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2018年8月19日 (日)

今日の躓き石 棋士 に「匹敵」する対戦相手を~マイクロ棋戦の提案

                              2018/08/19
 今回は、特に題材があったわけではなく、一部で蔓延している反知性的な社会風潮に対する不満である。
 
 一例が、『将棋ファンはなぜ「ソフトの方が強い」と決まった後でも棋士同士の戦いに感動するのか』なるタイトル/見出しのネット記事である。別に、特定の記者の孤立した意見ではないと思うので、どこの誰の意見とは書かないが、随分見当外れの意見がはびこっているようである。
 
 将棋ファンならずとも、ファンが関心を持ち、感動するのは、人と人の戦い、将棋では、メンタルファイトである。いくら、Artificial Intelligenceと銘打っても、AIには、知性(Intelligence)と呼ぶに不可欠な品性、個性、つまり、棋風、芸風はない。AIが勝っているところを見ても、共感しないし、AIに人の声は聞こえないから、応援し甲斐もない。とにかく、AIには共感できないから、ヒーローには成れない。こどもたちがAIのようになりたいと憧れることもない。
 
 例え話として適切かどうか確かではないが、競争馬と人(ランナー)が、かけ比べをしてどちらが速いかは衆知であるが、今でも、短距離から長距離まで、人と人の駆け競べには関心が集まり、人は感動している。いや、とにかく勝たないと意味ないというファンも多くいるだろうが、熱戦を楽しみたいファンも多いのである。
 
 と、否定的な意見だけでは、当記事を読んだ甲斐が無いと思うので、ここで、『マイクロPC棋戦』を提案する。
 使用する機材は、例えば、2018?年時点の民政機であり、ネットワーク接続も、外部ドライブも使用しない。CPU仕様は、時代考証して決めていただきたい。うるさく言うと、消費電力も、基準を設けて欲しいのである。

 知性を競う場にモンスターは無用である。ハードウェアと電力を浪費する戦いでなく、「ソフト」と世間で言うプログラマーの知性が問われる戦いであれば、それはそれなりに応援しがいがあるのである。別の世界で言えば、無改造の市販車でドライバーの技術を競い合って欲しいのである。

 そうすれば、初めて、「ソフトウェア」、「アプリケーション」、「ロジック」、「アルゴリズム」の強弱・優劣が見て取れるように思う。
 
 要は、今となっては古典的な「PC将棋」かも知れないが、生身の人間と匹敵する規模のマシンで、正々堂々とプロ棋士に勝って見せて欲しいのである。
 
 「ソフト」と使用しながら、実は、人には踏み込めない巨大データベースを人には踏み込めない高速、広大な思考で消化して、刻々と局面を解析して、力任せに「解」を突き詰めていく人造知能と生身の人間は、同じ土俵で戦えない。
 そのような相手との戦いは不公平であり、つまり、フェアプレイでないのである。
 
 ということで、一人の肉体と知能の最善を尽くす生身の人との戦いは、おなじように、限りあるハードウェアの制約に服した「AI」との戦いが相応しいのではないか。
 
 いや、素人の繰り言であるが、最近の人工知能は、何とも面白くないのである。
以上

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