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2018年2月

2018年2月28日 (水)

今日の躓き石 NHKニュースのリベンジ汚染 小平選手の汚点拡散

                      2018/02/28
 今回の題材は、まことに困ったことに、NHK地上波の昼の全国ニュースである。

 金メダリスト小平選手の失言が、字幕で でかでかと報道されていて、「リベンジ」という不届きなカタカナ語になんの説明もないので、当人に不穏当な発言が世界に発信されることになり、どうしたことだろうと歎くのである。
 当人の決意を語る発言として、これしかなかったのであろうか。

 視聴者が、これは、当人の誰かに対する憎しみ、「復讐」、あるいは「意趣返し」の発露だと受け止めることがあると思われる。それでは、折角のフェアプレー精神が台無しである。

 繰り返すが、なぜ、当人の失言をそのまま報道したのか、公共放送の見識を疑わせるのである。

 NHKには、今回の失態の意味を理解して、是非とも、スポーツ界に蔓延する悪質な失言を撲滅するように働きかけていただきたいものである。

 次世代をになう若者が忌まわしい言葉に染まらないように守るのが、公共放送放送の務めと信じるものである。

以上

2018年2月24日 (土)

今日の躓き石 毎日新聞スポーツ面の汚点 「リベンジ」楽しむ大見出し

                     2018/02/24
 本日の題材は、毎日新聞大阪夕刊第三版、スノボパラレル大回転の報道である。

 「リベンジ」を「楽しむ」とは、未曾有の破廉恥さであるが、当の選手の言葉ではなく、担当記者の暴走のようである。「過去の競技人生の中でも最大級」などと、無意味な絶叫言葉を並べているが、一競技の一選手の大した実績もないキャリアのわずか四年ほどの一コマで、何が最大級だろうと、読者の知ったことではない。飛んだ恥かき言葉であるが、それをわざわざ報道するのが悪いのである。

 記事では、自信を持って臨んだワールドカップ連戦で負け続けた「悔しさと怒り」が、乱暴な言葉となり、血なまぐさい見出しを書かせたのだろうが、毎日新聞の署名記事でお目にかかるとは、何ともお粗末な「報道」である。

 全国紙の報道に求められるのは、選手のひたむきな姿を読者に伝えることであり、仮に、身勝手で筋違いな八つ当たりに耽っていても、それをことさら伝えて貰いたくはないのである。

 折角のオリンピック報道が血塗られていては、宅配紙を返品したくなるのである。 

以上

2018年2月17日 (土)

今日の躓き石 フィギュア連覇の大偉業に冷水の失言

                                   2018/02/17
 今回の題材は、羽生選手のショートプログラム終了時のコメントに対する苦言である。

 問題は「リベンジ」と言う悪い言葉であるが、たっぷり喋っているので、これがおそらく個人的な復讐ではなく、「再チャレンジ」の意味だと思う、世界一の名選手が口に出すべき言葉ではないと信ずるので、ここに公言する。 

 「リベンジ」なるカタカナ語は、本来英語のRevengeを取り込んだもので、復讐、血祭りの言葉であるが スポーツ関係には、古来、いや現在も、一部選手には、物騒な言い方が勇気の印として好まれているようであるが、羽生選手は、そうした低次元の失言をしたわけではない。

 それが、近年、「再チャレンジ」の意味にしゃれていうのが流行っているようで、時折、毎日新聞やNHKのような権威あるメディアに登場して、当方の嘆きをかき立てている。露骨に不穏当な言葉ではないので、談話を撮り直すなど、強く静止できないものと思われる。

 ということで、今回は、そのまま流したのだろうが、ある意味、当人にとっては、一生の恥かきになっていて、気の毒である。アルペンの女子選手の談話では、生の発言のままかどうかは別として、「再チャレンジ」と語られていて、安心するのである。

 これまで人前で「リベンジ」と言ってないとは思えないが、周囲の人は、無頓着に聞き流していたのだろう。だれか、気づいて注意して上げていれば、こんな取り返しの付かない失言はしないで済んだのにともったいないと思うのである。

 因みに、毎日新聞とNHKの使用例を見ると、ほぼ半分が、リベンジは「復讐」と見た物騒な使い方であり、残り半分は軽い「再チャレンジ」である。
 つまり、「リベンジ」と言うカタカナ語は、大きく解釈が分かれているので、発言者の真意を誤解される可能性が高いのである。

 いや、それ以外に、カタカナ語の意味がわからないと途方にくれる読者/視聴者も少なくないのである。メディアの記者なる専門家(言葉のプロ)の意見が一致しないのだから、一般人にわかるはずがないのである。

 厄介なカタカナ語の中でも、リベンジは、テロリスト同調発言ととられかねない物騒な最悪の言葉ので、若い人の間の蔓延を鎮めて、できることなら、今世紀前半で撲滅したいものである。

 いや、以上の議論は、スポーツ選手自身には重すぎるかも知れないので、指導者の方がよくよく分別した上で言い聞かせて欲しいものである。

 今回の議論は、羽生選手の邪魔になっては困るという事で、あえて一日温めたが、といって、ここて言わなければ、本人の耳に入る事はないので、「なさせばならぬ」とばかり言い立てたのである。

以上

2018年2月 4日 (日)

今日の躓き石 毎日新聞の情けない、やりきれない記事 「リベンジ」

                                                           2018/02/04
 今回の題材は、毎日新聞の記事だが、紙面未掲載であり、ウェブサイト掲示のものである。
 
 4号機のリベンジ 1200人が歓声
 
 スポーツ界、特に野球界で深刻に蔓延している「リベンジ」汚染だが、時折、社会面記事に飛び火して、嘆かわしい事態になっている。
 
 当記事では、担当記者は、集まった人たちが、「4号機のリベンジを」と願ったと報道しているが、一般人の言い立てる言葉とは思えないので、不審である。
 
 毎日新聞は、真実を報道するために、全員と言わないまでも、大勢をインタビューして、言葉遣いを確認した上で「リベンジ」と言ったのだろうか。
 正直言って、当方は、これは、「報道」でなく、やらせならぬ「言わせ」でないかと疑っている。
 
 見出しでは、4号機がやり返したようにも見えるが、今回は、5号機が、4号機の失敗を受けて、再挑戦したらしい。
 
 それにしても、失敗は当人の失敗であり、誰かにやられて仕返しをする状況とは思えない。殊更、血祭りに上げるような敵はいないはずである。
 それとも、そこにいた1200人が、揃って不都合な叫び声を上げたのだろうか。だれが煽動したのだろうか。
 
