言葉がこちらで生み出されたように、鍛冶技術は、中国由来と言い切れないのである。

 ともあれ、再現された規模の工業団地に必要な鉱物と燃料の供給は広範囲であったろうし、多くの専門技術者が従事し、技術者食料など生活維持は、大規模であったろうし、大量の産物の供給先も広範囲である。
                     未完

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