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2018年6月30日 (土)

私の本棚 季刊「邪馬台国」 134号 石野博信 「大和・纏向遺跡と箸中山古墳」 4/5

                   2018/06/30
*暴走するモンロー主義
 ちなみに、場違いな引き合いに出されている「モンロー主義」の解説は、こうした余談の事故例に似て、素人の聞きかじりで不正確なものになっている。まことに残念である。

 もちろん、いろいろ解釈はあるだろうが、できるだけ中立的に解釈すると、事の核心は、米国(the United States of America)が、主として、イングランド(清教徒)系が発端とされていても、フランス系、ドイツ系、オランダ系、スペイン系、イタリア系など、欧州各地出身者が混在している事に起因している。国の基本は、プロテスタント(新教)を奉じるが、ラテン系のカソリック教徒もいたし、ユダヤ教徒であるユダヤ人もいた。人種と宗教の坩堝という評価もある。

 そして、そのような内情は、「合衆国」なる諸国連合を構成している「州」(sate)、つまり、「国」、によって大いに異なるため、欧州各国間の紛争に介入、つまり、派兵、ないしは、軍事援助するには、連邦政府として、各国(州)の合意を必要とし、内戦再発に繋がる不和を招きかねないので、合衆国連邦政府は、欧州での国家間紛争に一切干渉しないと門前払いしたのである。

 
これは、出身国から合衆国内政への干渉も排除する。
 当時は小国であった米国の保身策であり、内外に配慮していたのである。つまり、アメリカは、内戦(南北戦争)の余燼の沈静化に配慮する途上国であり、欧州諸大国に利用されないための自己防衛とも言える。

 ことほどさように、安易な常套句の安易な転用は、支離滅裂になるのである。まして、理解度が人によって随分異なる聴衆や読者に、講演者の意図が通用しない可能性が高いのである。

 案ずるに、石野氏ほど声望の高い大家に対して、子供に言い聞かせるようなダメ出しをしてくれる人は、どこにもいないのだろうと思うので、丁寧に書きだすのである。

 と言うことで、ここに石野氏が語られたコメントは、場違い、見当違いで、いたずらに氏の名声を汚すものと言える。
 
的外れで無用な余談は、古代史には、いや、古代史に限らず蛇足(余計なだけでなく、ぶち壊し)である。

                                未完

*倭遣使綺譚
 「倭・魏の交流」の段で、洛陽城遺跡を訪問され、引き続き、漢城(ソウル)近郊の仁川(インチョン)から訪問された扶安・竹幕洞遺跡から、日本列島産の滑石製品が出土しているという事だが、倭の遣魏使節がここに上陸して、航海安全祈願したというのは、牽強付会と思う。

 

 事は、倭人伝に書かれていない遣魏使節の帯方郡までの旅程であるから、西海岸沿いの船移動は否定しかねるが、そこまで空想しないと西岸航行説が成り立たないのは、無理筋ではないか。もちろん、帯方郡治到着に一日を争う急使が、風まかせ、潮まかせで、あてにならない現代で言う「船路」の、寄港地で願掛けの欠かせないほど命がけの、しかも、ゆるゆるした旅程を選んだとは信じがたいのであるが、議論が逸れるので、ここまでにしておく。

 

 もし、朝鮮半島西南部で、地勢険阻な西岸沿いに、安全、かつ、高速な南北「航路」が成立していたのであれば、そのまま一路南に向かい渡海すれば良いのであり、洛東江水運もいらなければ、東に偏った狗邪-対馬-壱岐「航路」も、不要となるのである。一方、南北「航路」の各寄港地が繁栄し、大量の出土物に恵まれているはずであるが、朝鮮半島の歴史はそのように書かれていないはずである。(当時、「航路」や「海路」という言葉はなく、そのような概念もなかったのであるが、こう言うしかないので、仕方なく現代語に頼る)

 

 考古学は、願望ではなく、現にある遺跡、遺物で談じるものと考えるのである。

 

                          未完

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