 もし、これを、復讐だ、やられたからやり返す、という人がいたら、間違った言葉遣いを正して上げるのが、全国紙の務めではないか。
 
 間違った言葉遣いを報道して、世間に悪いお手本をまき散らすのは、全国紙としてこの上ない恥である、と思う。
 
 何とも、情けない、やりきれない記事を見てしまった。
 
以上

2018年2月 3日 (土)

私の意見 英雄たちの選択 ニッポン 古代人のこころと文明に迫る 17/17

私の見立て★★☆☆☆  2018/1/3   2018/02/03記

*締めくくり
※モニュメントチェンジの錯乱怪

 司会は、神がかりして「モニュメントチェインジ」などと言うが、なぜ普通の人にわかる言い方で言わないのか。

※おとぼけ結語
 別の司会が、本特番の内容が、一貫して今日の文化の前提と締めたが疑問である。各項は、史書に記録されてないから、遺跡・遺物から勝手に推定したものであり、あくまで、番組制作者の勝手な意見である。
 例えば、司会の度々の暴言も当然として取り込んでいるが、殺戮正当化の部分にも同感しているのだろうか。


※賢明な締めくくり
 最後に、主賓の役どころで、支配者が作り出した「権威の見せ方」、つまり「演出力」が示されていたと、一般人にわかる言葉で番組を締めたのは、大変有り難かった。

※蛇足の神がかり
 司会の蛇足で、「日本文明」と時代錯誤の言葉を蒸し返し、えんえんと、時代の共同の幻想のシンボルやモニュメントが生まれる、とか、中央で作られたものが「ぶわっと」周辺に伝わる、とか、意味不明な言葉を連ねて後味が悪かった。

 思うに、このシリーズは、司会の「歴史学者」が、はしゃいだり、ドスを利かしたり、俗な手口で番組を仕切るのだが、その際に、当人の脳内奥のプライベート世界のことばで呪文を唱えるから、普通の人間には何のことか理解できない。あるいは、当人もまるで理解できていないのか。

※心を開いて
 司会が本特番で乱発した「神がかり」は、ご当人のインビジブルなる世界の風景なのだろうが、人の脳内概念は、どう転んでもインビジブルであるから、せめて、私的な閉塞したプライベート界の手前味噌発酵言葉でなく、外界と交流するパブリック界の平明言葉で語って欲しいのである。
 脳内と外界の言葉が結びつけば呪文でごまかす必要はないのである。

 いや、ローマ人の住居風のプライベート界/パブリック界の概念は視聴者になじんでいないから、古めかしい言葉で言うと、閉じたまぶたと心を開いて、「主観」世界で構築した理論を、「客観」世界にもたらして欲しいのである。

※聞き役愚問の勧め
 こうした際は、聞き役が、初歩的な質問を挟んで、専門家がそれに応えることで視聴者のわかる言葉になるが、当特番では、そうした配慮がなく、二時間にわたり、司会とその場の面々の業界言葉が飛び交うのである。

 NHKともあろうものが、番組作り初心者レベルの手口もこなせず、出演者と視聴者のつながりが断たれたままの下手な番組作りを続けたのが嘆かわしいと愚考する。
                       完

私の意見 英雄たちの選択 ニッポン 古代人のこころと文明に迫る 16/17

私の見立て★★☆☆☆  2018/1/3   2018/02/03記

※古代文明の興亡
 確認すると、蘇我氏は、河内平野中南部に本拠を持つ氏族集団、言うならば、南河内勢力であり、誰かの臣下ではなかったようである。
 有力豪族の中で新来であったために、広く張り巡らされていた同族連携の「氏神」の網が持てなかったということであろう。その不足を乗り越えるために、先ずは、各地に広く親族を配置している物部氏を排除し、次に、仏教信仰を利用して、氏神を覆い隠す「氏寺」の網を張ろうとしていたものと思う。

 蘇我氏は、すでに、確固たる政権として、創世神話を編纂する機会まで得ていたから、あえて、既存政権を打倒する必要はなかったはずである。

 蘇我氏は、そのように、効率の優れた専制「国家」であったため、英邁な元首の死によって、あっけなく瓦解したのであろう。各地に親族を住まわせていた物部氏が、宗家が討伐されたために、一気に瓦解したのに通じるもろさである。

※大和国台頭
 言うまでもないが、後年の仏教国家は、諸国に国分寺を設けて、その土地のものを氏寺に帰属させ、国分寺を媒体として、戸籍などの文書管理を普及させ、中央の指示文書で地方が服従する首尾一貫した体制であり、蘇我氏の敷いた手本の上に、平城京を中心とした「日本」が形成されたものと思われる。
 多分、この辺りの推測は、定説に近くなっていると思うが、差し障りがあって明言できないと愚考する。
 ということで、普段は、国内史料批判は控えているが、今回は、避けられなかった。

※喪われた蘇我文明
 司会の見識として賛嘆に値するのは、蘇我氏が文書管理したことを「蘇我文明」と呼んでいることである。ただし、この文明の文書記録が残されていないので、後世の文明は、「蘇我文明」の後継とは言えないのである。
 そして、蘇我氏の風雅や情感は残されていないから、現代人は、「蘇我文明」のこころに学べないのである。

 残された記録は暗殺者のものでしかない。暗殺者は、親族内の争いで、最後には、古代史最大の内戦を招き、多くの犠牲者を出してまで、権勢の保持を図ったと伝えられている。と愚考する。

 現代人はそのような文明を受け継いだのだろうか。
                     未完

私の意見 英雄たちの選択 ニッポン 古代人のこころと文明に迫る 15/17

私の見立て★★☆☆☆  2018/1/3   2018/02/03記

*新たな時代の改革者 蘇我氏遺訓
※見当違いの比喩
 当特番は、蘇我氏については、大分適確と思われる評価を伝えていた

 それにしても、権威者が、文書行政という古代国家の骨格を、インターネットに例えたのは大外れである。「インターネット」は、情報収集の場であって、道路網のようなものである。インターネット自体は、何もしてくれないし、有用な作業ツールでもない。
 次に出て来る「グーグル」は、おそらく検索中心の機能を目指すのだろうが、大事なのは、「フェイク」と真実を見分けて、有効な新知識を自分の思考の糧とすることであって、検索手段などではない事は言うまでもない。

 凡そ、専門家に求められるのは、深い学識であり、自分で良く理解できていない生かじりの比喩を持ち出すのは、専門外分野について混乱した脳内を露呈している。自分の持ち分の中で語るべきである。

