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2018年5月16日 (水)

倭人伝の散歩道 番外 吉野離宮 毎日新聞報道紹介

私の見立て★★★☆☆                  2018/05/16

 本日の題材は、毎日新聞大阪13版社会面記事であるが、別に文句があるわけではない。手厳しい批判が続いたので、普通の記事に対して普通の意見を書いて、当ブログの「普通」を示すだけである。

 まず、当然であるが、今回の記事は、橿原考古学研究所のサイトに発表資料の全体が公開されたのを受けた報道であり、新聞社としての報道としても、飛躍、こじつけを排した堅実なものであるから、褒められこそすれ、非難する要素はない。一読者として感想を述べているだけである。

 当記事の報道は、発掘された遺跡に基づく見解として、奈良時代前半の正殿跡とみていて、推定として、「聖武天皇の吉野宮か」と控えめで堅実である。正直、冬場、平城京に比べて格段に気温が低く、酷寒とも思える宮滝地区での長期の発掘は大変だったと思う。ご苦労様と言いたい

 所感としては、資料に付された年表に、飛鳥時代の吉野宮と奈良時代の芳野宮が書き分けられていて、それなりに理解すべきと思う。

 吉野宮の建設記事だけで芳野宮の建設記事が無いとは言え、45年続いた吉野宮記事の最終項目と芳野宮の最初の項目の間に25年ほどの間隔がある以上、両者が同じ離宮と断定できないように思うのである。
 どのような屋根、壁であるにしろ、多数の営繕担当を常駐しない限り、つまり、毎年、毎年膨大な維持費を費やさない限り、25年後には廃屋と化していたものと思う。

 さすがに、平城京造成期は、離宮の維持、更新はできなかったと思われる。また、聖武天皇が恭仁京などの三副都を造成していた時期も、吉野離宮どころではなかったと思うのである。

 ついでに言うと、飛鳥時代に平城京内裏正殿風の建物は無いはずである。飛鳥時代に、どのような建築技術があったのかな、とも思う。いや、発表資料に、そうした余談は無いはずである。

 そこで、「神仙の地 万葉集に」と題した囲み記事で、万葉学の視点から、しっかりした記事がまとめられている。こちらは、考古学の記事ではないので、本来、とやかく言うことはないのだが、辻褄の合わない感じが躓かせるので、感想を書いてみる。

 七世紀まで神仙の地であったと推定されているが、八世紀には「リゾート地である副都」などと時代錯誤で場違いなカタカナ言葉を弄されているのは、「もったいない」と思う。

 リゾートと聞いて、読者が思い浮かべるのは、人それぞれ多様であろうが、中でも、地中海やカリブ海のマリーンリゾートが連想されるのであり、随分余計な連想が湧いてくる人も少なくないと思われる。いや、「リゾート」と言われて、何の事かわからない人も少なくないと思われる。
 落とし穴なのか、躓き石なのか。読み過ごせない読者にすれば、折角のご高説がそこで頓挫して、ぶち壊しになるかも知れない。

 いずれにしろ、万葉学の権威が、一般読者に伝えたいと思われる概念が霧散してしまうので、記者の段階で差し止めるべきだったように思う。「事実」をそのまま報道すれば、「真実」が報道できるわけではない。

 繰り返すが、こうした場違いな比喩を取り込んだ余談はもったいないと思う。

 ここに紹介いただいた歌は、八世紀のものと思われるから、すでに神仙の地でなくなっているように見えるが、どうなのだろうか。
 七世紀は飛鳥時代であり、八世紀は奈良時代だろうが、歳月は隔たり、人は入れ替わっていて、また、それぞれの土地から吉野、芳野までの行程は、世紀を越えると随分遠くなっているように思うので、大勢で往き来することの重みも大いに異なると思うのである。

 また、記事後半で、古代は吉野川が急流だったと言うからには、万葉集に歌われた雄大で、優雅な船遊びや離宮としての維持に不可欠な大量の食料を運び上げる荷船の運航も、難しかったのではないかと思うのである。世上、川船による荷運びは軽快であったかのような印象があると思うが、楽なのは、川下りだけである。遡行する際には、船体ぐるみの重荷を、水流に逆らって運ぶのであるから、とんでもない難業、苦行である。

 朝日新聞の空撮動画で見た限り、水流は岩瀬の早瀬に見える。もっとも、吉野川と言われて、徳島の四国三郎しか思いつかず、しかも、上流部の山間の流れしか見ていない愛媛県人は、この川に関しては、やじうまでしかないのかも知れない。とにかく、現場を詳しく知らないで、あれこれ憶測を言うのは失礼だが、正直な感想である。

 いや、この囲み記事は、考古学的考察ではないので、直感的な感想を述べさせて頂いただけである。

以上 


以上

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