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2018年11月24日 (土)

倭人伝随想 2 倭人暦 社日で刻む「春秋農暦」 1/3

                    2018/07/07  2018/11/24
*随想のお断り
 本稿に限らず、それぞれの記事は随想と言うより、断片的な史料から歴史の流れを窺った小説創作の類いですが、本論を筋道立てるためには、そのような語られざる史実が大量に必要です。極力、史料と食い違う想定は避けたが、話の筋が優先されているので、「この挿話は、創作であり、史実と関係はありません」、とでも言うのでしょう。

 と言うことで、飛躍、こじつけは、ご容赦いただきたいのです。

□社日で刻む「春秋農暦」
*社日典拠

 「社日」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
社日(しゃにち)は、雑節の一つで、産土神(生まれた土地の守護神)を祀る日。春と秋にあり、春のものを春社(しゅんしゃ、はるしゃ)、秋のものを秋社(しゅうしゃ、あきしゃ)ともいう。古代中国に由来し、「社」とは土地の守護神、土の神を意味する。春分または秋分に最も近い戊(つちのえ)の日が社日となる(後略)

 社日は、白川静氏編纂の辞書「字通」にも記されています。
 社日(しゃじつ) 立春、立秋の後第五の戌の日。〔荊楚歳時記 、社日〕 (後略)
 また、「社」自体に、社日の意があるとされています。

*社日随想
 雑節は、二十四節気、以下「節気」、に則っているので、社日は、太陽の運行に従っています。社日が今日まで伝わっているのは、一年を二分する「農暦」の風俗の片鱗が太古以来伝わっているということなのでしょう。

*太陰太陽暦
 月の満ち欠けで暦を知る太陰暦は、文字で書いた暦がない時代、月日を知るほぼ唯一の物差しでしたが、太陰暦の十二ヵ月が太陽の運行周期と一致していなくて、春分、夏至などの日付が変動するため、何年かに一度、一ヵ月まるごとの閏月を設けます。一般に太陰暦と呼ばれても、実際は、太陽の運行と結びついた太陰太陽暦であり、これを簡略に太陰暦と称しているのです。

 「八十八夜」、「二百十日」雑節が、立春節季に基づいているように、太陽の恵みを受ける稲作は、万事太陽に倣って進めなければならないと知られていたのです。
 一方、太陰暦は、海の干満、大潮小潮を知るために重用されたのです。

*節気と農事
 節気は、日時計のような太陽観測で得られ、毎年異なる太陰暦での節気を基準として農務の日取りを決めて、社日で知らせたとみているのです。
 いや、各戸に文書配布して農暦を通達できたら、元日、年始の折にでも知らせられるでしょうが、文書行政はないので、実務徹底の場が必要なのです。

                             未完

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