※先駆者の偉業 「普通」の意義
 思うに、蘇我氏が導入した文書行政は、文字コードのUniCodeになぞらえるべきものだろう。土地ごとの言葉の違い、あるいは、身分や職能ごとの言葉の違いを融合できる共通基盤を提示したものと思う。話し言葉は分かれていても、書き言葉、そして、計数管理を、普通(広く通ずる)、つまり、普遍的にしたと思うのである。
 素人考えだが、文書記録に残っていなくても、そのような堅固な基礎が普通のものになってあって、始めて、八世紀型の統一政権が成立したと思うのである。

 集団内に読み書き算術者が多数いて、経理部門や戸籍簿作成、管理の書類作成部門があり、各工作部門の資材管理、納期管理部門があり、と、後世の産業的な組織が成立していたものであろう。
 蘇我氏が駆使していたのは、「スキル」、つまり、個人の技能の結集であり、それこそ、五年、十年の周到な訓練を経て始めて継承できるのである。読み書き算術の教育訓練のために、私学、私塾を運用していたのであろう。
 全て、勝手な推測である。

※文書国家の創世
 文書行政は紙行政であるから、組織内には、自製化した事務用紙が大量に出回っていて、遠隔地の出先が一片の紙で指示されて動作する先進性を有していたと思う。
 そのため、遠隔地と私的な(つまり、当時の中和政権の物ではない)文書便を運用していたと思う。そのような運用に必要な通貨も、何らかの方針で運用していたものと勝手に思うのである。
 組織の中核には、日々の活動を記録し、定期的に業務報告を奏上していた史官がいたと勝手に思う。書紀に上げられている史書は、蘇我氏の史官記録であったと勝手に思う。

 終始、勝手な言い方で言うと、蘇我氏は、れっきとした「古代国家」であり、実質的に八世紀型の広域政権だったのである。中和勢力は、蘇我氏と並び立つにしろ、国家の要件を他者に委ねている未熟な政権であり、時に提起されるような成熟した中央政権ではなかったようである。

                     未完

私の意見 英雄たちの選択 ニッポン 古代人のこころと文明に迫る 14/17

私の見立て★★☆☆☆  2018/1/3   2018/02/03記

※広域連合の虚妄

 交通手段が未開通で、しかも、文書通信の存在しない、できない時代、九州北部の筑紫と中和(中部大和)の纏向を結びつけた広域連合が成立していたというほら話に従うと、事ごとに不審感がやってくる。

 例えば、伊都国の一人の人物(卑弥呼)の擁立について、中和(大和中部)の地方政権であり、倭人伝に名の出ていない纏向政権がどうやって知り得たのだろうか。

 一ヵ月どころではない行程を駆けつけた伝令による召集を受けて、一か月どころではない行程を歴て、遠隔地の連合総会に出席するのだろうか。とても、国の体制を維持できないと思う。

※音信不通
 広域連合だと、立候補者に賛成するには、その場で投票するしか手段がないし、連合総会の決議に不満を抱いて脱退しても武力制裁のしようがない。諸国一体化どころか、けんかもできない遠隔交際である。と愚考する。

 各位は、当時、中和纏向から九州北部に届く広域政権が成立していて、一貫交通ができていたと決めてかかっていて、論点は、広域政権所在地だけのようになっている。

 しかし、三世紀前半、東西の果ての相互間で物資の流通があったということを示す出土遺物以外に、何を巨大政権説の根拠にしているのだろうか。

※狹域連合の勧め
 結局、三世紀の社会に見合うものは、広域ならぬ狹域連合でしかない。と愚考する。
 新王擁立の諸国総会は、諸国が出席に五日程度要する範囲に限られれば、なんとか想定できるのである。
 もちろん、それはそれとしても、通常の手順として、月に一度、国王臨席の朝会に参集できるかどうかである。
 文書通信のない時代、報告、連絡、指示、通達は、面談するか、伝令の伝言しかないのである。相互に、報告、連絡、指示、通達がなければ、統治-被統治の関係が維持できないのである。ほぼ筑紫内の狹域連合であれば、各国から盟主に税務、労役、軍務の義務が果たせるのである。

 広域支配としたとき、筑紫から中和まで大量の食糧貢納は不可能であるし、人員の労役、軍務派遣も同様に不可能である。何をもって支配というのか、疑問が絶えない。

 繰り返すが、多少の産品であれば、交易の鎖を辿って、数百㌖を、数か月、数年を経て移動できるが、一気に持参などできないのである。

                     未完

私の意見 英雄たちの選択 ニッポン 古代人のこころと文明に迫る 13/17

私の見立て★★☆☆☆  2018/1/3   2018/02/03記

*邪馬台国論
 ここまでの議論は、遺跡・遺物に基づく文献のない考古学的な議論なのだが、ここだけは、同時代文献が残っていて、その解釈に議論が集中するはずなのである。つまり、考古学は、一歩下がるものなのたが、当番組は、考古学的憶測のべた塗りである。

 ここに邪馬台国が来るのは、纏向墳丘墓が、卑弥呼遣使を時代的に遡るという一説に基づいているようである。
 しかし、魏書東夷伝では、大陸側の窓口として倭国を含む東夷との交流を管理した帯方郡は、纏向政権との交流を記録していないと見る。この難点は、重大である。
 帯方郡が消滅した後は、中国側に詳しい記録がないから、好きなように言えるのである。

※迷走・誤読の海
 邪馬台国論は、いきなり、倭人伝の誤読に始まる。と言うか、勝手に後漢書など後世編纂史書を取り込んだ、と言って失礼なら、自己流の創作を持ち込んでいる。

 倭人伝に基づく議論というならば、倭国内に三十国乱立も、七、八〇年にわたる「倭国大乱」も、各国総意の女王擁立も創作である。
 そうした大げさな表現の出所は、後漢書倭伝であるが、表向き、魏志倭人伝だけが史料と言うことで、その点に触れていない。
 言い古された事項だが、「邪馬台国」も後漢書にあって、倭人伝にはない。つまり、これも創作である。


 このように、出発点で大量の創作を持ち込むのは、倭人伝にない広域政権を土台にして、各説を展開したいという下心の表れなのだろうが、ちょっと行き過ぎている。と愚考する。

