私の意見 邪馬台国の会 第367回講演記録 大乱小論1/3
2018/04/29
1 中国・後漢末の動乱 2 倭国の大乱 3 古代青銅鏡小史
私の見立て 後記部以外は、未読のため、無評価。
当ブログ記事は、安本美典氏主催「邪馬台国の会」が、概算で三〇年を越えて、ほぼ月例で開催している講演の記録紹介と批判である。当ブログで「批判」が論点否定でないのは、いつもの通りである。
私の見立て ★★☆☆☆ 当部分に限る
ここで取り上げたのは、「2倭国の大乱」の一部であり、別記事の「長大論」で取り上げた段落に続く部分である。
■後漢末、遼東には、公孫氏が蟠踞(ばんきょ)していた
当段落は、前段に丁寧に展開された卑弥呼長大論挿話に続いて、今回の講演の本題である「大乱」を描き出そうとしていると思われる。
ことさら字数を費やして力説しているのは、倭人伝に書かれていない「大乱」を、それ以外の後世史書記録と風聞で綴り上げる大技を意識してと思われるが、論理の強さは、語勢の強さや字数の多さでなく、論拠の確かさ、論理展開の滑らかさにあるのではないかと思われる。
*段落総評
総合して、当段落の論説は、不安定な論拠と不安定な論理展開に陥っているものと思われる。
最大の弱点は、もっとも適確な記録と思われる倭人伝が記事に残していない「大乱」を、後漢書を起点として説くも、総じて根拠不確かで、論理展開も不出来なためと思われる。
また、倭人伝以外の部分の魏書記事を上げて状況証拠としているが、核心となる、寡黙な倭人伝を華麗に上書きする論拠を持たないものと思われる。
憎まれるのを承知で言うと、倭人伝に、『倭国「大乱」はなかった』と思われるのである。
*避けたい時代錯誤
講演録の限界でもあるが、全体に元号抜きで、当時ローマで通用していたと思われる太陽暦とは言え、後世、六世紀にローマ暦紀年に変えて採用されたとされる西暦年を表記するのは、誤解を招く時代錯誤である。横着とみられても仕方ない。
概念としての時代錯誤として「独立」がある。
公孫氏は、中央政府の諸侯管理の崩壊で帰属先を無くしたのであって、今日言う意味での「独立」などせず、後に帝都に人質を送ったが、自身の皇帝拝謁は行わなかった程度である。漢の一官吏であった曹操が、帝国崩壊の瓦礫から残骸を拾い集めて帝国複製品(レプリカ)をでっち上げたが、慌てて平伏する必要もあるまいと様子見していたと思うべきである。
文献記録の乏しい古代に対して、時代錯誤の概念を持ち込むのは、正確な時代観形成を疎外するように思われる。
未完
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