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2018年6月29日 (金)

私の本棚 季刊「邪馬台国」 134号 物部氏と尾張氏の系譜(5) 2/4

                       2018/06/29
*不都合な類推
 類推と言っても、欧州のローマ法王に「天皇」が相当すると見ると、天皇家が信奉する祖霊信仰を捨てることに思えるのである。

 あるいは、帝政ローマで、時の皇帝が、古来の神々を捨ててキリスト教に帰依したことになぞらえるようにも思えるが、筆者は、そのような語義審査はしていないようである。

*姻戚関係の妙
 ②蘇我氏と物部氏は姻戚関係にあった

 別に不思議でもなく、大氏族間に婚姻に基づく親戚付き合いがあったのは、むしろ、当然に思う。そうしなければ、近親結婚となって、弊害が多いのは、当時、知られていたようである。

 婚姻と言っても、各氏族の女性は、嫁ぎ先に、自身の氏族の祖霊、端的に言えば、氏神の住まう神輿とも思える神棚を携え、それこそ、氏族小宇宙の中の小宇宙を形成していたのではないかと思われる。

*藤原氏の早発
 有名な乙巳の変をどう捉えるかは別として、ここに藤原鎌足を書き立てるのは不適切である。せめて、中臣鎌足と書くべきである。

*国際関係の怪
 末尾に、「大陸との国際関係」と無造作に現代概念を持ち込んでいるが、勘違いも甚だしい。

 「国際」関係を結べる「大陸」とは、中原政権のことのように思えるが、当時の中原政権が、東夷の小支族と対等の関係を結ぶなどあり得なかったのである。こちら側にしても、支族には、「国」の体裁がないのだから、両者の間に「国際」関係などあり得ないのである。これら支族が、大陸王朝に「王」と名乗って貢献した記録でもあるのだろうか。

 そもそも、東夷などの夷蕃のものが、直接帝都にやって来て、拝謁を願うのは赦されないのであり、まず、帯方郡や楽浪郡が受け付けるのである。
 現代でも、国家元首の信任状を持たない外交官は、外交官として受け入れられないのである。まして、一地方自治体による外交などあり得ないのである。

*疫病考 余談
 疫病蔓延を見ると、おそらく、朝鮮半島からの来訪者に健康保菌者が混じっていて、自身は発病せずに病菌をまき散らしたのではないかと思われる。特に証拠は無いが、疫病患者は、数か月の旅に堪えないので、普通、疫病患者が流入しても、九州北部程度で蔓延は終焉していたはずである。

 これらの事例は、後にも、奈良盆地の小宇宙に未知の病疫をもたらしたものであり、確かに、外来者は、新しい文化と共に、未曾有の災厄も齎したと思われる。

 案ずるに、古くから半島と交流していた九州北部では、おそらく、経験的に遠来の新来者を一定期間隔離する防疫管理をしていたと思われる。そうでなければ、早々に、地域絶滅していたはずである。

 いや、余談になったが、この程度の考察すら、滅多に見かけないので、ついつい書き足すのである。
                     未完

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