※卑弥呼の出自
 不毛な所在論を飛ばして、卑弥呼の出自を論じようというのだが、問題点がなおざりにされているので、各論言いっぱなしである。と愚考する。

 ここまで、しきりに纏向政権を拡大投影しているが、瀬戸内を通じた九州支配も当然としているようである。
 司会は、三世紀冒頭の世相のように言い立てるが、その時点で、伊都国と纏向政権が一体化して、連合国家を形成していたというのは、到底無理な話と思う。

 そもそも、倭人伝を読む限り、この時代、倭国の諸国は、主要国を除けば、王統の確立していない、不確かな寄り合いであり、とても「国家」などと呼べるものではなかったはずである。
 大半が国家になっていない集落が、多年に亘って互いに争い覇権を求めるというのは幻想である。と愚考する。

 そもそも、倭の国々が、全て王制を確立、継承していたというのは後漢書の創作である。司会は、無造作に諸国王と言うが、勉強不足の誤解発言である。と愚考する。
                     未完

私の意見 英雄たちの選択 ニッポン 古代人のこころと文明に迫る 12/17

私の見立て★★☆☆☆  2018/1/3   2018/02/03記

※纏向のまほろば
 隘路談義のついでに、纏向運河について雑感を述べると、運河遺跡の語るものは、常時そのような水運があったという事ではないであろう。纏向付近は、東方の山地から流れ下る河川の渇水と氾濫に苦しんでいたはずであり、運河は用水路、排水路となっていたと推定する。
 そのような、言うならば複合扇状地状態であったため、南北交通は、ながく、山腹を蛇行する「山辺の道」に頼ったのである。ために、狭隘で駄馬の陸運は運用できず、人力の背負子運びと思われる。

※幻の大和川水運

 同様に、盆地西方から河内平野の経路は、主に、竹ノ内峠越えのつづら折れの山道であったと思われる。

 大和川は、そもそも急流であり、時として暴れる川であるから、遡行の水運は成立しがたい(実際上、運用不能)と思われる。遡行を維持するには、人力または馬力曳き船が必須であるが、大和川の川岸にそれらしき曳き路が通じていた形跡は見つかっていないと思う。

 考古学者によると、海船が大和川を南下遡行して柏原辺りの船だまりで荷下ろししていた形跡があると言う。ここまでは、正確な推定だろうと思う。
 そこから、川船で大和川を遡行したと推定しているが、先に述べたように、それはできない相談であり、実際は、陸送に切り替えたのではないかと思われる。

※喪われた大和川水運
 元々遡上できなかった大和川が、纏向造成時代に開鑿されて、建築資材などの重荷搭載した川船を曳いて遡上したとしても、後世、平城京時代は、途絶したのではないかと思う。
 遡上運行が続いていれば、語り継がれているだろうから、そう思うのである。後年設営された平城京は、盆地北部のなら山のすぐ南であり、大和川水運から大きく遠ざかっている。

 因みに、当番組では、古墳造営故事のどさくさ紛れに、大和川を遡行して石材を大量運搬したとか、九州方面から瀬戸内海を歴て貢ぎ物を献じたとか法外な空想まで持ち込んでいる。
 纏向領域で、九州を含む各地産物が発掘されたのは事実だろうが、当時は、それほどの広域を支配した政権が存在しないから、政権が指示して、はるばるここまで貢納させたわけではないのである。

 大層なことを言わなくても、地域間交易の鎖が繋がっていれば、誰かがわざわざ持参しなくても、月日は要するが、ものは自力で到来するのである。

 纏向説は、当時限りの「共同幻想」と思えるのである。

 当特番では、大規模墳丘墓を、ほぼ纏向に限っているが、吉備や河内、さらには、南山城の墳丘墓については、ほとんど語らないのである。これも、不思議である。
                     未完

私の意見 英雄たちの選択 ニッポン 古代人のこころと文明に迫る 11/17

私の見立て★★☆☆☆  2018/1/3   2018/02/03記

※纏向遺跡の出現 未踏の大事業
 続いて、纏向の権威者は、「箸墓古墳」が最初の巨大古墳と言い放つが、異論は多数あるであろう。なぜか、百メートル台は「巨大古墳」でなく、二百メートル台になったのが、画期的という意味が不明である。と愚考する。

 民博の方は、纏向が巨大墳墓の最初と決めつけていて、その勢いで、ここから巨大墳墓造成の指示を出したために、結果として絶大な権力が形成されたように言う。

 しかし、これほどの巨大な造成が破綻せずに実行できたのは、読み書き算術に熟達したものが、文書で計画管理し、古代国家の要件を備えていたからだと思う。権力という力尽くでなく、「知」の集結であろう。

 どの墳丘墓が最初であれ、地域初の前例なき巨大墳墓は、前例なき広範囲から、前例なき大量、長期動員することが必要であり、そのような前例なき指示を出し、どれだけ年月を要して、どれだけ苛烈に強制したかは別として、最終的に完工できるまで、地域全体を管理、服従させたということは、それ自体、文書行政に基づく、前例なき強固な機構が確立していた証拠ではないか。
 「読み書き算術」を供えた、有能な官員が多数育成されていなければ成り立たない話してある。

 そのような偉大な「国家」機構が、順当に後継されず消えたのは不思議であるが、それは、当方の知ったことではない。

※中和への物流の担い手
 「もの」は、自分で移動する足はないが、近隣交易の連鎖によって、バケツリレーのように集落間を移動して、終着地に到着するのである。と愚考する。

 行商人が担いで回ることもできる。鉄斧、石材や米俵は無理だが、釣針、縫針の小物を背負子一杯担いで行けば、どこに行っても、寝泊まりできるし、食うに困らない。

※隘路談義

 当シリーズの別の回で、平城京の物資隘路に業を煮やした聖武天皇が、なら山越の恭仁京や竹ノ内越えの難波京への遷都を行ったとしている。
 平城京南方の纏向は、三―四世紀は、人口集中が進んでいないから、物資輸送の隘路はまだ深刻でないにしても、河川交通に恵まれていないという本質は同じである。
 さしあたっては、背負子担ぎとすると、峨々たる竹ノ内峠も、つづら折れの道をゆるゆる上れば越せるのである。

 一方、淀川水系の終着地木津から緩やかな「ならやま」越えなら、竹ノ内越えよりずいぶん楽なのである。
 当時の社会は、地域政権の所帯が、大量の食糧搬入なしに生存できる程度で、人口安定していたはずである。

