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2018年12月26日 (水)

倭人伝随想 11 局地里制論について 3/3

                            2018/12/22
*倭人伝世界概念図 追記再掲
 ということで、前記概念図に普通里里数を並記してみました。



 太字、括弧内の里数は、普通里里数を丸めた概数です。煩雑を避けて概数表記を省略しますが、すべて、「餘里」と書かれるべきものです。

 一部で、「餘」は30パーセントか、それ以上の端数を一律で切り捨ていたと決めてかかった読みが見られますが、少なくとも、当資料では、「餘里」が、端数の切り捨てか切り上げかは全く不明で、別項の議論に譲ります。

 ともあれ、おそらく、倭人伝里数は、短里で表現される明解な図式を書き出したものであり、普通里は現地で実施されていなかったし、中国標準里程である普通里との換算は想定されていなかったものと思われます。

 くどいようですが、これは、概念図であり、図上の方位、角度、寸法などは、概略とみても地図として不正確です。つまり、当時の倭人世界で「東アジア」の世界像は、切りの良い短里で認識されていたのです。

*倭人世界像
 見たとおり、短里であれば、各里数の位置付けが明解に見て取れるのですが、普通里を採用すると、概数処理の関係で、食い違いがでるのです。

 以上、考え合わせてみると、倭人伝里数は、倭人世界で実施されていた短里で書かれていたのです。切れ味が悪いのですが、実戦はこんなものです。

*短里制波及の追求

 三国志全体を精査して、帯方/楽浪郡の短里が、中国本土の他地域の里制に影響を与えている例が発見されるかも知れませんが、それは倭人伝の里数審議とは別の話です。

                                完

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