 まほろばは、稔り豊かな桃源郷ではないと思う。
                     未完

私の意見 英雄たちの選択 ニッポン 古代人のこころと文明に迫る 10/17

私の見立て★★☆☆☆  2018/1/3   2018/02/03記

※直列配置という選択

 因みに、建物群を一直線上に揃えるのは、総設計者が、方針を立てて指示するだけで、何ら超絶技術を要しない。建物群を乱雑にせず整然とする選択肢は、当然と思われる。
 洛陽城等の大規模都城は、直線配置にしなければ構成できず、権威などと言ってられないのである。

 これほどの建築物を構想、作図、施工監督できるほどの人材であれば、手元にいろいろ前例を書き留めていたろうから、別に驚くことはなかったと思うのである。

 いずれにしろ、一旦建物の建築が始まれば、縄張りできないので、整然と配置できないことは、自然の理である。全て、段取りの問題であり、経験豊かな総監督と手際のよい大工頭が揃って始めてできることである。

※突然の角材建築

 要は、鋸も鉋もない時代、柱材にする木材を山から切り出して角材に製材するとき、定寸に仕上げるのが大変困難(実際上不可能)であったと愚考する。

 伐採地近くでの製材段階から入念に指導しなければ、必要な木材の必要な寸法の角柱は手に入らない。

 鋼製大工道具が大量にあれば、時間をかけて仕上げることはできるが、三世紀前半、そうした大工道具を駆使する大工を揃えられなかったはずである。盆地周辺で柱材を伐採しても角柱を揃える困難さは絶大ではないか。

 ついでながら、後世の寺社建築のように、角柱をほぞ組みして組み上げるには、当時の在来技術から見ると、超絶的とも言える設計技術と加工技術が必要であり、しかも、設計図面のような実制作の裏付けのない、単なる構想(コンセプト)では、俗に言う画餅であり、とても実現できなかったと思われる。

 繰り返すが、ここで想定している纏向建物群は、とても、三世紀の技術ではできなかったものであろう。できていれば、当然、直ちに君主の居所など実用に供されていたはずである。

※応用展開
 それにしても、木造建築の技術と経験は、墳丘墓の採石、土木工事は、専門外であり、ほとんど生きなかったと思う。おそらく、現場監督は、総入れ替えになったと思われる。
 用材の伐採、製材に始まる建物群の大規模技術は、建物にしか活かされないのである。

 各地の墳丘墓造成には、新たに訓練した職人が多数派遣されたはずであり、それぞれ、文書化した指南書を持参したはずである。かなりの人数が、読み書き算術に習熟していたはずである。
 巨大な墳丘墓の造成は、大仕掛けであり、文書連絡無くして達成できないからである。と愚考する。

                     未完

私の意見 英雄たちの選択 ニッポン 古代人のこころと文明に迫る 9/17

私の見立て★★☆☆☆  2018/1/3   2018/02/03記

*驚きの大型建物群
 纏向建物群の時代比定は、時代に似合わぬ工法を想定していて、玄人筋の疑惑を招いているようである。 
素人なりに考えると、後世、仏寺建築に半島から技術者を招請したときには、すでに鋼の大工道具が到来していて、製材工や大工を養成できていただろうから、大規模建築に必要な長寸の角柱が製材できたように思う。
 この点の見極めは、纏向建物群の時代考証に不可欠だが、説明者は、この点を言いたくないようである。

※柱穴と柱
 素人考えで恐縮だが、纏向建物群が三世紀前半のものだというのなら、当時建造可能な丸柱で、屋根の低いものであったろうと感じる。

 纏向建物群で、角柱穴が出現したことから、画期的な角柱が採用されたと提唱されているが、丸柱に角柱穴を掘ったのではないかとの批判に応えていないようである。
 つまり、敷地縄張り時に、各柱穴の位置を決定するが、その際、角穴を掘ったのではないか。それだけである。
 建築の際の各部の組合で、位置調整が予想されるから、大きめに掘った可能性がある。それまでは、個別の建物の縄張りの際に、柱穴位置に柱材を据えて、現物合わせで丸柱穴を掘ったのではないかと思うのである。

 建物の高さは、柱穴から推定した柱寸法による柱強度に従い計算するのだろうが、柱が柱穴より細ければ、推定高さを低くなるものと思う。

 是非、当時の工事手順を考慮の上、妥当な配慮をいただきたいものである。

※画餅技術の発展
 表示されたような概念図を描き上げるのは、CG技術者には児戯の類いであろうが、少なくとも要所に角柱が揃わなければ、このような大規模建物は、実現困難な「画餅」と思われる。何より肝心な、材料力学的な構造計算はどうなっているのだろうか。
 当時の遺物に描き残された建物外観も、現実の記録なのか、関係者の願望なのか不確かではないか。

※屋根屋の嘆き
 さっさと描き進んだ萱葺きらしき屋根は、どんな足場と道具でこの高さと傾斜としたのか。すでに、練達のとび職や屋根屋がいたのだろうか。
 また、高温多湿の夏、急速に進展する雑草繁茂や鳥や虫の害をどんな手段で防いだのか、興味津々である。
 後年、葺替に要する人員の動員と萱材調達が困難で、20年程度で廃棄したのではないか。
                     未完

私の意見 英雄たちの選択 ニッポン 古代人のこころと文明に迫る 8/17

私の見立て★★☆☆☆  2018/1/3   2018/02/03記

*謎の青銅器銅鐸
 淡路島の銅鐸発掘の成果を見て、新たな角度から銅鐸に考察が加えられている。

 因みに、今回の発掘で出色なのは、舌の実物が出土したということである。鐸が、内部に吊した舌によって発音するのは古くから定説となっていて、中でも、内部に木製の舌を吊す鐸は、木鐸として知られていた。

 「銅鐸文明」は、銅鐸を核心とした一つの風俗、宗教体系であるから、核心が滅んで文明全体が滅んだのであり、つまり、文明の担い手が滅んだということである。

※文明の大安売り

 特番では、東夷の古代史に「文明」を大安売りしているが、少なくとも、本来の中国語の「文明」は、文字使用と文字記録が必須ではなかったか。いくら芸術的な完成度が高くても、文字なき文明はおかしい。以下、仕方なく「文明」と言うが、同意していないことは明記しておく。
 言ってもしょうがないのだが、安直な受け狙いの言葉の安売りは、直ぐ大安売りが普通の値頃感になって、無感動になってしまう。最悪の販促策である。
 別の場所、別の論者によると、いまや、甕棺埋葬のような、葬礼形態まで、文化、文明視されるご時世である。

 さて、それはさておき、ここで提唱されているのは、銅鐸時代は、日本海から畿内に齎された技術と鉱物で、独自の高みに達したというものである。

 根本的な不審は、かくのごとく銅鐸を最高の崇拝対象としていたものが、ある日、その崇拝物を残らず埋めてしまう精神構造は想像できないということである。
 一時、鐸を至高と称揚していた支配層が全滅して、銅鐸文化・文明は、断絶したのではないか。その証拠に、今日、木鐸を粛々と鳴らしても、一般人は特段感動しない。

※銅鐸音の衝撃

 民博の方は、銅鐸音は、初耳に衝撃を与えると言うが、しょっちゅう鳴らしたら初耳もないものだと思う。
 そこに、別の専門家による神がかりで、「音は思考を停止させる」と言うが、意味不明、理解困難な呪文である。人の思考が停止するのは、死ぬときである。
 それまでも、銅鼓などの金属音は聞けたはずである。いや、相手がだれか知らないから、断言はできない。

※神がかり
 司会は、神がかりで、銅鐸の音が、稲の成長を促すと言う。音の肥料とは物騒である。古代人は、稲の生長に日照と灌漑水が必須であることは知っていたし、収穫期に襲来する雀が、稲穂を食い散らすのは知っていたろうが、金属音を鳴らし続けないと、穫り入れが伸びないとは思っていなかったと推定している。と愚考する。
                     未完

私の意見 英雄たちの選択 ニッポン 古代人のこころと文明に迫る 7/17

私の見立て★★☆☆☆  2018/1/3   2018/02/03記

※環濠内外
 言うまでもないが、環濠集落でも、耕作地の大半は、環濠外である。
 
環濠は、本来、生活用水路や運搬手段ではないかと思える。また、熊やイノシシなどの野獣の侵入を防ぐ目的も含めて、平時の役目があったはずである。

※時代錯誤、用語錯乱

 それにしても、歴博の方の口ぶりは、時代錯誤連発で、一般人には、理解困難である。一般人に理解困難な言葉を粗製濫造して何が伝わるのだろうか。

 「サービス業的な経済観念が芽生えていた」とおっしゃるが、当時カタカナ語は一切なかったし、現代語としても、「サービス業的な」「経済観念」なる現代風の専門語、一般人が判じかねる呪文めいた用語は通用していない。

 当時の社会が見えたとしても、そのような時代錯誤の言葉で何を言いたいのかわからない。そして、そのような呪文は、言いっぱなしで何も補足がない。視聴者がわかろうがわかるまいが関心ない感じである。

 それにしても、当時占い暦があったとはユニークな発想である。だれが暦を伝えどのように広報したのだろうか。時は、鉦や太鼓で伝えられるが月日はどうしたのか。

※付加価値の時代錯誤
 歴博の方は、ここで「付加価値」なる迷言を吐くが、付加価値とは、例えば、剣に、束や鞘を付加するように、剣は剣のままで、つまり、産品自体はそのままで、装飾や付属物を付け加えることで、産品全体の市場価値を高めるものである。だから、価値の増えた部分のことを「付加価値」として訴えるのである。
 金属素材を鋳造なり鍛冶加工して、産品を作るのは、素材から産物に、ものの性質が全く変化するので、価値も一変するのであり、付加価値などとは無縁である。これは、現代でも同じである。

※価値の基準なき世界
 また、当時は、広い世界で普遍的な通貨がないから、市場価値なる、価値判断は、当事者によって異なる。
 さらにいうと、素材を買ったときに売り手が評価した価値と産品を売るときに買い手が評価する価値は、比較対照しようがないから、価値の増減は評価しようがない。

 その意味でも、「付加価値」なる現代用語は、適用しようがない。時代錯誤、用語錯乱の悪例である。

                     未完

私の意見 英雄たちの選択 ニッポン 古代人のこころと文明に迫る 6/17

私の見立て★★☆☆☆  2018/1/3   2018/02/03記

※更なる神がかり
 そこから司会は、時折示す神がかりを駆使して、ブツブツ呪文の後、「シンボル社会」など意味不明の発言であるが、このたびも意味不明の塊である。古代にそんな概念はなかったから、無意味な自己満足ではないか。

 続いて喚いている、甲骨の亀裂から啓示を読み取る儀礼は、簡単に体系化できるものではない。殷墟の甲骨遺物は、無数の文字を読み取ったと示し、神がかりではない。一種理詰めなのである。実見したらいかがかと思う。

 鉄素材を輸入したと言うが、どうやって、輸入代金を支払ったかの示唆も無い。奪い取ったというのだろうか。

※戦争の創造
 続いて、鳥取で出土した殺傷人骨が語られているが、同時代遺物との確認はされていないのではないか。また、武器は鉄に限らない。銅鏃も出土していたという、程度の認識である。
 水利争いなどで、周辺集落と起こしがちな諍いを仲裁するために、各地に氏神があった。地区ごとの力関係を確かめるために、祭りで力比べしたはずである。

 古代における「戦争」が語られるが、戦争は国家間の紛糾を解決する正当な手段であり、国家がなければ、それは私闘、あるいは、野盗の不法な襲撃であって、戦争と正当化することは許されない。おつむのねじを締め直して欲しいものである。

※幻の略奪者
 ということで、大量殺傷は、遠距離の外部から侵入した外来者の仕業と見るとして、稲作振興で富・財産が貯蔵されると言っても、互いに犠牲の出る掠奪で勝ったあげく、一年分の米俵を地の果てまで担いで帰るのは、戯画ではないか。掠奪行の間、兵士達は精一杯食べるのである。戦果で報いる必要もある。
 また、そんな掠奪行は毎回成功するわけはないし、互いに多数死傷する。奪われた側は長年にわたって、収穫不足に苦しみ再掠奪できない。総じて言うと、掠奪行は、持続できないのである。

※困ったときの神がかり
 またもや、司会者は、環濠集落が、内外隔絶をもたらし、外のものが内のものを情け容赦なく殺戮したという。
 しかし、そうした「文化」が、つまり、そのような思考が、どこからやって来て、どのように引き継がれたか語っていない。少なくとも、江戸時代以降、そのような掠奪専業者は出ていない。番組の本旨にどう関係するのか。それとも、司会者は、盗みや殺戮が、古代以来受け継いできた、われわれ固有の文化というのだろうか。
                     未完

私の意見 英雄たちの選択 ニッポン 古代人のこころと文明に迫る 5/17

私の見立て★★☆☆☆  2018/1/3   2018/02/03記

※鍛冶工房幻想
 唐突に滋賀県稲部遺跡の鍛冶工房の話になる。断りなしに二ヵ月前と言うが、同遺跡の発掘報道は、2016年10月であるから、今回放送から一年二ヵ月前である。NHK番組の再放送時の態度として、大変不用意である。

 新聞発表時に、丁寧に批判したので、極力手短に止めるが、要は、自身の所説に合うように、遺跡、遺物の考古学的考察を創作するのは、発掘に投じられた公費を私物化する不穏な態度だと思うのである。

 他の遺跡と同様、稲部遺跡は、現にそこにあるのであり、発掘された遺物も、間違いなくそこにあるのだが、年代比定や他遺跡との関連は、現代人の思惑が強く作用するので、不確かと見ざるを得ない。
 建物の規模から見て、当時近畿地区屈指の大勢力と言うが、「当時」がいつかという大きな課題を抱えた発言である。

 現地責任者が、ここでは大風呂敷を広げず、広域供給については可能性に止めたのは賢明である。自己中心の大風呂敷で転けている学識者は、枚挙のいとまがない。

※死の商人
 出土した鉄鏃を武器に限っているが、当然、狩猟の具でもある年中戦争していたと見ているのだろうか。因みに、鉄鏃ならぬ石鏃が、今でも、生駒山系の田地から出土するらしい。

 「大乱」説を絵解きすると、数十人同士で一時間も矢戦すれば、何百本と矢が飛び交う。当然、双方とも矢避けするだろうから、当たるのは一部で、大半は外れである。何十年と続ければ、そこら中鏃だらけではないか。乱世万歳。古代の死の商人は、繁盛したことであろう。

※鍛冶工房願望
 丁寧に言うと、関係者の強い願望にも拘わらず、この番組に示された鍛冶工房観は、不確かなのである。
 鍛冶工房の存在は明らかだが、この規模の鍛冶工房を運用した経済活動はいつのものかということである。
 当鍛冶工房は考古学体系にはめ込まれていないので、勝手に時代設定や社会背景をあてるのは禁じ手である。

 因みに、「鍛冶」と言う言葉がこちらで生み出されたように、鍛冶技術は、中国由来と言い切れないのである。

 ともあれ、再現された規模の工業団地に必要な鉱物と燃料の供給は広範囲であったろうし、多くの専門技術者が従事し、技術者食料など生活維持は、大規模であったろうし、大量の産物の供給先も広範囲である。
                     未完

私の意見 英雄たちの選択 ニッポン 古代人のこころと文明に迫る 4/17

私の見立て★★☆☆☆  2018/1/3   2018/02/03記

*「新たな弥生人像」
 先ずは、鳥取県青(あお)谷(や)上(かみ)寺(じ)地(ち)遺跡の紹介である。

 日本海沿岸に形成された沿海交易の多年に亘る繁栄の形跡が発掘されていることが示されている。

 丸木舟や釣り針などの漁具から、海産物を産出したと窺える。さらには、高度な技術を駆使した木製品のように、今日にも引き継がれている民芸品が認められている。

 当遺跡は、粘土中に気密状態で残されていた遺物が豊富であり、有力産地であったことを窺わせる。

 さらに、工芸品の工作に不可欠な鉄器が多用されていたと見えるのは、後代において順当なところである。

 古代にあっても、ものは、豊富に産するところから、豊富に要するところに自ずから流れていくものであり、年月を経て、流通したものだろう。

※専門家の錯誤

 専門家は、「輸出」とか「海外交易」とか「付加価値」とか、現代用語を無造作に当てはめるが時代錯誤であろう。当時なかった言葉や概念は控えるべきである。
 ものごとには、全て萌芽の時代があり、成長期がある。いきなり、成人に達するのではない。

 しっかり、おつむのねじを締め直して欲しいのである。

※ついでに神がかり

 そこで神がかりを呼び出した司会者は、小声の早口で「意味が集団で共有されているのは哲学・宗教に近づいた段階」と言うのだが、現代語としても意味不明で、二重の意味で場違いな時代錯誤で番組を混乱させた。追い打ちで、「シンボル社会」などと意味不明な言葉を言うが重ねて場違いである。古代を全く理解してないのであろう。

 それにしても、文書無き世界で、どんな言葉で抽象的な教義を異郷に伝道したか。まことに不思議である。

※広域政権の幻
 古代史学定説派は、さしたる根拠のない信念に基づく確信を形成していて、それは、奈良盆地中部、中和の政権が、周辺限定の地域政権でなく、西は九州北部から東は関東まで、東西を支配した広域政権との「定説」である。

 その中で、この番組で説かれているのは、政権中心を遠く離れた一隅で、それこそ、東西はるかな範囲に鉄器を供給していたとの作業仮説であり、両者は整合しない。

 それほど大規模な工房が鉄器の対価として入手した財貨は、どこに埋蔵されているのかということもある。

                     未完

私の意見 英雄たちの選択 ニッポン 古代人のこころと文明に迫る 3/17

私の見立て★★☆☆☆  2018/1/3   2018/02/03記

※記録なき偉業 女子王卑弥呼
 よく知られているように、中国の魏王朝に使節を送り、倭王として認定された女王卑弥呼も、君主としての公式記録は書紀に書き残されていないと見る。

 書紀には、別の人物、天皇の未亡人であり、かつ、後継天皇の母であった神功皇后の伝に、不正確な示唆が書き加えられているようにも見えるが、これは公式記録と言えるものではない。

※記録なき偉業 蘇我氏の新政

 蘇我氏は、財務経理の能力を有し、文書記録の能力があったから、広域国家の基礎となる文書行政の仕組みを持っていたと思われるが、伏兵に打倒され、その偉業は失われた。当然、君主として公式記録にとどめられていないが、仏教布教によって文明開化の礎を築いたことも記録されていない。

※司会者神がかりへの逃避癖
 番組の進行で不可解なのは、司会者が、突然、神がかりして、個人的な感想を吐露することである。番組の定例で言うと、「選択」すべき課題解決策の考察材料を全部提示した上で、選択肢を明示し、参加者の意見を求めるはずなのだが、そうした手順もなく、神がかりで幕を引いて、次に進めるのである。

 番組に期待されるのは、遙か古代について思索を巡らすのに邪魔な現代人の先入観を捨てて、謙虚に古代人の視点に近づく理路を示して欲しいのだが、司会者は、古文書の残されていない古代を見通す目を持たず、行き詰まると、早口で呪文を唱えて片付け、誰も異を唱えないのである。

 現代人の勝手な呪文が通じるのは、せいぜい江戸時代中期ぐらいまでであろう。それ以前の人々の思いは、根源から異なるから、現代人の呪文は全く通じないのである。
 いや、当番組は、本来、古人の感興を、個人の言葉で理解しも現代人に伝えるものではなかったかと思う。

 咥えて、司会が投げ出す神がかりの呪文の中には、番組の本旨に反する粗暴で不適切極まりないものもある。こうした暴言をたしなめる人も無く、暴言は暴言のままで終わっている。NHKも堕落したものである。

※闇鍋事例
 当番組で、視聴者は、各部の当事者の断片的な主張の羅列を聞くだけで番組の最後に辿り着き、困惑の中に放りだされるのである。

 以下、当ブログは、当人もいやになるほど、懇切丁寧に問題点を指摘していくことにする。

 各研究者は、個人的な感想を述べる自由はあるが、必要な反証、反論から逃げて、不確かな私見を断定的に視聴者に押しつけるのはご勘弁頂きたい。
                     未完

私の意見 英雄たちの選択 ニッポン 古代人のこころと文明に迫る 2/17

私の見立て★★☆☆☆  2018/1/3   2018/02/03記

※嘘の皮
 当然、画面に日本地図を表示した上に何かの記号を無造作にずらずら表示して、視聴者に制作者の独善を押しつけ、誤解を期待するのも禁じ手であろう。安直であり「ウソ」(Fake)である。

 その意味では、本特番は、ほぼ一貫して時代錯誤の大安売りで公共放送の成すべきことではないと思う。

 「日本国号」を宣言した広域政権が成立した701年を画期的な「日本元年」として、それ以前は、一切「ニッポン」、「日本」を禁句とするのが、時代錯誤の戒めになるのではないか。

*記録なき偉業の謎

 さて、今回の特番では、倭人伝を除けば同時代記録がなく、遺跡や遺物などの考古学成果にのみ基づく思索を巡らしているが、公式記録が、官製史書日本書紀(書紀)に記述されてないことをどう考えるのだろうか。つまり、歴史の流れが記録伝承されていないという事は、これらの偉業は、現代に継承されていないと言うことになるのではないか。

※記録なき偉業 銅鐸文明

 書紀に銅鐸に関する「記事」がないのは周知である。

 「銅鐸文明」論は、一応、首尾が整っているように見えたが、結果だけ見ると、後世の記録に触れられることもなく、当然、倭人伝にも登場しないのである。

 もし、書紀が過去の世代の歴史を書いているのであれば、銅鐸の由来、効用、発展を記した後、何かの転機で廃棄されたと書くはずである。そして、銅鐸に代わって採用された「何か」について語るはずである。

 滅ぼされた先行文明は、紛々たる悪名を遺すが銅鐸文明は悪名すら遺さなかった。「文明」などと栄冠を得たものが、かくも簡単に消え去るべきだろうか。

 つまり、銅鐸祭祀は、書紀を編纂した政権のものではなかったのではないかと思われる。

※記録なき偉業 大規模墳丘墓
 前方後円墳と呼んでいる墳丘墓についても同様である。
 書紀に、このような墳丘墓は、いつから葬礼に採用されたか記録されていないし、この型式を何と呼ぶか書かれていないようである。また、どの墳丘墓に埋葬されたか適確に書いていないし、墓碑も残されていないと思う。

 当時、各墳丘墓には、所定の墓守を置き、四季礼拝や遺族の参拝を規定したはずである。盗掘、破壊の防止にも墓守は必要である。
 しかし、そのような記事は残っていない。墓制の大幅な変更は、天下の一大事であるから、布令があったはずだが、公式記録は残っていないようである。

 つまり、大規模墳丘墓は、書紀を編纂した政権のものではなかったのではないかと憶測するのである。
                     未完

私の意見 英雄たちの選択 ニッポン 古代人のこころと文明に迫る 1/17

ザ・プレミアム 英雄たちの選択新春SP▽ニッポン 古代人のこころと文明に迫る [BSプレミアム]
私の見立て★★☆☆☆  2018/1/3   2018/02/03記 復元再掲 2021/07/19

*NHK番組案内:チャンネル [BSプレミアム]
2018年1月3日(水)午後1:00~午後3:00(120分)
【司会】磯田道史,渡邊佐和子,【出演】里中満智子,
 中野信子,松木武彦,辰巳和弘,石野博信,倉本一宏
【語り】松重豊

ニッポンのはじまりスペシャル企画!最新事情を踏まえ古代人のこころと文明の成り立ちに迫ります。弥生人=稲作民という常識を覆す先進集落の実像とは?弥生人が銅鐸に求めた神秘のパワーとは?邪馬台国の女王・卑弥呼の出身地はどこ?司会の磯田道史が大興奮の古墳とは?さらに、悪役のイメージが強い蘇我氏が、この国に与えた影響も探ります。弥生から飛鳥までを一挙に駆け抜けてみると、ニッポンのどんな原型が見えるでしょうか

*総評
 当方の知る限り、当番組は、昨年2017年にも放送されていて再放送である。昨年初見の際は、一般向け番組であり、個人的意見を批判する気になれなかったが、権威者揃いでもあり、まんま再放送という事は、ちゃんと批判されていないようなので、一視聴者として苦情を申し立てることにする。

※番組方針逸脱
 当番組は、本来、歴史上の分岐点で、「英雄たち」が直面した選択を明らかにして、視聴者にそれぞれの選択肢を吟味させるものであったはずである。ところが、特番は、「謎」の特異な解明を羅列するだけで、原型は示されず、無責任である。

※日本なき「にっぼん」文明
 この番組は、カタカナのニッポンを連発するが、それは、八世紀初頭に始めて採用された「日本」の国号を古代史に使用する時代錯誤を避けたつもりかも知れない。

 しかし、所詮、一般人は、文字より音声で識別するので、カタカナも漢字も同じ実態と受け止め、「ニッポン」と言っても、時代錯誤から逃げられないのである。

 古代史の議論に、広域政権が広範囲を支配していたと錯覚させる「日本」、「ニッポン」は、「絶対禁句」である。り、まして、「日本列島」は大禁句である。当時、北海道どころか、津軽海峡も知られていなかったはずである。当時なかった概念は、視聴者に謝った理解を押しつけるので、断じて使用すべきではない。(古代史分野で、漠然とした地理概念として「日本列島」を使用し、「日本」、「ニッポン」 の乱用を解けるとの提言があったことを発見したので、意見の一部を撤回する。)
                     未完
追記:当記事が消失していたのを、発見したので復元した。

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